悪魔の独白
*悪魔アモン(モナ)視点です。
「あ~、つまんない! なんなのよ~」
モナは独り言ちた。視線の先にはルキウスとユリアが立っている。
ちょうどルキウスの部屋からユリアが出てきたところだった。
戦が終わったばかりの城内は喧噪に溢れている。騒然とした雰囲気の中、二人の間にだけ爽やかなそよ風が吹いているようだった。
な~に!? アレ?
なんでちょっといい雰囲気になってんの!?
ルキウスとユリアはじっと互いの顔を見つめ合った後、顔を赤らめながら離れていった。
ルキウスはユリアの後ろ姿を熱の籠った眼差しで見つめている。ふとユリアが振り返り花のような笑顔を見せると小さく手を振った。
ルキウスは素知らぬ顔で手を振り返していたが、ユリアが見えなくなると座りこんで顔を両手で覆った。
「…可愛い…死にそうだ」
大の男が呻いている。バカか?
とんだ計算違いにモナのイライラは最高潮に達した。
***
女王との戦が始まる前、ユリアに少しでも近づいただけでルキウスはピリピリしていた。
人気のない地下の回廊に連れてこられて、ユリアに近づくなと散々怒鳴り散らされた。
ああ、つまらんなぁ。
元の姿に戻ってしばらく国民の魂でも喰らってくるかと思っていたら人の気配がした。
隠れているつもりらしいが悪魔には無意味だ。身を縮めるように潜んでいるユリアに気がつかないはずがない。
ふむ……。
面白そうだな。
幸い今は男性版悪魔アモンの姿でいる。
ルキウスが男性同士の禁忌を犯していると勘違いしたら面白い仲違いが見物できるかもしれないな。
ちょっとした悪戯心だ。悪魔だからな。
それで必要以上にルキウスにベタベタと近づいた。
「愛してるよ」なんて歯の浮く台詞まで言ってやった。
ふふ…。この世界の禁忌に対する反応は良く分かっている。
激しい嫌悪感情と汚物でも見るような視線。
これでユリアはルキウスに対して侮蔑にも似た嫌悪を抱き、奴を避けるようになる。
それを感じたルキウスはますます拗れて苦しむことになるだろう……。
魂はますます美味…珍味になるであろうな。ふふ、面白そうだ。
……そう思っていたのに!
何故かユリアのルキウスに対する態度は変わらず、何なら前よりも慈しみに満ちた視線を送っている。
そしていい雰囲気を醸し出している。何故だ?
あのユリアという女だけは分からない。
あの女がルキウスに恋しているのは間違いない。ルキウスも絶望的なほどユリアに入れこんでいるわけだから両想いだ。
その間に立ちふさがるのが私、悪魔アモンだ。ふふふ…。幸せな恋人同士の邪魔ができるなんて悪魔冥利に尽きる。悪魔の本懐だ。
モナという婚約者が現れれば、ユリアは嫉妬に狂って何かしでかすだろうと予想していた。
モナに嫌がらせをするとかルキウスと喧嘩になるとか。世界を救うのを止めるとか。
しかし、ユリアは何も変わらなかった。
ルキウスとモナを見て悲しそうな表情は浮かべるものの、それだけである。
さらに解せないのはモナに強く嫉妬するというわけでもないことだ。
ルキウスとユリアの関係もそんなに変わらない。
辺境伯城に来るまでの旅で何かあっただろうと疑っているが、ルキウスは絶対に話そうとしない。
何かあったにしても、現状二人の間が険悪だとか、隙間風が吹いているとか、心変わりをする、というようなアモンが期待する事態にはなっていない。
不思議なことに二人の想いに変化は見られない。ルキウスは分かる。あいつはユリアへの異常な執着心があるからな。
ユリアの幸せのために身を引くなんて綺麗事を言っているが、言っていることとやっていることが一貫していない。矛盾に満ちた行動をしながらそれに気づかないほど混乱しているのだろう。
ルキウスはユリア以外の女を愛することなどできないだろうな。一生涯。
ユリアも変わらずルキウスを想っているようだ。
何故だ?
それでいてルキウスを奪おうともしない。
モナにも他の人間に対するのと同じ態度で接している。特に悪意を持っているようにも思えない。
そして、ルキウスに秘密の(しかも男性の)恋人がいると知っても態度が変わらない。
それどころか初々しい恋人同士のような雰囲気を醸し出している。
ユリアだけはまったく分からない。アモンの予想を遥かに超えていく。
……きっと魂は死ぬほど不味いに違いない
内心悪態をついた。
***
ヒマつぶしに悪魔アモンの姿に戻り、王都の様子を見物しにいこう。
負け戦後の女王の狂乱ぶりは面白そうだしな。
悪魔的にあの女王の魂は最高級の正統派グルメだ。
そうだな……。ルキウスの魂はこれからどんどん美味くなっていくだろうが、現状あの女王ほど悪魔好みの魂はない。
こってりし過ぎている気もするが、味の豊潤さ、濃厚さ、何層にも渡る複雑な味のハーモニーは他に類を見ないほど完璧だ。是非味わってみたいものだが……。ふふ。
ルキウスの魂は……。そうだな、ジビエのようなものだ。野生動物独自の深い味わいがある。これからユリアへの想いを打ち砕き、絶望の淵で魂が真っ赤に血塗られた時、女王以上のご馳走になるかもしれない。
…ああ、楽しみだ。




