追跡
*ルーク視点です。
オウムは元いた場所から西方に向かって飛んでいく。
ユリウスが解せないというように呟いた。
「西? 王都からは逆の方角じゃないか?」
そんなことはどうでもいい。俺はひたすらオウムを追いかけた。
美しいオウムはゆっくりと高度を下げていく。ラザルスが口笛を吹くとその音に合わせるように旋回しながら地面に着地した。
俺たちが追いつくとオウムは喉でクルッと小さな音を立てる。
「間違いない。イヤリングがあったのはこの場所だ」
ラザルスが頷き、オウムにナッツを与えている。
オウムがイヤリングを拾ったという場所には、一台分の馬車の轍がくっきりと残っていた。
「跡を追うぞ」
息せきってその轍の痕跡を追いかける。俺が速すぎてユリウスとラザルスは遥か後方にいるが待つ気にはなれない。
前方に馬車の影が小さく見えた。
あれだ!
そう思った瞬間、俺はその馬車の中に転移した。
「うぉ!!!??? おい! なんだお前は!?」
ドスの効いた男の声がして、俺は周囲を見回した。
幌馬車に4-5人の男達が乗っている。
皆、はっきり言って柄が悪い。破落戸だ。
「おい、綺麗な顔の兄ちゃん。俺たちを楽しませに来てくれたのかい?」
下卑た嗤いを浮かべる男どもに嫌悪が隠せない。こんな奴らにリアが捕まっていたとしたら…?
想像しただけでゾッとして鳥肌が止まらない。
俺は黙ってポケットからイヤリングを取り出した。
「これに見覚えがあるな? どこで手に入れた?」
しかし、こいつらはニヤニヤするだけで答えない。
「答えろ!!!」
怒りが頂点に達して、全員切り伏せたい衝動に駆られた。
「いや、兄ちゃん。そんな高価なアクセサリーと俺たちに何の関係があるんですかねぇ?」
「このイヤリングが落ちていた場所にはこの馬車の轍しか残っていなかった。知っていることを洗いざらい話さないと痛い目を見るぞ」
「へぇ~、どんな痛い目で……」
一人の男が言いかけた瞬間、奴の顎に思いっきり拳を打ちこんでやった。
男は一発で意識を失った。他愛もない。
他の奴らが「小僧! 何をしやがる!」と立ち上がったので、意識を失わせない程度にボコボコにしてやった。現役騎士をなめんな!
騒ぎに気づいた御者が馬車を止めて様子を見にきたが、ぎろっと睨みつけると「ひぃぃぃ」と言いながら逃げていった。
「それは…道で拾ったんだよ…」
男たちはゼイゼイ荒い息を吐きながら途切れ途切れに話しだした。
「拾った?! どこで?!」
尋問している最中に、ようやくユリウスとラザルスが追いついた。
首領らしき男によると、馬車で旅をしていたら道端に幾つかのアクセサリーが落ちていたという。
右手を包帯で巻いていた男が、左手でポケットから光るものを取り出した。
リアのもう片方のイヤリングだった。
「二つ揃いでポケットに入れていたはずなんだが……。一つが何かのはずみで馬車から落ちてしまったんだろう。他にも拾った奴がいる」
別の一人がポケットからネックレスを取り出した。
間違いない…リアが身につけていたものだ。
怒りで全身が燃えるようだった。アクセサリーを剥ぎ取られるようなことがあったのか?
リアは…無事なのか?
ユリウスは比較的冷静に拾った場所と時間を男たちに訊ねている。
奴らの身体検査をしても幌馬車の中を捜索しても、アクセサリー以外にリアの痕跡らしきものは何も出てこなかった。
仕方なくアクセサリーが落ちていたという場所を捜索したが、そこには何の手がかりも残っていない。
「分からない…」
ユリウスは溜息をついて呟いた。
***
俺たちは一旦教会に戻ることにした。
リアのことばかりが頭に浮かび言葉が出てこない。ユリウスたちも押し黙っている。
教会に戻るとティベリオたちが出迎えてくれたが顔色を見て察したのだろう。何も言わず俺たちの肩を叩くだけだった。
クロエが目を覚ましたので話を聞いたとアルバーノが説明した。
彼女によると、朝リアが眠っている間に突然窓が開いて数人の男たちが侵入してきたという。その時にクロエが悲鳴を上げたらしい。
だが、すぐに薬の沁み込んだ布のようなものを口に当てられて意識がなくなったそうだ。
妙だな……。
気になった点が二つある。
まず、俺は教会の窓全てに魔法をかけて外からは絶対に開けられないようにした。内側からでないと開けられなかったはずだ。何故外から窓を開けて侵入できたのか?
二つ目。リアは眠っていたという。アクセサリーを付けたまま眠るということがあるのか?
俺は男だから分からんが。
もう一度全員でクロエから話を聞くことにした。
二つ目の質問については、リアは着替えずに就寝した、らしい。リアは辺境伯のことが心配で徹夜で起きているつもりだったので寝間着には着替えなかった。
ただ、疲れているようだったのでクロエが少し横になるように勧めると、ドレスのまま寝台に横たわりそのまま寝入ってしまったという。
起こしたくなかったのでアクセサリーもそのままにしておいた、とクロエは説明した。
そういうものか?
一つ目の疑問に関しては、クロエはまったく分からないと言う。
「……だって、だって、そんなこと言われたって外から窓が開いたんだから仕方ないじゃないですか? どうしてかなんて私にも分かりません……。私だってユリア様のことが心配で仕方がないのに…」
クロエがシクシクと泣き出し、アルバーノが弱り切った顔で彼女の肩を抱く。
「ルキウスは君を責めている訳じゃないよ」
そんな状況でそれ以上問い詰めることは難しかった。
ユリウスはユリウスで疑問があるらしい。
クロエが退室した後、皆を集めるとユリウスは口を開いた。
「最初、ユリアを攫ったのは間違いなく女王だと思ったんだ。その場合、誘拐犯は王都を目指すはずだ。それなのにアクセサリーが落ちていた場所も王都からは反対の方角だった。女王以外にユリアを攫おうとする連中も想定したほうが良いかもしれない」
確かにリアはその美しさだけで攫いたいという男がいてもおかしくない。聖女だし魔力も高い。民衆からの人気もうなぎ昇りに高まっている。
女王だけではない。
リアを誘拐する動機が幾つもあることに改めて気がついて、心臓がドクンと嫌な音を立てた。