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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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トラキア辺境伯城

辺境伯の城は、まさに巨大な戦闘要塞と呼ぶべき迫力だった。


この城を落とすのは大変だろう。


前世で鉄壁の最強要塞と呼ばれていたエルヴァスを思い出す。ポルトガルにあった国境防衛都市でナポレオン軍も撃退したそうだ。


勇壮な要塞の上で悠々と風にはためく国旗には正しく盾の絵が描かれていて、上下逆さまなどにはなっていない。


そうよね~。これが正しい旗の向きだよね。ホッとするわ。


城の周囲にも川が通っているが、そこにあるべき水はほとんどない。


底の方に泥水のような澱んだ水が溜まっているくらいだ。


『やっぱり……』と溜息が出た。


*****


トラキア領の首都であるガリアに着くまでに幾つかの町を通り過ぎたが、どこも水不足に苦しんでいるようだった。


途中干上がった川を通り過ぎたので、馬車から降りて調べてみた。


川の底の土は多少湿ってはいるものの、既に普通の地面とほとんど変わりない状態になっている。


さらに恐ろしいことに、調べている間に数匹のバッタを見つけてしまった。


前世で多くの蝗害や食糧危機を引き起こしたサバクトビバッタに似ている。


サバクトビバッタは、前世でもその生態は完全には解明できていなかった……はず。


確か、専門家の中でも意見が分かれていた。


でも、旱魃で干上がった川底にサバクトビバッタが多く産卵して、異常な数のバッタが発生したという報告書を読んだ記憶がある。


産卵場所が草地だと言う文献もあったが、国際農林水産〇研という信頼のおける機関が発行した学術誌には産卵場所として、植物が生えていない裸地が好まれると書いてあった。


卵が孵るには湿気が不可欠なので、川底のまだ湿気を含んでいる土壌はサバクトビバッタにとっては理想的な産卵場所だと結論づけていた、と思う。


試しに干上がった川底の土を掘り返してみると……。


ああ、嫌な予感が当たった。卵らしきものが大量に産みつけられている。


前世では蝗害の対処法としてまず殺虫剤を使っていた。この世界では強い殺虫剤なんて存在するか分からないし、土が汚染されるから出来たら使いたくない。


ただ、サバクトビバッタは寒さに弱かったと記憶している。


えーっと、何℃だったっけ? 卵が死ぬ温度があったはず。思い出せ……思い出せ……


脳みそから記憶をひねり出す。


“卵は10℃以下を2週間経験するとほぼ死滅し、成虫は20℃以下では性成熟せず、繁殖できないことが知られている。”


おお! 奇跡的に思い出した。


卵は10℃以下を2週間経験するとほぼ死滅。なるほど。でも、一気に凍らせたらそれでも死ぬような気がする。


どうかな……と半信半疑で川底に手をついて、思いっきり氷魔法をかけた。周囲の川底が一気に凍りついて、他のみんながびっくりしていたっけ。


*****


そんなことを思い出しボーっとしていたら、アガタに「ユリア様。到着しましたよ!」と耳打ちされて、ハッと我に返った。


公爵、モニカさんの後に続いて馬車を降りると、背の高い正統派王子様的美男子と正統派お姫様的美女が迎えてくれた。


すらりと背の高い男性は輝く金髪に涼しげな碧い瞳。まさに眉目秀麗。ほぉっと感嘆の目で見てしまう。前世のハリウッドスターみたいだな。二十代後半か……三十代前半だろうか?


私の背後のアガタも彼に見惚れて溜息をつくのが聞こえた。


彼の隣にはやはり金髪碧眼の美しいお姫様的美女が微笑みながら立っている。王子様的美男子と顔立ちが似ているので、もしかしたら兄妹なのかもしれない。


華やかな雰囲気でいかにもお姫様という感じ。すてきだなぁ、と見惚れてしまう。


爽やかな笑顔で私たちを迎えてくれたのは、ティベリオ・トラキア辺境伯とその妹のディアナ辺境伯令嬢だった。


辺境伯は気さくな人柄らしく軽口を叩きながら、ファビウス公爵と固く握手を交わしている。


婚約者と紹介されて、モニカが真っ赤になって挨拶をしている。可愛いなぁ……。


「こちらが聖女ユリア殿です」


次に公爵は私を紹介してくれた。


カーティシーを取りつつ礼儀正しく挨拶する。


儀礼関係の本も読んだからね! この世界の貴族の流儀もバッチリよ!


ニッコリと微笑んでくれる辺境伯と妹さんはとても優しそうだ。侍女のアガタにもきちんと挨拶をする二人に好感を持った。


それにしてもルキウスとユリウスはどこだろう?


馬で馬車と並走していたはずなんだけど……とキョロキョロしていると、傍に立っていたアルバーノさんが「二人は大丈夫だ。既に中で待っていると思うよ」と耳打ちしてくれた。


「アルバーノ」


辺境伯が声を掛けると、アルバーノさんはいつものふざけた感じではなくて、真面目な顔で「はっ」と跪く。


「……大切な客人を無事にお連れしてくれてありがとう。やはりお前が一番信頼できるな」


辺境伯の言葉を、アルバーノさんは顔を赤らめて「恐れ多いお言葉でございます」と受け取った。


「そんなに畏まらないでくれ。お前は侍従というより信頼できる幼馴染だからな。誰よりも信用している」


微笑む辺境伯の表情には愛情が溢れている。アルバーノさんも顔を赤くして嬉しそうだ。


仲いいんだなぁ。素敵な主従関係だ。


その後、城に案内され小さな部屋に入るよう促された。


中に入ると、そこにはエミリア母さんとラザルスが立っていた。


ユリウスとルキウスも笑顔で立っている。


秒で涙が溢れだした。


「エミリア……お母さん……会いたかった」


私は夢中で母さんの腕の中に飛びこんだ。涙が後から後から流れて止まらない。


「……ユリア。私もずっと……ずっと……会いたかった。心配していたのよ」


エミリアも泣きながら私を抱きしめてくれる。


「ラザルスもユリアに会いたがっていたわ」


エミリアが私を離すと、今度はラザルスがギュッと抱きしめてくれた。


「ユリア……ずっと会いたかったよ」


ラザルスにももう少年の面影はない。サラサラの茶色の長髪を後ろで一つに束ねる精悍な横顔はすっかり青年のもので、背も私より頭一つ高くなっていた。


「私も会いたかった! すっかりカッコよくなって! 美男三兄弟だね!」


私が大きな声をだすと、ラザルスは噴きだした。


「なんだそれ! ユリアこそ……すごく綺麗になった。昔から可愛かったけど」


そう言いながら私の頬を優しく撫でる。


そこへファビウス公爵たちが入ってきた。


「家族水入らずのところを申し訳ない。非常時のため、今すぐ会議を始めたいのだが……。よろしいだろうか? 聖女殿にも参加してもらいたい」


私は慌てて涙を拭いた。


よく見るとこの部屋には大きな円卓があり、会議ができるような準備が為されていた。


しっかりしなくちゃ。


これから戦いの本番だ! 私は自分に気合を入れた。



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