視察旅行 その4
その翌日は町の視察と人々との交流が一日を占めた。
まずは教会が運営する孤児院と診療所の視察。教会の司祭様と魔導士のジェラルド様が案内してくれる。診療所はジェラルド様がメインで治療を行っているらしい。
「いや~、彼ほどの腕を持つ魔導士がこんな田舎町に来てくれるなんて幸運ですよ」
司祭様は開けっぴろげな笑顔で事情を説明してくれた。
「私も治癒魔法は使えるのですが、彼ほどの能力はありません。一度なんて町民が事故で足を切断されたのに痕が残らないくらい完璧にくっつけてくれたんですよ」
喜々として語る司祭様に笑顔を向けていたティベリオだったが、つと視線をジェラルド様に向けた。
「ジェラルド殿は旅の魔導士でいらっしゃったのですか? この町に来た理由はあるのでしょうか?」
「はい、旅を続けていましたが、たまたまこの町の居心地が良くて…。終の住処にしたいと思っています」
司祭様は嬉しそうにうんうんと頷く。
「ご出身はどちらですか? 魔法はどちらで訓練を?」
ティベリオが質問を続けるとジェラルド様はふっと微笑みを浮た。
「何やら尋問されているようですね」
「いえ、不躾でしたらすみません」
司祭様の方が動揺してティベリオに頭を下げた。
「ジェラルド、ティベリオ様に何という言い方を…」
完全無表情のジェラルド様は反省する素振りも見せない。
「大変なご無礼を働き申し訳ありませんでした。私は案内には不向きですし、今日も患者が来ているかもしれませんのでこれで失礼します」
ジェラルドは無表情のままかつかつと足音を立てて去っていった。
アルバーノさんは「なんだ!? あいつは?」と怒っているし、ユリウスとラザルスも不機嫌そうな顔をしている。
警備のルークだけは無表情で変わらず周囲に注意を払っていた。
司祭様は平伏さんばかりの勢いで「大変申し訳ありません」と謝っている。
ティベリオは「どうか気になさらないでください」と繰り返すが、なかなか雰囲気は落ち着かなかった。
司祭様は、言い訳のようにジェラルド様がいかに教会のために働いてくれているかを強調する。
孤児院でも算術や読み書きを子供たちに教えているのはジェラルド様らしい。意外なことに子供に人気があるそうだ。
あの鉄仮面がねぇ…。でも、子供に好かれる人は基本良い人のような気がする。
孤児院を訪ねると、子供たちが元気一杯で迎えてくれた。歌を歌ったり、勉強したりする様子を見て安心する。みんな肌のつやが良いし健康そうだ。極端に痩せているような子もいない。
周囲に幼い子たちが集まってきたので絵本を読んであげることにした。
ティベリオは司祭様から孤児院の運営に関する説明を聞いている。
ユリウス、ラザルス、アルバーノさんは子供たちと体を使ったダイナミックな遊びをしているようだ。下手すると大人の方がはしゃいでいるようにも見える。
そんな時でもルークは他の護衛騎士と一緒に入り口に立って周囲を警戒していた。
孤児院の後は教会が運営する診療所の見学をさせてもらったが、あの無愛想なジェラルド様が患者さんに対してはとても優しい表情をすることに驚かされた。
ティベリオも感心した顔で見学している。
患者が途切れた時にジェラルド様がティベリオに近づいてきた。
「先ほどは大変失礼いたしました。お許しください」
素直に頭を下げる。ティベリオは笑いながら「気にしなくていい」と伝えた。
「ではまた今夜」
簡単な挨拶をするとジェラルド様は診察室に戻っていった。
***
午後は町で育てている畑や井戸の様子を視察して、食糧供給が十分かどうかの確認を行った。
今夜は町の広場で大きなお祭りをするそうだ。私たちの歓迎会も兼ねていると聞いて嫌でも緊張してしまう。
一般の人達との交流をする機会は貴重なものだが、ルークが「警備がしにくい」とぶつぶつこぼしていた。
盛り沢山のスケジュールだけど領主が直々に訪問するという滅多にない機会。人々が歓迎してくれているのを感じればティベリオも嬉しいだろう。
真面目な人だから頑張り過ぎないでほしいと思いつつティベリオを見ると、嬉しそうに私の手を取って馬車に向かって歩き始めた。
それ以降、ティベリオは町役場でも街中の視察でもずっと私の隣にピッタリくっついてエスコートしてくれる。
どことなく三兄弟の顔が引きつっているようだが、おかげで私はそれほど苦労することなく人々と話ができ、聖女としての社交的役割を果たせたのだった。
***
一日の終わりに町の広場に向かうと既に多くの人が集まっていた。楽器を弾く人たちもいてとても賑やかだ。
私たちが登場すると一際大きな歓声が起こり、その熱気に少し圧倒されてしまう。
町長が歓迎のスピーチをした後、全員で飲み物を持って乾杯。辺境伯領の末永い繁栄を祈った。
その後は完全な無礼講という雰囲気になった。あまりに人が多く混乱状態で喧嘩のような騒ぎも起こっているようだ。警備の護衛騎士やルークは騒ぎにならないよう制御するのに手いっぱいな様子。
私はいろいろな男性から声をかけられて困惑していた。付き添ってくれるはずのクロエさんはどこかに消えてしまい、ティベリオも女性陣に捕まって逃げられない。
「聖女様、是非今夜は俺と一緒に過ごしてください」
「なんて美しい…」
「どうか少しでもいい。情けを…」
酒臭い息から熱のこもった言葉を浴びせられたけど、私にとっては恐怖でしかない。ユリウスたちも若い女性に囲まれて身動きが取れなくなっている。
どうしよう…怖い…。
身を竦めていると突然ふっと周囲に空間が開いた。
顔を上げるとすぐ隣に魔導士のジェラルド様が立っていた。
「聖女殿はお疲れだ。そんな風に押しつけがましいと女性に嫌われるぞ」
冷たく言い放つと私の手を取って広場の隅に歩き出す。
男性陣は「なんだよ~」と文句を言いつつも大人しく退いてくれて、助かったと安堵の息を吐いた。
「あ、ありがとうございます。助かりました。どうしていいか、分からなくて」
「いいえ、気になさらないで下さい。美しい淑女が困っていたら助けるのが男としての役目ですから」
ジェラルド様が優しく微笑む。
…イケメンの微笑み。なんだこの爆発力。
でも大丈夫。私はイケメン三兄弟と暮らしていたしティベリオとも親友だ。イケメンの破壊力には免疫があるんだ。
「今朝見学させていただいた診療所でもジェラルド様は患者の信頼を得ていらっしゃるようでしたね。治癒魔法は……」
魔法のことをもっと知りたくて話しかけると突然人差し指を唇に当てられた。
「ああ、あなたはそうやってつれない態度なのですね。私の気持ちを分かってそうされているとしたら残酷だ…」
そう言いながら私の頬に指を滑らせる。
(突然なにが起こった……?)
あまりに予想外で絶句しているとジェラルド様は面白そうにクスクス笑う。
「貴方は本当に愛らしい。国一番の美女というのも納得ですよ」
顎を親指と人差し指で摘ままれ顔を上に傾けられると美麗な顔が視界に入る。
自分が何をされているのかまったく把握できなかった。
(……え、黒曜石の片目が近づいてくる?)
すると突然物凄い衝撃が彼を襲った。
気がつくとジェラルド様が地面に倒れている。
怒りの形相で肩で息をしながらルークが仁王立ちになっていた。




