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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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鏡の策謀

*引き続き鏡視点です。



鏡の中に閉じ込められたままこの世界に追放された私は内心ほくそ笑んでいた。


私には映像記憶があった。一度担当すればその世界の筋書きや危機について完璧な記憶が残っている。多くの世界を担当した私は当然この世界でも何が起こるか熟知していた。


それに神も爺さんも私が魔法で人を操れることを知らない。鏡の中に閉じ込められていても、鏡を覗き込んだ人間と目を合わせればそいつをコントロールすることができたのだ。


ただ、その効果は永遠でも完璧でもない。例えば、欲のない人間には効果が薄い。


しかし人間は欲深い。操れる人間を見つけるのは難しいことではなかった。


神の筋書きを全て破壊しこの世界の人類を滅亡させてやる。


この世界で最初に私と目を合わせた人間は鏡を古道具屋に売り払った。


埃っぽい古道具屋でひっそりと佇みながら私は忍耐強く待った。古道具屋のオーナー、冷やかしの客を操りながら徐々にその輪を広げていった。


筋書きを壊すには悪役の女王アグリッピナを探さなくてはならない。彼女の住処は大体分かっている。


間に合うかどうか不安もあったが、ついに安っぽい服を着たアグリッピナがガラの悪い男の腕にしなだれかかりながら古道具屋にやってきた。その男が私のコントロール下にあったことは言うまでもない。


アグリッピナの欲深さは異常なほどだった。身勝手さ。傲慢さ。残酷さ。ありとあらゆる罪業をその体に溜め込んでいる。悪魔がまさに好物とするような女だった。


ただ……アグリッピナは自我が強すぎてコントロールが及ばないところがあった。


彼女には多くの助言を与えた。私と目を合わせた国王の心を掴むことにも協力した。


神が描いた筋書きには重要なポイントがある。


まず精霊王の加護を持つキアラ王女。


そして反乱の立役者であるマリウス将軍。


二人の存在を消せば筋書きは崩壊するだろうと考えた。


キアラ王女を虐待し恐怖を与えこの世界に生まれ変わりたくないと思わせた後、事故を装いマリウス将軍を殺した。


聖女が誕生してもキアラでなければ恐るるに足らず。


外部との接触を禁じて監禁し、王太子の婚約者ということを喧伝すれば教会は口出ししにくくなるだろう。


また精霊王の妻を殺し、辺境伯側の人間が犯人だと思わせて彼らを恨むように仕向けた。


さらに女王派のガイウスを辺境伯領に駐留する国軍の師団長に任命する。余談だが、ガイウスも私と目を合わせたことがある欲深い人間だ。


辺境伯となるティベリオは両親と一緒に暗殺する予定だった。だが、乳母が幼いティベリオと妹を連れて逃げ出したために殺すことができなかった。


多少の失敗はあったものの、ここまですれば筋書き通りには進まないだろうと思っていた。


とんだ計算違いだった。


まず、監禁していた聖女に逃げられた。腕輪を外してどうやって逃げることができたのか…?


私はあの悪魔が裏切ったのではないかと疑っている。


悪魔は面白ければ良いという享楽的な性質だ。『裏切る』などという感覚もないだろう。元々我々の味方だったわけではない。


それから……あの聖女が番狂わせの一つだ。あの女は辺境伯領の飢饉対策にも口を出して実績をあげているらしい。


それに精霊王の妻も甦らせたという。精霊王は加護を与え聖女の味方になると公言しているとの噂も聞いた。


せっかく王女の魂を排除したのに、とんだ誤算だ。


……あの爺さんと神は一体どんな魂を聖女に選んだのか?


いや、どうせ適当に魂を選んだに決まっている。いつものように。


残念ながらカントル宰相とサルト騎士団長には私の魔法が効かなかった。あの二人には驚くほど欲がない。珍しいがたまにそういう人間がいる。


あの二人はこの王都の要でもある。操れないからといって殺してしまっては統治が上手くいかない。


それに辺境伯と聖女に力を貸していることは薄々感じながらも、表面上は女王の命令通りに動いているため手を出すことは難しい。


戦いに関してはマリウス将軍さえいなければ、息子三兄弟など恐るるに足らずと思っていた。魔力はなく、マリウスのような政治力も軍事力もカリスマもない。


ところが初戦で大敗を喫した。魔獣を引き連れて意気揚々と辺境伯領に向かった女王はわずか数頭の魔獣と共にすごすごと逃げかえってきた。


当然聖女も奪還できないままである。


心の底から落胆した。この女は役に立たない。これだけのお膳立てをしてやっているのに……。


わらわは負けたわけではない。あの…ルキウスとかいう男が異常に強かっただけじゃ! いつの間にか魔法まで使えるようになっていた! どういうことじゃ!?」


喚き散らす女王を内心見下しながらも、表面上は丁寧な口調を崩さない。


「ルキウスという騎士のことを話してください。魔法が使えるというのは本当ですか?」


マリウス将軍が魔法を使えるのは周知の事実だったが、息子たちには遺伝しなかったはずだ。


女王によると、異常な強さで魔獣の大半は彼一人に殺されたと言っていた。


私は耳を疑った。


マリウス将軍の強さも尋常ではなかったが、そんな人間が二人といようとはまさか思わなかった。


しかし、事実は事実として分析し対策を練らなくてはならない。


「……しかも戦いに魔力を使ったおかげで、顔の皺が! 皺が! どうしてくれる!?」


私が真剣に考えている最中に女王がまた騒ぎ出した。


「王太子や貴族たちから魔力を徴収しているでしょう? それで補ってください」


王太子は聖女と同じように腕輪をつけて、食べ物を極力減らした状態で監禁されている。王太子の魔力が底をつくと、回復するまで貴族たちが順番に腕輪をつけて魔力を提供しているそうだ。カントル宰相が貴族たちを説得したらしい。


普段の生活ならそれで充分賄えるが、戦いの現場では遥かに多くの魔力が必要になったのだろう。


「魔族や魔獣に人間を襲ってもいいという許可を出そうと思うのだ…。そうすれば奴等に供給する魔力が少なくなる」


そうなったら人々は王都を捨てて逃げ出すだろう。国としての体すらなさなくなる。私は呆れた。


いずれは女王も含めてこの世界の人間全体に滅びてもらうが、そのためにもう少し女王の体制を維持しなければならない。


私の狙いは拮抗した二つの勢力に互いを殺し合わせることだ。それに自然災害や飢饉が相俟って国として滅びるだろう。そして魔獣や魔族のみが跋扈する国になればいい。


やがて隣国のムア帝国も魔獣や魔族との戦いで滅亡する。人間の住む大陸はここだけだ。大陸全体が魔獣や魔族にのっとられてこの世界の人類は消滅する、というのが私の望む結末だ。


……ムア帝国。


これは使える鍵かもしれない。


女王はまだ何か喚いている。


「国民を襲わせてしまうと、人々は王都から逃げてしまうでしょう。国として立ちゆかなくなりますよ」


まだ反駁しようとする女王に重ねて強調した。


「それに国民の魂を担保にして悪魔と取引されているのであれば、国民は大切にした方がよろしいでしょうね。魂を取るための国民がいなくなったら悪魔は女王陛下の元にやってくるでしょうから」


さすがに女王は気まずそうに口を閉じた。


「あの欲深い悪魔め……」


舌打ちした女王が、突然閃いたというように目を輝かせる。


「あの悪魔を仲間に引き入れたら、大きな戦力になるではないか?」


はぁ…と溜息をつきたくなる。


「悪魔が誰かの仲間になるなんてあり得ないでしょう? 裏切られてお終いですよ。誰かのために戦う悪魔なんて想像もできません」

「じゃが、あのルキウスとかいう小僧は……」


女王が何かを言いかけて珍しく口ごもった。


「あの若者が?」

「悪魔のような雰囲気を持っていた…気がする」

「悪魔のような雰囲気?」

「分からぬ。ただ……戦っている時に黒い霞のようなものを身に纏っていた…ような気がした」


私は快哉を叫びたい気分だった。


悪魔のような雰囲気。黒い霞……。どちらもルキウスが満たされない大きな欲望を抱いていると示唆している。


一度でいい。私と直接目を合わせることさえできれば……。


ふふ…。


私は女王に更なる策略を語り始めた。



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