ルークの事情???
『ルークが苦悩している』というモナさんの言葉がどうしても気になって、私は夕食をとると彼を捜しにでかけることにした。
…分かってる。お節介だし、余計なお世話だし、私なんかが何もできるわけないって。
でも…やっぱり心配なの。
ルークを捜しまわったけど、なかなか見つからない。
ユリウスたちやマルティーノ騎士団長に尋ねても知らない、と言う。
どこ行ったんだろう?
あちこち歩き回っていたら、人気のない地下に辿り着いてしまった。
……薄暗いし、ちょっと怖い。
早く戻ろう、と思った時に誰かの話し声が聞こえたような気がした。
「…」
「……!」
なんだろう……? 誰かが言い争っているようにも聞こえる。恐る恐る声がする方向に歩いていくと、
「…ユリア…!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
話をしている人たちに慎重に近づいていく。
薄暗い回廊のようなところで言い争っていた声の一つはルークのものだった。
もう一つの声は聞き覚えがないけど、シルクのように妖しく耳障りの良い男性の声だった。
ルークと一緒にいる男性はルークよりもさらに背が高い。
真っ白い髪に褐色の肌。睫毛も眉毛も真っ白で、鼻筋の通った端整な顔立ちには野性味もあり、妖艶とも言える不思議な色気に溢れていた。
……誰だろう? こんな人、この城では見たことない。身を潜めながら覗いているとルークが苛々した様子で男性を怒鳴りつけた。
「お前はユリアに近づくな!」
こんな風に感情を露わにするルークは珍しい。
怒鳴りつけられた男性は瞬き一つせずにルークの言葉を受け止める。
「あんなつまらない女、何の興味もありませんよ」
ふふんと鼻でせせら笑った。
…うう、確かに私はつまらない女だけどさ。
その時、一瞬だけ男性の目線がこちらのほうを向いたので、私は身を縮こませた。しかし、彼の視線はまたすぐにルークに戻る。
「今日もユリアに近づこうとしただろう?」
ルークの声には怒りがこもっていた。
「おやおや…嫉妬ですかな? 私が興味あるのは貴方だけですよ。安心して下さい」
するとルークの顔が真っ赤になった。
「嫉妬なんてするわけないだろう!」
「…そうですね。貴方は既に私のものですから」
ふふ、と笑みを浮かべる。
「…くっ!」
拳を震わせるルーク。
その時、白い髪の男性がルークを壁際まで追い詰めると両手をルークの顔の両側につけた。いわゆる壁ドンだ。
……壁ドン。
ちょっと古いけど…超絶美形二人の壁ドン…。はっきり言って絵になる…。
その男性はもうすぐ唇が触れてしまうんじゃないか、というギリギリまでルークに顔を近づけると、揶揄うような表情で囁いた。
「お前はもう俺のものだろう?」
無駄に良い聴覚が恨めしい。はっきり聞こえてしまった。
白い髪の男性は、表情や言葉遣いも先刻とは変わっている。さっきまでの慇懃無礼な物腰よりも、今の野生的な仕草の方がこの人の地なんじゃないかと思った。
「…俺に魂を捧げると言ったじゃないか」
妖しく囁く男性にルークは顔を赤くして口ごもった。
「…それは…確かに言ったが…」
衝撃!!!
……どういうこと?!
ふふふ、と密やかに笑いながらその男性はルークの腰に手を回す。
「まぁ、落ち着け。これから長い付き合いになるんだから…愛しているよ」
妖しく微笑みながらルークの耳元で囁くとその場を去っていった。
ルークもしばらく佇んだ後、はぁっと大きなため息をついて歩いていく。
一人残された私は呆然と二人の後ろ姿を見送った。
頭が真っ白で……何も言葉が浮かばない。
その場にしばらく固まってしまった私は、複数の足音が聞こえたおかげで我に返った。
バタバタと走り寄って来たのはエミリアとユリウスだった。
「ああ、良かった。ユリアの姿が見えなくてみんな焦って捜しているよ。無事で安心した」
ユリウスに頭を撫でられる。
「ご、ごめんなさい! …あのルキウスを探していて…。結局見つからなかったんだけど」
私は少しだけ嘘をついた。
「大丈夫よ。あなたが無事なら良かったわ」
エミリアに抱きしめられる。温かい…。
「ユリアがルキウスを捜しているのは知ってたんだけど、なかなか戻ってこないから心配になったんだ。早く戻ろう。ティベリオ様も心配しているよ」
「本当にごめんなさい! これから気をつけます」
いきなり姿を消してはいけない。心配かけちゃうもんね。これから気をつけよう。
***
反省しながら戻ると想像以上の騒ぎになっていて罪悪感が半端ない。ティベリオ様も捜してくれていたみたいだ。
「ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!」
「もう夜だからね。ユリアの姿が見えなくて心配したよ。何かあった?」
私は言葉に詰まってしまった。
「いえ……特に何も…」
しかし、就寝前に一緒にハーブティーを飲もうと誘われて、仕方なくティベリオと一緒に彼の執務室に向かった。
「何かあった?」って聞かれても……一体何があったのか、私の方が聞きたい。
あの会話はどういう意味だったのか?
あの白い髪の超美形がルークに「お前は俺のものだ」とか「愛してる」と言っていたのが耳に残っている。ルークも否定しなかった。ルークも魂を捧げると言っていたらしいし、二人は…恋仲なんだろうか?
前世ではLGBTQIAに関してまったく当たり前のことだと思っていた。人を好きになるという行為は性別を超えて一様に尊いものだと理解している。
でも、前世の鴨くんはそうではなかったから驚いてしまった。やっぱり生まれ変わると色々と変わるんだなぁ……。
モナさんはどう思っているのかな…?
そもそも彼女は知っているのかな…?
頭がぐちゃぐちゃして上手く働かない…。
一人で物思いにふけっている間にアルバーノさんがお茶を用意してくれた。向かい合わせのソファにはティベリオが座り、黙ってお茶を飲んでいる。
「あ…ごめんなさい。全部お願いしてしまって…。ありがとうございます」
アルバーノさんはウィンクしながら優しく笑ってくれた。
「いいんだよ。カモミールティーだから、ゆっくり飲んで心を落ち着かせて」
本当にいい人だ。
アルバーノさんが退室して、ティベリオと二人きりになると、彼は徐に口を開いた。
「…ユリア。何があった?」
「あの、その、先ほども申し上げましたが、何もございません」
「そんな言い訳が通るわけないだろう? ここに来てからも上の空でずっと何かを思い悩んでいる。悩みがあるなら言ってほしい。私はそんなに頼りないか? 女王が攻めてくるという時だ。みんなピリピリしている。どんな小さな悩みでも相談してほしい」
真剣な顔のティベリオを見ると罪悪感を覚えるが、ルークの秘密を人に漏らすわけにはいかない。
「申し訳ありません。ティベリオはとてもとても信頼のおける方です。頼りにしています。でも、本当に何もないんです」
「そうか…」
ティベリオはティーカップを口に運んだ。
「でも、ずっと何か考え込んでいた。…何を考えていた? 正直に言ってほしい」
……えーと。私はこういう時に誤魔化すのが物凄く下手なのだ。
「…男性同士の恋愛について考えていました」
ティベリオの強い視線に押されて、つい本当のことを答えてしまった。
その時ティベリオの目が鋭く光った…気がした。
彼が握っていたティーカップが床に滑り落ち、気がついたら彼に手首を強く掴まれていた。
い、痛い。どうしたんだろう?
良く見るとティベリオの顔色は紙みたいに真っ白になっている。
「男同士の…なんだって?」
その声が震えていることにも動揺した。こんなティベリオを見るのは初めてだ。
何か間違ってしまったのか?
呆然としながら私はティベリオの顔を見つめ続けた。




