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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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ティベリオの心

ティベリオの執務室に案内されると、中にはティベリオだけでなく堰の設計技師と現場監督、ファビウス公爵、ユリウスとラザルスがいた。


簡単に挨拶を交わすとすぐに本題に入る。


設計技師と現場監督は百戦錬磨という雰囲気のベテランで、私の提案を完全に理解してくれた。三人で何度も設計の打ち合わせを行ったおかげで、前世レベルで見ても満足がいくものになったと思う。


堰は既に完成したらしい。現場で最終確認をしてほしいと頼まれて「喜んで!」と前世の居酒屋みたいに応じた。


ティベリオたちも全員視察に同行するという。


女王はいずれ体勢を立て直して再び攻めてくるだろうから、その前に堰が正常に機能するかどうか確認したいそうだ。


旱魃と飢饉についての報告もあり領内で餓死した人はほとんどいないという。雨が降らないながらも人々は甘藷などの救荒作物を育て、ひとまず危機は脱したらしい。


また、これまで大規模な飛蝗の被害も出ていないとのことで私は胸を撫でおろした。


「今度は大雨が来るってことですよね?」


現場監督が頭をボリボリ掻きながら言った。


「はい。水脈を司る大地の龍神がそのように仰っていました。だから、準備を怠るなと」

「確かにあの堰が一つあるだけでも大量の水を一時的に逃すことができる。氾濫が起きても被害を軽減できるでしょう。ユリア様のおかげだ。有難いことです」


設計技師の言葉に皆が頷く。


「いえ、そんな…皆さんのおかげです。こんな短時間に堰を完成させてくださるなんて素晴らしいです。ありがとうございます」


私が頭を下げると現場監督と設計技師は顔を見合わせて照れくさそうに笑った。


「ティベリオ様が最優先工事だと仰ってね。魔法が使える人材を多く派遣してくださった。それに材料も金に糸目は付けないと気前良くてね」


現場監督の言葉を聞いてティベリオは首を振りながら微笑んだ。


「私にできるのはそれくらいだから」


その時、私は違和感を覚えた。


……ん!? なんだろう?


心なしかティベリオの元気がない……?


微笑みに気力が感じられない。こんなティベリオを見たのは初めてだ。


堰の視察の日程を相談した後、設計技師と現場監督は満足そうに去っていく。


ただ別な議題があるらしく私はその場に引き留められた。


「隣国のムア帝国との関係なんだが……」


今度はファビウス公爵が口を開いた。


ファビウス公爵を中心にムア帝国との友好条約、あるいは不可侵条約の話を進めていたが、ムア帝国はまったく興味を示さず条約の話は頓挫した、とアルバーノさんから聞いたことがある。


先日女王が攻めてきた時、ムア帝国は動かなかった。おかげで背後を心配せずに戦いに集中することができたのだが……。


「ムア帝国の方から不可侵条約の打診があったんだ」


ファビウス公爵の言葉に私は目を丸くした。


「えっ? …と、それは辺境伯騎士団が女王軍をあっさりと撃退できたから、ですか? こちらが強そうだから関係を改善したほうが良い、とか?」

「分からないんだ」


ユリウスが難しい顔で言う。


「何人ものスパイをムア帝国には潜りこませている。ラザルスが鳥たちを使って連絡役をしてくれているんだが…。ムア帝国の皇帝が何を考えているのかまったく分からないそうだ」

「ただ、ムア帝国との不可侵条約は私たちにとって都合が良い。前と後ろから攻められるのは避けたい事態だからな……」


ティベリオの言葉に全員が頷いた。


「何か裏がないといいのですが…」

「俺もそう願っている…」


私に同意しながらユリウスが難しい顔で腕を組んだ。


***


会議の後、いつものようにティベリオからお茶に誘われ、定位置となっている執務室のソファで美味しいお茶をいただくことになった。


ティベリオは普段通りに見える。さっきの寂しそうな微笑みを見なかったら私も気づかなかっただろう。


アルバーノさんが「ごゆっくり」と意味深な笑顔を残して退室した後も何となく気まずくてティベリオに話しかけられなかった。


いつもは彼のほうから喜々として話しだすんだけど今日は寡黙だ。


『何を話したらいいんだろう…?』と考えながら、黙々と焼き菓子を食べているとティベリオが独り言のように口を開いた。


「アルバーノのことなんだけど…。最近彼に恋人ができたようなんだ」

「ああ、はい。先程伺いました。クロエさんですよね?」

「ああ、知っていたのか」


そう言ってティベリオが深い溜息をついた。明らかに落ちこんだ様子に心配になる。


「……ティベリオ。大丈夫? アルバーノさんの恋愛に反対なの?」


ティベリオの顔が強張った。


「まさか! アルバーノには誰よりも幸せになってほしい!」


その声には真心が籠っている。が、やはり嬉しそうには見えない。


「……幼馴染を彼女に取られちゃったみたいで寂しいとか?」


彼は黙って首を横に振る。


もしかしたら……?と思い切って尋ねてみた。


「ティベリオ。アルバーノさんが好きだったの?」


ティベリオの顔色がはっきりと土気色になる。


……図星だった。


彼は顔を手で覆った。


「だったら? いずれにしてもこの世界では禁忌だ。どうしようもない」


くぐもった声で言う。


辛そうな彼を見て胸が苦しくなった。好きな人を想う気持ちは一様に尊いはずなのに。


たとえ、この世界では禁忌でも。


彼はアルバーノさんの幸せのために自分の想いを押し殺そうとしている。


そんな姿が必死でルークを忘れようとしている自分と重なった。


でも、かける言葉は見つからない。こんな時も気が利かない自分が情けない。


私はそっとティベリオの手を握った。


彼は私の顔を見てぎょっとした表情を浮かべる。


「ユリア…どうして泣いているんだ?」


え!? …あれ?


知らないうちに涙がポロポロ零れていた。


どうしてもルークへの想いが断ち切れない。最初から土俵にも上がれていないという点で私とティベリオは似ている。


だから必要以上にティベリオに共感してしまったのかもしれない。


届かない想いを抱えて生きるのって辛いよね。こんなに好きなのに。ずっとずっと大好きだったのに。


ティベリオの瞳からも涙が一筋ツーっと頬を伝う。


「……ありがとう、ユリア」


そう言ってティベリオは泣き笑いを浮かべながら私の手をギュッと握りしめた。



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