女王との初戦
その日、ついに女王たちの軍が姿を現した。
人間ではなく魔物で編成された軍だけど、その威圧感は半端ない。中心に空飛ぶ魔物に乗った女王が見えた。
ちょっと若作り感が出てきたな…と全然関係ないことを考えてしまう。
私の仕事は城全体を包む結界を張ることだ。
魔法が使えるようになってから、ティベリオや騎士団の助けを借りつつ、様々な魔法訓練を行ってきた。
おかげで巨大な要塞のような城でも結界を作れるくらいまでになっている。
ちょうど女王たちの軍と向かい合うように城塞の先端に立った私は意識を結界に集中した。
金色に輝く巨大な魔法陣が空中に浮かび、それが城全体を覆うように広がった。
微かな光を帯びた泡のようにも見える結界が城を包み込む。
これは精霊王の森と同種の結界だ。
どれくらい持つのかは分からないけど、かなり強固な防御壁ができているはず。
女王が乗っている魔物がキィエーっと金切り声をあげた。
その時女王の声が聞こえた。
魔法で拡声しているのだろう。その場にいる者全員が聞こえるくらいの声だった。
「聖女は我が息子の婚約者だ。おとなしく聖女を渡せば許してやろう。かわいそうに王太子は聖女が連れ去られたために重い病になり、ずっと病床に臥せっている。聖女を渡せ! 死人や怪我人を出すのは本意ではない!」
朗々と叫ぶ女王に、近くにいたアガタとエミリア母さんがシラーッとした表情を浮かべた。
うん…あまりにシラジラしい嘘だよね。あのクレメンス王太子が私のせいで病床にって…ありえない。
何の反応もないことにしびれを切らしたのだろう。
女王は魔物たちに向かって叫んだ。
「かかれ~!!!」
辺境伯騎士団は結界の外で女王軍を迎え撃つ。その先頭にいるのはルークだ。
騎士団が全員馬に騎乗しているのに対してルークは徒歩である。
ここからだとルークが豆粒くらいの大きさにしか見えない。でも、ルークが握った剣が太陽の光を反射してキラリと輝いた。
次の瞬間、騎士団を大きく引き離し、物凄いスピードで魔獣に向かって走っていたルークが大きくジャンプした……。
というか、飛んだ。
それは一瞬のことだった。
女王が乗っていた魔獣の首がスポンと切り落とされた。
魔獣はそのまま地に落ち、女王が慌てて別な魔獣に乗り移るのが見えた。
巨大な魔獣の体が地に落ちた時のズシンという地響きが僅かに遅れて城まで伝わって来る。
他の魔獣らが物凄い咆哮を発し、口から真っ赤な炎を噴き上げる。
何頭かの魔獣は城まで迫り、城に向かって炎を吹きかけるが結界のおかげで影響は無さそうだ。
女王が何か呪文らしきものを唱えて、結界を破ろうとしているみたいだけど、それにも持ちこたえている。
城は大丈夫そうだ。
心配なのは結界の外にいる騎士団の皆さんだけど……。
馬上の騎士たちはルークから大きく引き離されたが、彼の後を追い果敢に魔獣に向かって行く。
騎士たちに向かって炎を吐く魔獣たち。
だが、騎士団は一糸乱れぬ動きで一斉に盾を構え、炎を避けつつ魔獣に向かって矢を放つ。
盾を構える騎士が矢を射る者を庇っているようだ。凄い連携! 完璧なチームワークだ。
矢を射る人たちの中にユリウスがいるのが見えた。盾を構えたラザルスがユリウスの隣にピッタリとくっつき、ユリウスの馬も誘導しているように見える。
ユリウスが構えた矢が違わず魔獣の目を打ち抜いた。怪我を負った魔獣は戦線離脱して逃げていく。
他の騎士も盾で防御しつつ、勇敢に魔獣と戦っている。
でも、抜きんでているのはやはりルークだ。彼は馬にすら乗っていない。それなのに馬よりも遥かに速い。
物凄いスピードで飛び上がり、剣を振りかぶって別な魔獣の首を切り落とした。これで五頭目だ。
ルークの動きは速すぎてもはや黒い影のようにしか見えない。
こんなに強くなったんだ……。
王城から戦いを見つめる私たちは、ルークの強さに生唾を飲みこんだ。
そうこうしている間にもう一頭の魔獣がルークに首を切り落とされた。他の魔獣らも怪我を負い、次々に逃げ出していく。
もう女王側の魔獣は数頭しか残っていない。
女王も魔法を使ってルークを攻撃しているが、スピードが速すぎて捕えられない。
苛立ちを隠し切れない声で女王が叫んだ。
「ザカリアス王国の国軍は妾のために戦え!!! そこにいるのは分かっている!!!」
拡声器で空に響き渡る女王の声に呼応して動きを見せたのは、国軍と一緒に成り行きを眺めていたガイウス師団長だ。
何を言っているかは分からないけど、国軍の兵士たちに向かって何かを叫んでいる。
多分だけど……辺境伯側を攻めるように命じているんだろう。
不安で心臓が鳴りやまない。
昨日まで仲良く過ごしていた騎士団と国軍の兵士たちが戦うなんて…。
しかし、兵士たちが動く様子はない。
ガイウス師団長は目に見えて苛立っている。何かを喚き散らしているが、兵士たちは完全無視を決め込んでいるようだ。
「くっ、見ておれ! このままで済むと思うな! お前たち全員、後悔させてやる!」
女王は拡声器で捨て台詞を吐きながら、生き残った魔獣らを引き連れて退却していった。
私はほぉ~っと長い溜息をついた。緊張して息を止めていたらしい。
周囲の人々は大きな喜びの声を上げながら抱き合っている。
……勝った? とりあえずは撃退したんだよね?
マルティーノ騎士団長とルークを囲んで、騎士団が勝鬨の声をあげた。
城内でも多くの人たちがそれに合わせて、大声で叫んでいる。みんな、勝利の喜びに興奮を隠し切れない様子だ。
『嬉しい』というより『ホッとした』という気持ちの方が強かった。
私が見た限り辺境伯側で死者はいなかったように思う。
でも、怪我をした人はいるかもしれない。救護用テントに行って準備をしておこう。
念のため結界は張ったままにしておくが、当然味方が戻ってくる時には入ってこられるようにした。
ルーク、ユリウス、ラザルスとも無事だ。遠くに三人の笑顔が見えて、今更ながら膝がガクガクと震えてきた。
凄い…戦いだった。あっという間に勝負がついた気がする。
ルーク、こんなに強かったんだ。魔力が目覚めたルークはもはや無敵だ。圧倒的な強さで、まさにモナさんの言う通りだった。
以前のようにモナさんのことを考えて嫉妬で胸が痛くなることはなかった。
白髪の男性には……複雑だけど嫉妬というより『ちゃんとルークを幸せにしてよ!』と発破をかけたくなる気持ちの方が強かった。
どうしてだろう? 嫉妬…もないわけじゃないけど、私はそもそも対象じゃなかったことが分かると、不思議と諦めがつく気がするんだ。
私には分からない複雑な事情があるんだろうな…と考えながら早足で救護用のテントに向かった。




