ティベリオの秘密
ティベリオの顔は酷く青ざめて切羽詰まっているように見える。
そんな表情を見たことがなかった私は激しく動揺してしまった。
「…ティベリオ? 何か悪いことを言ってしまった? 不快な思いをさせてしまったらごめんなさい」
必死に謝る私にティベリオの表情が少しだけ緩んだ。
「男性同士の恋愛っていうのは…どういうことだい? そんな恐ろしい罪業は神の罰を受けるだろう。まともな淑女が考えるようなことではないと思うんだが…」
「え!? そうなんですか?」
私は純粋に驚いた。前世ではLGBTQIAの運動でレインボーフラッグなんかも良く見かけたし、私の感覚だと珍しいことではなかった。だから『罪業』なんていう前時代的な言葉がティベリオの口から出てきたことに衝撃を受けた。
ティベリオは私が驚いていることに驚いたようだ。
「ユリア、君は…同性同士の恋愛が禁忌であることを知らないわけではあるまい?」
「えええっ! なんでですか?!」
ちょっと待って! ちょっと待って!
何かが見えてきた気がした。
この世界では禁忌だと言うことは…ルークとあの白い髪の男性は禁忌を犯してしまっているということ?
それを隠すための偽装婚約?
前世で見たことがある『偽装結婚』『偽装婚約』などを扱った漫画が脳裏を駆け巡る。
詳しくはないけど、それが一大分野であることは鴨くんから教えてもらった。
もしかしたらモナさんとの婚約は、本当の恋人を隠すための偽装婚約!?
でも、そうすると辻褄が合う。
ルークとモナさんは決してラブラブな雰囲気を醸し出すカップルではない。
ファビウス公爵とモニカさんと比べると一目瞭然だ。
そういうものだと思っていたけど、もし二人が割り切った偽装婚約をしているとしたら?
ラザルスも言っていた。ルークはモナさんが好きなわけではないと。
そしてルークには事情があるけど、人に言えることではない。
ああ、きっとそうなんだ…。
確かに…深刻な禁忌なのであれば簡単に人に話していいことではない。エミリア達も私に話すのは躊躇うだろう。勿論、私も誰にも言うつもりはない。
そうだったのか…。
いろいろと納得できた。
私はルークの心を掴むには土俵にすら立てていなかったんだ。
脳内で忙しく考えているとティベリオが私の肩を掴んで揺さぶった。
「ユリア! 大丈夫か!?」
「あ…ああ、大丈夫…です」
舌を噛みそうになりながら答えると彼は真面目な顔で再び尋ねる。
「ユリア、君は禁忌だということを知らなかったのか?」
「ティベリオ、実は私には前世の記憶があるのです。それで…前世では…その、差別は多少残っていましたが、禁忌ではなかったので…つい…」
混乱する中、思わず正直に話してしまうとティベリオの瞳が大きく見開かれた。
「き、禁忌では…ない?」
「え、ええ、前世の世界ではLGBTQIAと言って、様々な性的指向の方々の気持ちを尊重しようという運動も起きていました」
「ユリア…君は記憶持ちだったのか…。そして、君が居た前世の世界では禁忌ではなかった…」
ティベリオが呆然と呟く。
「はい! もちろん、差別があったのは事実で過去には禁忌だったのかもしれませんが、徐々に人々の間で運動が起こって、人間の多様性を認めようという流れが生まれたんです」
「ユリア…。君は素晴らしい! もっと、もっと前世の話を聞かせてくれ! そのLGB…なんとかという運動のことももっと知りたい!」
目をキラキラさせながらティベリオは私の手を両手で握り締めた。
***
私とティベリオが話に夢中になっていると、控えめなドアのノックの音が聞こえた。
アルバーノさんが申し訳なさそうに扉から顔を覗かせる。
「話が弾んでいらっしゃるところをすみません…。でも、あの、ユリアのお迎えの方々がいらしています」
時計を見て驚いた。時間を忘れてしまっていた。
「こんなに遅くまで申し訳ない。女王との戦いもある。のんびりしているわけにはいかないな。すまなかった。ユリア」
「いえいえ、私も楽しかったです」
うん、久々に沢山前世の話ができて、嬉しかった。
扉の向こうにはムッとした顔のルークと心配そうなアガタが立っていた。
「心配かけてごめんなさい」
二人の元に駆け寄ると、アガタは「大丈夫ですよ」とニッコリ笑ってくれた。
ルークは不機嫌そうな仏頂面だ。何となく彼の顔を見るのも躊躇してしまう。
ティベリオにお休みの挨拶をして去ろうとすると、彼に引き留められた。
「今度…もっとゆっくりと二人で話がしたい。女王との戦いが終わったら…是非」
ティベリオの熱っぽい口調に、アルバーノさんは驚いたように口をあんぐりと開けた。
私はティベリオが抱えている秘密が分かったような気がしたので、笑顔で「もちろん!」と答えた。
ティベリオはとても優しい表情で私の頬に手を添えると、私のおでこにそっとキスをした。
…ぽっ
つい赤くなったのが自分でも分かる。
だって…イケメンにおでこに優しくちゅってされたら、誰でもそうなると思う。
その破壊力に、アガタも口を押さえてよろめいている。
するとゴンっという音がして慌てて振り返るとルークが握り拳で壁を殴っていた。下を向いているのでどんな表情をしているのかは分からない。
えっ…壁がぼこっとえぐれてるんだけど…。
ティベリオは何事もなかったかのように平静だ。
「ああ、壁は後で補修させるから大丈夫だ。おやすみ。ユリア。アガタ。ルキウス」
彼はそのままアルバーノと並んで自室に戻っていった。
余裕だなぁ…。
「部屋に戻るぞ」
ルークがきっぱりと言い、私とアガタは慌てて彼の後について歩き始めた。
彼の逞しい背中を見ていたら、一瞬全身から黒いオーラが立ち昇ったような気がしたんだけどすぐに消えた。
なんだろう…気のせい…かな?




