悪魔の計算
すみません<m(__)m>。更新にしばらく間があきました。引き続き読んで頂けたら嬉しいです。
*ルキウス視点です。
「んもうっ! 乱暴なんだからぁ! 女の子には優しくしてよ」
文句を言うモナを俺は睨みつけた。
「誰が女の子だ!?」
「うふ、ねぇ、それより聖女と何かあったのかなぁ? 気まずい雰囲気だったじゃない?」
こいつはこういうのを感じ取る鋭い嗅覚を持っている。本当に憎たらしい。
ユリアとは……もうダメだろうな。折角俺のことを好きって言ってくれたのに。
夢みたいに幸せだった。でも、悪魔に憑かれた人間に彼女を幸せにすることはできない。
両手を腰に当てると俯いて大きな溜息をついた。
「あらぁ、大きな溜息。何か嫌なことでもあったのかなぁ?」
モナが俺の顔を覗き込む。分かっててやってる。確信犯だ。
「魔力も使えるようになったんでしょう? 良かったじゃない? そんな不景気な顔してないで笑いなさいよ」
「……お前は知っていたのか?」
「何を?」
「俺に魔力が眠っていることを!」
無性に腹立たしかった。悪魔に怒りをぶつけても相手を喜ばせるだけだって分かっているんだが、どうしても止められない。
「勿論よ。すぐに分かったわ。強い魔力が備わっているのにそれに気がつかない騎士なんて……すっごく面白そうじゃない? だから、ここぞ、という時に魔力を解放しようと思っていたんだけどなぁ……」
「ここぞ、という時って……?」
残念そうな悪魔に嫌な予感しかしない。
「魔力がいきなり解放されたら、普通はコントロールの仕方が分からず混乱するの。ルキウスが感情的になっているところでいきなり魔力を解放したら周囲の人間を巻きこんで傷つける可能性が高いわ。例えば……聖女が近くにいる時に、そんな魔力の爆発が起こったら……? んふふ。聖女が巻きこまれて死ぬなんてことになったら……? 絶望と悔恨にまみれたお前の魂がどうなるのか? ああ、さぞかし美味な魂になったであろうに……」
これが悪魔の本性か! ニヤニヤ嗤う悪魔に腹の底から怒りが湧いてきてその胸倉を掴んで締めあげた。
「ふふ……。お前の魂は渇望が強すぎる。聖女への渇望だ……。皮肉なものだな。それほど欲しているのに、お前の行動はそれを遠ざける選択をしてばかりだ」
くっ、俺は……俺は……! 悔しいが何も言い返せない。
「ああ、面白い。お前の魂を手に入れる時には、さぞかし面白い味になっていることだろうよ」
モナは完全に悪魔の口調に戻っていた。
その時、会議が終わったのだろう。部屋の扉が開いて皆がゾロゾロと出てきた。
ユリアは軽く会釈して通り過ぎていく。俺をまったく見ようとしない彼女の後ろ姿に胸がチクリと痛んだ。
俺も彼女を見られないから、おあいこなんだが……。
ラザルスと母さんが嬉しそうにユリアと話をしている。彼女が動く度に柔らかい金色の髪の毛が弾む……。その髪に触れた時の喜びと感触を思い出すと胸が切なくうずいた。
ぼーっとユリアを想っていると、ユリウスがポンっと俺の肩を叩いた。
「……兄さん」
「大丈夫か?」
「正直…あまり…大丈夫とは言えないかも」
「俺は、ユリアに真実を告げた方がいいと思うぞ。……まあ、お前が決めることだけどな」
俺は黙って頷いた。
ユリウスの言っていることも良く分かる。
しかし……
ユリアに本当のことを言ってどうなる?
『君が好きだ。でも、俺は悪魔に憑りつかれているから君を幸せにはできない。一緒にいると危険だ。だから離れていたほうがいい』
なんのこっちゃ?って誰でも思うだろう。
それに彼女が罪悪感や責任を感じるかもしれない。それは絶対に嫌だ。
……仕方ないんだ、と自分に言いきかせる。
ユリウスは心配そうに俺を見ていたが、諦めたように肩を竦めた。
その後、俺はトラキア騎士団の訓練に参加するようになった。できるだけモナから離れていたかったし、いつ女王が攻めてきてもいいように鍛錬しておきたかった。
他の皆もそれぞれ忙しそうに動き回っているが、特にユリアは辺境伯の特別顧問になったとかで、やたらと奴に呼びだされているようだ。
自分には関係ないのに考えるだけで苛々がつのる。
辺境伯のことはよく知らないが、なんで奴はいつもユリアと二人きりで話をしたがるんだ。
容姿に優れ、頭も良さそうだ。俺たちにも使用人にも礼儀正しく接するので、城内での人気は非常に高い。きっと人柄も良いのだろう……。
もう三十代なのに独身なのは理想が高いからともっぱらの噂で、最近は「ようやく理想の花嫁に出会えたんじゃない?」「美男美女でお似合い!」なんていう声が聞こえてくる。俺は怒りで頭がおかしくなりそうだった。
怒り…? いや、嫉妬だ…。分かってるんだ。例え相手がユリウスだったとしても、俺は激しい嫉妬に苦しめられていただろう。
彼女が他の男に笑いかけるだけで嫉妬で狂いそうになる。
相手の男を殺してしまいかねないくらいの激情が自分の中にあることに気がついて、恐ろしくなった。
……だからユリアが他の男と結ばれたら、彼女を祝福した後、俺は姿を消すつもりでいる。
でも、こんなに早いなんて予想していなかった。
奴がユリアに気があるのは間違いないと思う。
彼女は辺境伯のことをどう思っているのだろうか?
***
その日も朝食の場で奴はユリアのところに近づいてきた。
「ユリア、今日も打ち合わせをしたいんだ。明日には教会関係者を集めて君の施策を実行に移そうと思う」
「本当ですか! ありがとうございます」
ユリアの顔が喜びで輝いた。近くの人間はあまりの愛らしさに「うっ」と胸を押さえた。俺も例外ではない。
「また君の話を聞きたい。こんなに話していて楽しいと思った女性はいなかったよ」
辺境伯の笑顔は爽やかだ。くそっ。ユリアが嬉しそうに笑うのも辛い。
俺は内心『こんな朝から口説き文句かよ!』と毒づいた。
「私もティベリオとお話しできて楽しいですわ」
ユリアの返事に愕然として膝から崩れ落ちそうになった。
ティベリオ…だと……呼び捨て?
いつからそんなに親しくなった?
俺の知らない間に何があったんだ!?
その日、中庭の東屋で二人がお茶をしている間の警護担当を希望した。
警護の騎士は必ずついているが、仲睦まじく話す二人の会話は聞こえない距離だ。
自ら希望したとはいえ二人の姿を眺めるのは辛い。でも気になる。いつの間にあんなに仲良くなったんだ。
ユリアが嬉しそうに笑い声をあげた。彼女が心を許している仕草を見せる時があり、絶望に体が震えた。最近ようやく使い方が分かるようになった魔力が体の中で暴れている。
押さえろ、わきまえろ、と命じるが、魔力の流れは止まらない。
ふと自分の手を見ると何か黒い靄のようなものが指先から零れた。
……なんだこれ?!
そう思った瞬間に消えてしまったので、目の錯覚……だったのだろう。
奴とユリアの笑い声が聞こえて、俺は耳を塞ぎたくなった。