円卓会議
会議では中央にティベリオ・トラキア辺境伯が座り、右側にファビウス公爵、左側に知らない中年男性が座っている。聖職者のローブを着ているので、教会の人だろうか?
その中年男性の隣にガタイの良い騎士が座っている。服装から予想すると騎士団の代表、騎士団長かな?
アルバーノさんは扉の脇に立っていて、私と目が合うととてもチャーミングなウインクをしてくれた。相変わらずだな。
アガタやモニカさんにも席を用意してくれている。私はユリウスとラザルスに挟まれて座り、ユリウスの隣にエミリア、ラザルスの隣にルークが座っている。
ルークは旅の間もほとんど私に近づかなかったし、目を合わせることすらしなかった。
今も不機嫌そうに腕を組んだまま、私とは逆の方向を睨んでいる。
もう仲直りはできないかな……。
ルークも私が好きだって言ってくれたのに? あれは一体何だったんだろう?
辺境伯が話し始めたので、意識を無理矢理会議の内容に集中させた。
彼のことは考えても仕方がない。時間が気持ちを癒してくれるのを待つだけだ。
「こちらはリベルト・グリマルディ枢機卿でいらっしゃいます。教会の代表としてお越しくださいました。その隣はマルティーノ・サヴォイア、トラキア騎士団の団長です」
他のみんなに合わせて頭を下げる。
枢機卿はキラキラした眼差しで私を見つめていて、ちょっと居心地が悪い。
うーん、王宮にいる間、私は教会とはまったく無縁だった……。助けてもらえそうな気配もなかったなぁ。監禁されて外部との連絡を遮断されていたから仕方がなかったのだろうだけど。
私の心を見透かしたように枢機卿は立ちあがって近づいてきた。
「聖女ユリア様。聖女様が酷い状況におかれていると把握できず大変申し訳ありませんでした。口惜しい限りです。王太子の婚約者と伺っていたので幸せなのだと勘違いしておりました。……情けない話でございます」
枢機卿のような偉い方に頭を下げられ私は慌てた。枢機卿って確か前世のローマ教皇みたいな存在だったはずだ。
「ああ、あの、そんなに気になさらないでください。女王は私が外部の人間と接触しないように情報を厳しく統制していましたし、一応王太子の婚約者でしたから、あんな生活を送っていると想像できないのは当然ですし……」
「……いえ、もっと関心を払うべきだったと後悔しています。エミリアとラザルスが王都の詳しい情報を辺境伯に伝えてくれたおかげで、教会も聖女様のご様子を把握することができました。しかし、その頃には民衆の生活が苦しくなり、教会はどうしても民衆の救済に注意を向けねばならず……。十分なお手伝いができなかったことを心よりお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした!」
物凄い勢いで頭を下げたので頭がガンっと円卓にぶつかった。い、痛そうだ……。
「……だ、大丈夫ですか?」
「いえ、なんのこれしき! 聖女様が受けた苦しみを思えば」
赤くなった額を笑いながら撫でている。
うん……多分……悪い人じゃない。
「えーと、そんな、あの、気にしないでください。教会が民衆を救ってくださることは素晴らしいことです」
私が言うと枢機卿は前のめりになって、唾を飛ばしながら話を続けた。
「し、しかし! ご安心ください。聖女様! これから教会は公式に女王への非難を表明いたします。教会が非難するということは民衆蜂起につながります。そして、民衆が正当な理由で蜂起した場合、国軍や騎士団は民衆を攻撃してはならない、というのが前国王の遺言なのでございます! 教会の非難も正当な理由として認められます。民衆が蜂起すれば、あの女王を王座から追放することができるでしょう!」
ん?! 今なんて言った? 物騒なことが含まれていたような気がするんだけど……。
えーっと、教会が公式に女王を非難すると民衆が蜂起する。戦い……反乱……クーデタ? いずれにしても物騒極まりないし、旱魃や洪水の危機がある中そんなことをしている暇はない!
私は言葉を選びながら枢機卿に語りかけた。
「枢機卿閣下。閣下のお気持ちは大変有難く頂戴いたします。ただ、私は人々の生活のほうが心配です。閣下も仰っていたように旱魃が続き、人々の生活は逼迫しています。次の自然災害もあるかもしれません。まず民の生活を安定させることが重要ではないでしょうか? 民衆蜂起なんて……民の生活がますます苦しくなるような気がしてなりません」
私の言葉を聞いて枢機卿の目からぼたぼたと涙が零れ落ちた。
「聖女様……何という民衆への深いいたわりと愛情……」
「あ、それから名前で呼んでください。『様』も必要ありません」
「え、あ、その……では、ユリア……様、いや、ユリア嬢。女王はあのまま放置してもいいと?」
「いいえ、いずれ女王と戦う時は来るかもしれません。しかし、その前に人々の生活を安定させるほうが優先です。何よりもまず食糧が人々に行き渡るようにしないと……」
「そのための策はおありですかな? ユリア嬢」
黙って話を聞いていた辺境伯が真っ直ぐに私を見据えて質問する。
厳しい顔つきにゴクリと唾をのみこんだ。この人は話して分かる人だろうか?
「ティベリオ様、先日お伝えしたように……」
隣にいるユリウスが言いかけるのを辺境伯は目で制した。
「私はユリア嬢に聞いている」
私は試されているんだ。
クライアントにプレゼンする時はとにかく自信を持って行わないといけない。でないとクライアントを不安にさせてしまう、と先輩から言われたことを思い出した。
「策はございます。また、旱魃の後に新たな自然災害の脅威があるという情報も得ています。それに対する策もございます!」
できるだけ堂々と言い切った。もちろん、心の中ではドキドキして膝が震えて泣きそうだったけれども。
辺境伯の表情が崩れニコリと笑顔になった。
「……ありがとう。実はユリウスから逐一貴女の活躍の報告は受けていたのですよ。今後私の顧問として政策立案に協力して頂けますか?」
私は大きく息を吐いた。やった。少なくとも話はちゃんと聞いてもらえそうだ!
「はい。喜んで!」
「ユリア嬢は理に適っている。まず民衆の生活を安定させることが最優先だ。ただ、女王は待ってくれないだろう。女王の軍……恐らく魔物を中心とした軍だと思うが……彼らが攻めてきた時に、どのように防衛するかを考えなくてはならない」
「あっら~ん、そんなの考える必要ないわよ~。最終兵器ルキウスがいるんだから。ふふふ」
ぽんっという音と共に、突然部屋に現れたのはモナさんだった。
気づいたらルークの膝の上に座っている。
ずっと姿を見なかったのに……。その場の全員が呆気に取られて彼女を凝視していた。
モナさんは楽しそうにルークの首に腕を絡ませる。
見ているのが辛くて横を向いて小さく溜息をついてしまった。
ユリウスが心配そうに私の顔を覗き込んでそっと手を握ってくれる。
『大丈夫か?』
口パクで伝えてくれる。
……ありがとう。大丈夫。
目で返事をした。
辺境伯は不機嫌さを隠すことなく詰問した。
「君は誰だ? この部屋では魔法は使えないはずだが……。どうやって侵入した?」
既に警備兵がモナさんを取り囲んで、剣を構えている。
どうしよう……モナさんは不審者じゃないって説明しないと、とハラハラしているとユリウスが立ちあがった。
「大変申し訳ありません。彼女はモナといいます。以前ルキウスの婚約者であると手紙でご報告させて頂きました」
ポカンとしていたエミリアとラザルスは、それを聞くと「ああ」と納得していて既に婚約のことを知っているんだなと私の胸はグサグサと傷ついた。もう家族公認の仲だったんだ。当たり前だよね。だって婚約してるんだもん。……バカだな私。
辺境伯は目をパチパチさせていたが納得したように頷いた。
「なるほど。予想以上の魔力があるということか。ただ、彼女にはこの会議の内容を聞いてほしくない。退出を……」
言葉の途中でルークは黙って立ちあがり、モナさんを引っ張って二人で部屋から出ていこうとする。
ルークは最悪に不機嫌な顔をしている。眉間の皺には500円玉も挟めそうだ。会議を邪魔されたのに腹を立てているのかしら?
扉から出ていく直前にモナさんが私たちを振り返った。
「あ、そうそう。ルキウスの魔力も目覚めましたわ。最強の戦士としてお父さまのマリウス将軍も超えるわよ~~。うふふ」
「父さんを超える!?」
ユリウスが叫んだ。
しかし、ルークは振り向かずに扉から出ていった。
バタンと扉が閉じた後、私たちはしばらく無言でお互いの顔を見つめ合っていた。
毒気を抜かれた、というのが一番ピッタリくる……。
うん、モナさん、相変わらずマイペースだ。不思議と憎めないのよね。そりゃ勿論、嫉妬……とかはあるけどさ。
「マルティーノ、お前は王都でルキウスに会ったことがあると言っていたな。彼の腕はそんなに立つのか?」
辺境伯がサヴォイア騎士団長に尋ねると彼は大きく頷いた。
「剣技であれば当代一でしょう。私も敵わないでしょうな。……ましてや、魔力が目覚めたのであれば……。それがもし本当であれば、まさに一騎当千でしょう」
私は我慢できなくて声をあげてしまった。
「あ、あの。ルキウスの魔力が目覚めたというのは本当です。精霊王様がそう仰っていました」
精霊王との会話を説明し、一連隊相手にしても余裕で勝てるくらいの力になると言われたことを伝えると、円卓の面々の顔が明るくなった。
「それは明るい知らせだな」
辺境伯も安堵したように笑顔を見せた後、会議が再開された。