鏡の独白
*鏡の視点です。
『Slave in the Magic Mirror…、鏡に閉じ込められし男よ…。国中で一番美しいのは誰?』
『いいえ。女王陛下、貴方ではありません。金色の瞳の聖女は、貴方の千倍も美しい』
それを聞いて怒り狂う女王の醜態を見ていると溜息が出る。
真実を聞くのが嫌なら聞かなきゃいいのに…。
愚かな女王だ。
聖女が逃げ出して以来、クレメンス王太子が魔力を供給する電池代わりに使われている。
最初は王太子が暴れたり、逃げ出そうとしたり、大変だったらしい。
最終的に鎖につなぎ食べ物をぎりぎりまで減らすという監禁状態になったそうだ。
実の息子に対する非道な仕打ちに非難の目が集まっていることなど、この女王は気がつかない。
王太子や貴族だけでなく自分自身の魔力を使っても、魔族や魔物たちが欲しがるだけの魔力を提供しつつ若さを保つことが徐々に難しくなっている。
小じわが増えた顔を憤懣で引きつらせながら、聖女奪還に失敗した者たちに鞭を振るう。
こんな女に期待した私が間違っていたのかもしれない……。
暗澹たる気持ちになった。
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人間だった頃、私は地球と呼ばれる星の某国の某機関で分析官として働いていた。
任務中に死んでしまったが、不思議な白い空間で目が覚めた。
「天界の管理官の仕事に興味があるか?」
変な爺さんがいて新しい仕事に勧誘された。
魂の生まれ変わりというのは、神の御心のまま自然に起こり誰かがコントロールすることなどできない。
しかし、例外がある。
管理官の役割というのは世界が崩壊しないように対処することだ。
様々なリスクがある。突然隕石が降って来て滅亡なんていうケースもあるらしい。
しかし、自然災害や戦争や疫病などで人類が滅びそうな場合は、防ぐ手立てとしてその世界を救えそうな人材を意図的に転生させることがある、という。
その場合も一番重要なのは神の意思であり、管理官は神の指示に従って選ばれた人材を選ばれた世界に送り込むだけである。
天界の管理官だという爺さんの下で働くことになった私の最初の仕事は、故郷の地球でアンケートを取ることだった。テレビ番組のインタビューの振りをして話しかけることもあった。その世界の風習に応じて人間の情報収集をすることが主な仕事である。
誰がどんな適性を持つかということを我々下っ端が調べ、それらの情報を基にして神が誰を生まれ変わらせるかを決めている、らしい。
重要なのは元々決まっている寿命や神の作った筋書きを変えないことだと爺さんは言っていた。
私は人を分析し、コントロールする能力に長けている。前世での仕事でもそれが役に立った。死後は魔力が覚醒したらしく、目を合わせるだけで人を好きなように操れるようになった。欲のある人間ほど操りやすい。そして、人間というのはどの世界でも大抵欲深いものなのだ。
おかげで私の情報収集の実績は高く評価された。
最初は爺さんに言われるがまま大人しく働いていたが、次第に不満がつのってきた。
せっかく集めたデータが活かされていない気がしてならなかった。
私だったらもっと上手く生まれ変わりを配置できる。こんなつまらない仕事じゃなくて、もっと大きな仕事をさせてくれ、と鬱屈した思いを抱えていた。
そんな時、爺さんがそろそろ引退を考えていると言いだした。
爺さんの代わりに管理官になることを打診されて私は興奮した。
ようやく手腕が発揮できる、と思った。
試用期間として暫定的に管理官の仕事を任されることになり、私は神から多くの指示書を受け取った。
マニュアルのようなものもあったが、役に立つようなことが書いてあるとは思えず、ほとんど読まなかった。
ある時、ある世界が滅びに瀕しているので、それを救うために別世界から魂を冒険者に転生させろという命令があった。
指示書の内容を見て私は顔を顰めた。
『もっと適任者がいるのに…』
しかも適任だと思う人間は、指示書にある人物の数日後に死ぬ予定になっている。
寿命がたった数日しか違わないんだったら、どっちでも同じじゃないか?
より適性のある者を冒険者にした方が、世界を救う可能性が上がるだろう。
私は神ではなく自分が選んだ人間を冒険者にして転生させた。
そして実際に世界は崩壊することなく続いている。
それ以来、指示とは関係なく自分が選んだ人間を転生させるようになった。
神は私の罪を知りながらいつか間違いに気づいてくれるだろう、と期待していたらしい。
後にそう言われた。
しかし、自分の判断は正しかったと今でも思っているし、それで罰せられる意味が分からない。
神には神の考えがあると言われたって、納得がいかない。
爺さんは神の決めた罰を私に伝えた。
地獄に堕ち生まれ変わることなく永遠に苦しみ続けるか、牢獄に閉じ込められることのどちらかを選べ、と言われた時は憤懣で爆発しそうだった。
私は間違っていない。それを認めない神も爺さんも許せなかった。
絶対に後悔させてやると昏い恨みを抱きながら牢獄を選び、その結果、鏡の中に閉じ込められることとなった。
そして私は復讐を固く心に誓ったのだ。