ルークのご褒美
救護用のテントに行くと、既に手当てを受けている怪我人が何人も横たわっていた。
慌てて手伝いを申しでる。
騎士に混じって、アルバーノさんも腕に包帯を巻いてもらっていたので驚いて声をかけた。
アルバーノさんはティベリオと城内にいたと思ってたんだけど…。
「ああ、ユリア。恥ずかしいところを見られちゃったな。戦ってもいないのに階段で躓いちゃって~。はは、情けないね」
頭を掻きながら笑うアルバーノさんに、手当てをしていた若い女性が慌てて口を挟んだ
「ち、違うんです! 私が階段から落ちそうになったところを助けてくださったんです! アルバーノ様がいなければ大怪我をしていたかもしれません。何と御礼を申し上げたら良いか…」
「いや~、そんなたいしたことしてないから。それより君に怪我はなかった?」
「私は大丈夫です! …私はクロエといいます。アルバーノ様…痛くはないですか?」
大きな瞳をうるうるさせて見上げるクロエに、アルバーノさんは照れながらも満更ではなさそうだ。
なんか良い雰囲気……なのかな?
クロエ嬢は若くて溌剌とした美人だ。アルバーノさんもイケメンだし、美男美女でお似合いかな~?
あまりお邪魔しちゃいけない。
アルバーノさんの怪我は治癒魔法で簡単に治せるけど、そんなこと言うと野暮な気がしてならない。
早々に退散して他のお手伝いにいくことにした。
治癒魔法を使って他の患者の手当てをしているとユリウスとラザルスが現れた。
「すごい。もう全然痛くないです! ありがとうございました」
「いいえ。お大事に」
治療を終えて二人に駆け寄るとラザルスが「お疲れさま」とぎゅっと抱きしめてくれた。ユリウスは「よしよし」と頭を撫でてくれる。ああ~、こうやって私はどんどん甘やかされていくのね。
「すごい戦いだったね。みんな強くて勇敢で…感動したよ。本当にありがとう。でも、それより…二人ともどこか怪我したの?」
二人は照れ笑いを浮かべて頷いた。
「いや、ちょっと火傷をね…」
それを聞いて早速患部を出してもらい治癒魔法をかける。
幸い軽い火傷だったので、傷痕もなくあっという間に治すことができた。
***
戦いの後、城内は騒然としていたが、さらに騒々しい怒鳴り声が聞こえてきた。
……ああ、ガイウス師団長だ。考えただけで胸が重くなる。
国軍が戻ってきたのだろう。
ユリウスとラザルスも憂鬱そうな顔をしている。
「この城に駐留している国軍の兵士の中で、進んで女王の味方になるものはいない。兵士の家族が王都で人質にならないように、ラザルスが近衛騎士団のサルト団長やカントル宰相に連絡して家族を王都から避難させたはずだ」
ユリウスが顎に手を当てて呟いた。
そっか……。それで兵士たちは戦わなかったんだ。
「ガイウス師団長がどうしてあんなに女王に心酔しているんだか分からないよ」
ラザルスも溜息をつく。
ガイウス師団長の喚き声や騒々しい物音が近くなってきた。
「ユリアは師団長と顔を合わせない方がいいだろう。それよりルキウスを労ってやってくれないか? あいつのおかげで勝てたようなものだからな。今は自室にいると思う。場所は分かるよね?」
ユリウスに向かって大きく頷くと、私はルークの部屋に向かって走りだした。
ルークの部屋には行ったことないけど、以前ユリウスが教えてくれたので場所は把握している。
迷惑かな……。でも、ルークの活躍が際立った戦いだった。『すごかった。ありがとう』という二言くらいは伝えたい。
恐る恐るルークの部屋の扉をノックすると、時間を置いてわずかに扉が開かれた。
ドアの隙間からルークの鋭い目が覗く。
「誰……? ユリア?! え!? 本物?」
という声と共に大きくドアが開いた。
鎧を脱いで着替えたばかりなのかもしれない。
洗いざらしのシャツを着て、カジュアルな恰好のルークはとても男っぽくてカッコいい。洗ったばかりなのだろう。濡れた髪が妙に色っぽかった。
どきどきする心臓を押さえながら必死で言葉を紡ぐ。
「あ、あの…今日はお疲れさまでした。みんなのために戦ってくれて、本当にありがとう。ルークがものすごく強くて…感動しました。あの……怪我はない? ルークのおかげで勝てたってユリウスも言っていたよ」
その時、廊下の背後で人の話し声が聞こえてルークが慌てて私の腕を引く。気がつくと私は彼の部屋の中に入っていた。
「ごめんなさい。休んでいるところだったんだよね。もう退散するから……」
私が言いかけると、ルークは優しく微笑んだ。
「お茶くらい出すから飲んでいけよ」
既にお湯を沸かす準備を始めている。
い、いいのかな……?
どことなく気まずい雰囲気の中、私はちょこんとソファに腰かけた。
ルークの広い背中を見ていると目頭が熱くなる。
情けないな…。ルークに会う度に思い知らされる。どれだけルークのことが好きか。
好きになっても報われないのは分かっているんだけど…。
でも、好きでいつづけるのは許してほしい。簡単に諦められる想いではないから…。
ルーク、大好き。
彼が背中を向けているのを良いことにルークに熱い視線を送る。
その時クルリと彼が振り向いて私とバッチリ目が合った。
焦って思わず顔が赤くなる。
ふと見るとルークの顔も赤い。
うつったのかな? ……風邪じゃあるまいし。二人して顔を赤らめて……。
なんだか可笑しくなって「ふふっ」と笑ってしまった。
「やっと笑った」
ルークも嬉しそうに笑顔を見せる。
「そっちこそ。ずーっと仏頂面だったくせに!」
「そうだったか? …悪い」
頭を掻くルークはとっても可愛い。ああ、好き…。
愛おしすぎて胸が苦しくて言葉がなかなか見つからない。
ただ、会えて嬉しい。笑顔が見られて嬉しい。
「ルークが無事で良かった。すごく強いのは分かっていたけど、やっぱり心配だったから」
「俺は大丈夫だ」
「うん……みんなを守ってくれて…本当にありがとう」
心を込めて言うと、ルークは少し顔をしかめた。
「みんなのためじゃない」
「え……?」
戸惑う私にルークは苦笑した。
「俺はさ…ユリアを守るために戦ったんだよ。いつでも、俺はお前を守るから」
きゅん!と胸を打ち抜くようなことを平気で言うんだ。この人は!
「……ありがとう。嬉しい」
今日は素直に言葉が出てきた。
「あのさ…今日、俺、結構頑張ったんだよね」
「うん」
「なにかご褒美…もらえないかな?」
「ご褒美!?」
突然のルークの言葉にまごついていると、ルークが耳まで真っ赤になった。
「いや……あの、その、何か欲しいって言うんじゃなくて……ああもう!」
「私でできることなら…。贈り物とか…?」
私が尋ねると、ルークはブンブンと首を振って頭を掻きむしる。
「おでこに…その……口づけさせてもらいたいんだけど……」
とても小さな声で呟いた。
「えっと? なんで?」
つい尋ねてしまった。
「いや! だって、あいつ…辺境伯だってしてたし。嬉しそうにしてたじゃないか」
ルークの言葉に「ああ、そんなこともあったっけ…」と思い出す。
そうね……。あれは完全に親愛というか友情の表現だった。
もちろんルークもそういう親愛の情から言ってるのだろう。
ルークににされたら嫌、なんて思うわけない。逆に…なんだか期待してしまいそうで自分の心が怖い。だって絶対嬉しいに決まってる。
この人はまたこうやって無意識に人を誑すんだろうな~。
そう思いつつ断る理由も見つからなくて、おずおずと頷いた。
ルークは照れくさそうにしながらそっと私の前髪を持ち上げた。
手まで真っ赤になっていて指も震えているのに気がついた。
彼の緊張がうつってしまいそうだ。
ルークの端整な顔が近づいてくる。見ていられなくなって、ぎゅっと目を閉じてしまった。心臓が激しく脈打って胸が苦しい。
おでこに彼の柔らかい唇が当たる。ちゅっと軽い音を立ててルークが離れた。
彼は口を覆って俯いている。シャツからのぞく胸元まで真っ赤だ。
私も真っ赤になっている自信がある。
はぁ、熱い。ティベリオの時はこんなふうにならなかったのに…。
熱すぎるので手でパタパタ仰いでいると、ルークが照れくさそうに口を開いた。
「あのさ……もう一つお願いがあるんだけど」
「え、うん。なに? 欲しいものがあったら言って?」
「ユリアのことを俺だけの呼び方で呼んでいいかな?」
「ルークだけの呼び方? あだ名みたいな? 私がルークって呼ぶみたいな感じ?」
ルークは切実な顔で大きく頷いた。
「そんなの、全然問題ないよ。それでご褒美になるのかな?」
「なる!」
彼が断言した。
「分かった。じゃあ、何て呼ぶ? あだ名…? うーん、ユリとか?」
私の提案にルークは首を横に振った。
「それだと、またユリウスとお揃いになっちゃうから…あのさ…『リア』って呼んでいい?」
『リア』!? なるほど。
これからルークだけが私を『リア』と呼ぶ。
……照れくさいけど嬉しい、という不思議な気持ちがこみあげて顔が熱くなった。
「うん。いいよ」
ルークは甘すぎる笑顔で「リア」と呼びながら、そっと私の頬を撫でた。