友情
「えーっとですね。今後女王との戦いが始まる可能性が高いと思うんです」
ティベリオは熱心に耳を傾けてくれる。真剣な表情を見て俄然やる気が湧いてきた。
「女王が攻めてきた時に……女王と戦っている最中に背後からムア帝国が襲撃してきたら? 挟み撃ちにあえば、この要塞でも危ないかもしれません。ですから、その前に不可侵条約か……何かしらの講和条約を締結することはできないでしょうか?」
「……っ! アルバーノと同じことを言うんだな」
感心したようにティベリオが呟いた。
「アルバーノさんも同様にお考えでしたか?」
「ああ、それで現在私の部下が実務隊を作り、具体的な交渉内容を検討しているところだ」
私は安堵の息を吐いた。そうだよね。これだけ頭の回転の速い領主に仕える人たちだ。みんな、優秀なはずだよね。
「既に皆様がお考えのことを、賢しらにご提案申し上げてすみませんでした」
「いや、私は感心したよ。目の付け所が素晴らしい。今後も顧問として政策の意見を聞きたい」
ティベリオは嬉しそうに頷いた。
彼と話し合う時は基本的に二人だけなのでいろいろな提案がしやすい。
ティベリオが手を叩くと扉が開いて、アルバーノさんがティーワゴンを押しながら入ってきた。
「随分長いこと話しこんでいたね~。盛り上がった? ユリアは面白いことを思いつくからね~」
すっかり冷めてしまったお茶を入れなおしてくれるアルバーノさんは、嬉しそうにティベリオに話しかける。
ティベリオも明らかにリラックスしている。
「ああ、とても有意義な時間だった。彼女の提案はどれも興味深く実用的だ。特に飢饉対策には頭を悩ませていたので有難い。アルバーノの話の通りだったな。彼女は素晴らしいよ」
「魔法も凄いんだよ。あっという間に甘藷の茎が育ってね。その茎が根付くのも早かったよ~。ユリア、可愛いしねぇ。モテモテで、町の男たちの視線が全部釘付けだった。ユリウスとルキウスが物凄い睨みをきかせてたから、誰もユリアには言い寄れなかったけどねぇ。はは。」
「へぇ。あの二人……いや、ラザルスも入れたら三兄弟か。あの三兄弟が睨みをきかせているとなると、ユリアの恋人となる男は苦労するなぁ」
ティベリオの冗談に、私は形だけの微笑みを作ってみせた。ルキウスのことを考えるとただただ胸が痛い。
「ん? ユリア? どしたの? 何かあった?」
アルバーノさんは勘が良くて困る。
「な、なんでもないです!」
赤くなって手を振ると、アルバーノさんは心配そうに至近距離で私の顔を覗き込んだ。よく考えるとこの人もイケメンだ。イケメンの至近距離は心臓に悪い。
「アルバーノ! 淑女に不躾だぞ」
ティベリオが遮ってくれたので助かった。
「あ、申し訳ありません。ユリアの寂しそうな笑顔がちょっと心配で……。もう失礼します。本当に申し訳ありませんでした」
「あ、そ、そんな、お気になさらないでください。ご心配をおかけしてすみません。…大丈夫ですから」
そう言ったんだけど、アルバーノさんは申し訳なさそうに何度もお辞儀をしながら部屋を出ていった。こちらの方が申し訳ない……。
二人きりになるとティベリオも心配そうに私を見た。
「ユリア…もし、何か困ったことがあったら、何でも言ってほしい。力になりたいんだ」
ティベリオは本当に良い人だ。
「もしかしたら、あの三兄弟と何かあったのか?」
……しまった。油断していたので、咄嗟に表情を繕うことができなかった。不意に一筋の涙が零れてしまった。
ティベリオは驚いたようだったが何も言わずにハンカチを手渡してくれた。
そんな優しさが嬉しくて遠慮なくハンカチを使わせてもらう。
「……ルキウスは君のことが気になっているようだけど」
ティベリオの独り言に私はビクッと反応してしまった。
……嫌だ。モナさんに嫉妬しているところをあからさまにしたくない。
ティベリオは俯く私の頭をそっと撫でてくれた。
「……ルキウスはいつも君のことを見ている。気づいていないかもしれないけど。彼はあのモナという婚約者が好きなわけではないと思う。何か事情があるのかもしれない。そもそも、あの婚約者よりも君のほうがずっと魅力的だよ」
お世辞でも…ちょっと救われたかもしれない。好きでもないのに婚約する事情というのが想像もできないけど、僅かでも慰めとなった。
「ありがとうございます。お優しいですね」
「魅力的な女性には優しくするようにしているんだ」
端整な顔立ちにバッチリ似合う見事なウインクを送ってくれて気持ちも若干上向きになった。
その後も熱いお茶を啜りながらムア帝国との関係や内政について話していたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
「私たちは良い友人になれそうだ」
別れ際にティベリオは笑顔を見せてくれた。
その後も何かというと呼び出されていろいろな相談に乗った。飢饉対策では綿密な打ち合わせが欠かせないし、几帳面なティベリオのやり方は私も安心ができる。
その日も朝食後にティベリオに声を掛けられた。
「ユリア、今日も打ち合わせをしたいんだ。明日には教会関係者を集めて君の施策を実行に移そうと思う」
「本当ですか! ありがとうございます」
いよいよ教会の人たちとの話し合いだ。いわば現場監督のような方々との打ち合わせ。とっても重要だ。私の意欲はますます高まった。
「また君の話を聞きたい。こんなに話していて楽しいと思った女性はいなかったよ」
ティベリオの言葉も純粋に嬉しい。彼に恋愛感情がないのは感覚的に分かるし、私も純粋に友達として彼といると楽しかった。
「私もティベリオとお話できて楽しいですわ」
すると、たまたま近くにいたルキウスが「なぜっ…」と呻いているのが聞こえた。
何かあったのかしら???