事件
ルークの肩が大きく震えているのを見て、彼の強い怒りを感じた。
「ふふふ…さすがルキウス・カエサル。聖女の鉄壁の守りと言われるだけのことはありますね」
ジェラルド様は袖で口を拭うとゆっくりと立ち上がった。この騒動で他の人たちも口をポカンと開けて立ちつくしている。
ティベリオとユリウスたちが駆け寄ってきた。
「ユリア! ルキウス! 大丈夫か!?」
ユリウスとラザルスは私を守るように肩を抱き、ティベリオはルークに「何があった?」と尋ねている。
その時ジェラルドが突然動いた。もう「様」なんてつけるのは止めた。
ルークもすぐに迎撃の構えを取るが、ジェラルドの行動が予想外のものだったのだろう、一瞬の隙ができた。
ジェラルドは前髪を持ち上げて隠していた左目をルークに見せたのだ。
彼の左目は金色に輝いていた。
ルークは何か言おうとするように口を開けた…が、強い光が瞳から発せられた刹那、ルークは石像になったように固まってしまった。
その隙をついてジェラルドはティベリオを羽交い絞めにして、そのまま転移魔法を使い、どこかに消えてしまった。
わずか数秒の間の出来事に私たちはまったく動くことができなかった。
突然領主が消えたのだ。広場中がパニックになる。
どうしていいか分からなくて私の目にも涙が滲む。
ティベリオが攫われた…!?
この場で一番冷静だったのはユリウスかもしれない。
町長や騎士団に混乱を防ぐために民衆を落ち着かせるよう頼んだ後、ラザルスにルークの面倒を見るように指示した。
「ユリア、教会の宿舎まで送る」
「私もティベリオを捜したいのだけど…」
しかし、ユリウスはきっぱりと首を横に振った。
「ユリア、残念ながら君が今ここでできることは安全な場所にいることだ」
確かに足手まといだろうし、私のために護衛騎士をつけないといけなくなるものね。
ティベリオのことは心配だし、何もできない自分が情けなかったけど、大人しくクロエさんと一緒に宿舎に戻ることにした。
クロエさんはティベリオが消えた後にどこからともなく現れた。
「ユリア様! ご無事で良かった……。人が多すぎてお姿を見つけられなくて……」
涙ながらに手を取って詫びられた。
「いいのよ。それより早く教会に戻りましょう」
それにしてもジェラルドは何の目的でティベリオを誘拐したのか?
彼は一体何者なのか?
疑問ばかりが頭に浮かぶ。
ユリウスも同じことを考えているに違いない。冷静に見えても瞳には焦慮の色が見える。
ユリウスは私とクロエさんを教会に送ると、護衛騎士を一名部屋の扉の前に立たせて絶対に誰も近づけるなと厳命していた。
クロエさんにも事情を説明したが彼女も動揺を隠し切れない。
「ああっ…ティベリオ様が…? どうしてこんなことに!?」
「ユリウスたちがきっと救い出してくれるわ。だから、私たちは落ち着いて待ちましょう」
私が声をかけると、クロエさんは恥ずかしそうに涙を拭いて立ち上がった。
「そうですね。ユリア様にお茶をご用意します。どうかソファに座って待っててくださいね」
クロエさんがニコリと笑ってお茶の準備を始めた。
カチャカチャと茶器が触れ合う音を背後に聞きながらソファに腰かけてはぁぁっと溜息をついた。
(まさか、こんなことになるなんて…。ティベリオ…無事に帰ってきてほしい)
その時、不意に何かを顔に押しつけられた。
強い薬品の匂いがして、突然視界が暗くなり意識が遠ざかる。
…なに…これ? 気持ち悪い…。ああ、もうダメだ…。
私はそのまま意識を手放した。




