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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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ティベリオ・トラキア辺境伯

*ユリア視点に戻ります。時間も少し遡ります。



ティベリオ・トラキア辺境伯は爽やかで如才ないという印象しかなかったが、実際に政策立案の話を始めると、実に優秀な為政者である、ということが分かってきた。


私の提案を正しく理解してくれて、瞬時に適切な質問を投げかけてくる。


なんだろう? この感覚……。覚えがある。


そうだ。前世で仕事ができる営業さんと打ち合わせをしている時の感覚に近いかも。


顧客のニーズを正確に把握しているからソリューションの提案がしやすいし、私の提案も適切に理解してくれるから問題や間違いがあった時にすぐに指摘してくれる。


いろいろな視点から物事を捕えられるこの人は為政者としてとても優秀。


筋書きの鍵となる辺境伯が優秀な人で良かった。


確か天界の筋書きでは、女王を放逐した後、辺境伯が国王となって国民の生活を立て直していたはず。この人ならきっと大丈夫だ。


私はまず大地の水脈を司る龍神の言葉を辺境伯に伝えた。


『一滴の水をも無駄にせず、大地と天の恵みに感謝を伝え続けるのであれば、井戸の水を枯らすことはない』


『但し人心が奢り、水の価値を軽視し、井戸を粗末に扱うような場合には、大地の恵みは全て失われ、多くの民が死する運命となるであろう』


『この長い旱魃の後には、大雨が来るだろう。天にいる私の兄弟の采配だ。川が氾濫し洪水も起こる。対策を講じておけ』


「ユリア嬢は……大地の龍神の加護も受けているのか?」


辺境伯は感極まった表情で尋ねた。


「いいえ、精霊王のご加護はいただきましたが、龍神のご加護はないと思います」

「しかし、龍神がユリア嬢に好意を持っておられるのは明らかだな。さすがというべきか……」


感銘を受けたように呟く。


「井戸を大切にすれば井戸が枯れることはない、というのは素晴らしい。各地域の教会に周知徹底させるよう伝える。……祀るための神棚を用意したほうが良いだろうか?」


「そうですね。例えば、榊に紙垂しでを付けて飾ると、子供達もここでは悪戯していけない、というように印象づけられるかもしれません。後で作り方をお教えします」


「助かる。ありがとう。それに、君が言っていた甘藷の話も非常に興味深い。確かに手間はかかるが、植えられている作物の一つ一つに水滴を垂らすようにすれば、水の大幅な節約にもなる」


おお、ちゃんと点滴型灌漑システムのコンセプトも理解してくれた。


「そして、ユリア嬢が懸念しているのは、害虫……飛蝗のことだな?」


「はい。川が干上がっているところに大量の卵が産みつけられているのを見つけました。他にもそのような場所はあるかと」


「うむ。策はあるか?」


「飛蝗は寒さに弱いとされています。卵も二週間10℃以下の環境にあれば、ほぼ完全に死滅します。あの……本で読んだのですが、教会の司祭はほとんどの方が魔力を持つというのは本当でしょうか?」


「本当だ。教会は地域の診療所も兼ねている。怪我や病気の時に人々が頼るのが教会だからな。治癒魔法が基本だが、各教会には魔法全般が使える司祭が配置されている」


「……川底の土を教会に集めて、魔法が使える方が毎日冷却魔法を掛けるのが一番確実かと思います。それを二週間続けるのです」


辺境伯は顎を撫でながら考える。


「確かにそれは良い方法だと思うが……。川底の土を集めるのはかなり大変だぞ」


そうだ。だから髪の毛が抜けそうになるくらい考えた!


「仰る通りです。ですから幾つかの施策を組み合わせるのです」


私は必死で説明した。


「まず、現在既に食糧不足の地域があると聞いています。ですから、人々への食糧配給が重要です。いざと言う時のために食糧の備蓄がありますよね? それを放出していただきたいのです」


「緊急時用の備蓄をか?」


「はい、今がまさに緊急時だと思っています。配給する時に、川底の土を掘って持ってきた人に土の量に応じて食糧を配給するようにしたらどうでしょう? 沢山土を持ってきたら沢山食糧が貰える、となったら、皆さんやる気が出るんじゃないでしょうか? 勿論、病気の方などは例外で、無条件で食糧配給が受けられるようにしなければなりませんが……」


「食糧と引き換えに川底の土を? ……一人当たりの上限を定める必要があるが、それは良い考えかもしれないな。教会と検討してみよう」


「はい。教会から人々にきちんと説明して頂くのです。これは害虫駆除のためだと。これまでも蝗害に苦しめられた経験があるでしょう。それを防ぐため、と説明すれば率先してやって下さるんじゃないでしょうか? 川底の約15㎝程度の深さまで掘ってもらえば、確実に全ての卵を回収できると思います。あと、卵は湿気がないと孵化できません。平原などの土は完全に乾燥していましたので、川底の卵以外はそれほど心配する必要はないかと」


「なるほどな……」


「そして、大雨が発生した時に、川底が多少でも深くなれば、水が氾濫するのを抑制する効果があるかもしれません」


「……それはそうだな」


「しかも、川底の土は通常の土よりも有機物が多く含まれているので栄養分が高いです。その土を一ヵ所に集めて、卵が死滅した後はそれを畑に活用しましょう! 湿気も他の土よりはあるでしょうし、育てやすい畑になると思います」


「分かった。点滴式灌漑システムも含めて、すぐに教会と話し合おう。ユリア嬢の指導の下で、甘藷を育てている町があると聞いたが……」


「はい、旅の途中で立ち寄った町でやり方を説明させて頂きました」


「そこから何人か指導者として他の地域にも派遣しよう。経験者がいた方が良い」


「それは素晴らしい考えだと思います!」


手を叩いて賛意を示した。やっぱりこの人は頭が良い!


「それから龍神は今後大雨が発生し、洪水が起こると警告していた。その対策は川底を深くするだけで十分だろうか?」


「いいえ、十分ではありません。それに関しては『堰』を作るのが一番かと思います」


「堰?」


「はい。川の水量を調節するためのものです。突然降水量が上昇した時も、その威力を和らげ川の氾濫を防ぐことができます」


堰とはダムの小さい版のことだからね。特に水門のついた可動堰は洪水時の水量調整に役に立つ。


「なるほど……後ほど技師に具体的な説明をしてもらえるか? 設計の段階から協力してもらえると助かる」


「勿論です。喜んで協力させて頂きます!」


やった! 話の分かる領主で助かった。


えっと……そして、もう一つ懸案事項があるんだけど……。やっぱり出しゃばりって思われちゃうかしら?


少し躊躇っていると辺境伯が怪訝な顔をした。


「ユリア嬢? 何か?」


出しゃばりと思われても言いたいことは言おう。私は腹をくくった。


「それから……あの、これは外交にも関わるので非常に差し出がましい提案だと思うのですが……ムア帝国とのことで、辺境伯閣下は何かお考えをお持ちでしょうか?」


「いやいや、君の意見を聞いてみたい。それに堅苦しい呼ばれ方は苦手だ。ティベリオと呼んでくれないか? 呼び捨てで構わないよ」


「それでしたら、私もユリアと。呼び捨てでお願いします」


二人でニッコリと微笑み合う。うん、私達は良いチームになれるかも? なんて図々しいかしら?


「ユリア、君とは良い関係が築けそうだ。これからも宜しく頼むよ」


生まれて初めて仕事で自分が認められた気がして胸が熱くなった。




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