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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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加護

しばらくして池に水が溜まると、雨が少しずつ止んだ。


池の周囲を歩き回って水質の確認をする。pH検査できたらいいのにな。でも、匂いも無くなったし、油も浮いていない。透明度も比較的高いから太陽光も根まで届くだろう。


ココとピパがまた「元気になぁれ!」というおまじないをかけている。その姿が愛らしい。


精霊王が二人に「その魔法はなんだ?」と尋ねた。


花の世話をする時にかけるおまじないで植物が生き生きとするんだ、という説明を聞き、精霊王が私に近づいてきた。


「今、お前の魔法を解放した。この森の中でも魔法が使えるようになったはずだ。その……例の『元気になれ』とかいう魔法を睡蓮にかけてくれないか? ……頼む」


最後の一言はとっても小さな声になり、精霊王は俯いている。しょんぼりした美形の姿は何とも母性本能をくすぐるものだ。


正直、ココとピパの花を育てていた家は魔法が使えなかった。だから「元気になれ」というのは単なる気休めに過ぎなかったのだけど……。


今は魔法が使えるから、もっと効果があるかもしれない。そう信じよう。


私は精霊王に微笑みかけた。


「分かりました。やってみますね」


全身の魔力を手に集中させる。


心の中で先程の美しい青い髪の女性を思い浮かべる。そして、可哀想な蓮の根たちも。


彼らが元気になりますように。どうか、健やかに成長しますように。願いを込めて魔力を池に送りこんだ。


すると池全体が青白い光を放った。みるみるうちに土の中から蓮の茎が伸びてくる。その茎から多くの葉が開き出した。


……はぁ、と私は息を吐いて、魔力を止めた。


今はこれが限界かな。まさかいきなり花を咲かせるのは無理だ。


でも、茎や葉は瑞々しくてとても生き生きとしている……ような気がする。


その時「スイレン!」と叫ぶ精霊王の声がした。振り返ると地面に美しい青い髪の女性が横たわっていた。精霊王が覆いかぶさるように縋りついて泣いている。


精霊王に近づくと涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔を私に向けた。


「ありがとう……。ありが……とう……」

「奥方様は……ご無事ですか?」


恐る恐る尋ねる。


「大丈夫だ。確かに生きている。……睡蓮の花が咲くころには目を覚ますだろう」


精霊王は多くの若い葉で覆われた池に目を向けた。


彼は奥方様を抱きあげて、柔らかそうな草の上にそっと横たえる。妻を見つめる眼差しは愛情に満ちていた。


精霊王は目の前に跪いて私の手を取った。


「聖女ユリア、感謝の気持ちは言葉では言い尽くせない。何か助けが必要な時は知らせて欲しい。貴女のためであれば、何なりと協力しよう」


そう言いながら、私の手の甲にそっと唇を近づける。


……ち、近づけただけで実際に手にキスされたわけじゃないのに、顔がカァーっと赤くなる。


イケメンは……仕草もイケメンなんだ……。


ココとピパが近くをパタパタ羽ばたきながら何か叫んでいる。


「ユリア! ほら! 加護をお願いしなよ!」


あ、そっか。この面会の目的をすっかり忘れていた!


「……加護? 私の加護が欲しいのか?」


私はこくりと頷いて頭を下げた。


「私に精霊王様のご加護を頂けないでしょうか?」


精霊王は「そんな容易いこと」と言いながら、私の額にキスをする。


ルークが隣で目を剥いた。


何だか体の中に温かい力が流れこんできたような気がする。体がぽかぽかしてきた。


これが……加護なのかな? 


訪問の目的を達成した喜びと安堵感に、ほっと息が漏れた。


「あ、精霊王様、もし、精霊王様のお怒りのせいでトラキア(辺境伯領)に雨が降らないのだとしたら……。どうか、雨を降らせて頂けないでしょうか?」


ダメ元でもう一つお願いをしてみる。


精霊王は顔を顰めた。


「娘よ。お前のために助力するのは吝かではない。しかし、私はまだ人間を信用することはできん。それにこの旱魃は私が引き起こしたものではない」


「分かりました。ただ……あの、スイレン様を害した人間たちは辺境伯領の人間ではないと思います。水には油まで混じっていました。たまたま油が入るなんて考えにくいです。計画的に精霊王様の奥方様を害そうとしたのです。悪事を働く人間がわざわざ自分がどこから来たのか真実を告げるはずがありません」


精霊王の目が鋭く光った。


「……ほう。この精霊王に喧嘩を売りに来たというわけか……。そいつらはどこのどいつだ? 聖女には考えがあるのであろう? 誰だ?」


「……い、いえ。私にも確信はありません。ただ、辺境伯と精霊王様に協力して欲しくない、という勢力が存在するのではないかと思うのです。ですから、辺境伯と対立されるのはその勢力を喜ばせるだけかと……」


「なるほどな……。人間とは相変わらず愚かな勢力争いが好きと見える」


「……その、ですから、精霊王様には辺境伯領を助けて頂けないかと……」


懲りずにもう一度押してみる。怒られるかな……と内心ビクビクしながら。


「私は聖女ユリアの味方になろう。だが、辺境伯の味方をするかどうかは全く別の話だ」


精霊王はきっぱりと言い切った。そして、真剣な顔で話を続ける。


「それから聖女にも伝えておく。何故か精霊王の力や加護が大袈裟に巷間に伝わっているようだ。私は天候を思うように操れるわけではない。精霊王は万能ではない。天候を左右できると言っても、極地的なもの。限られた場所に限られた時間、多少の雨を降らせたりする程度だ。ほんの短時間しか持たない。自然という偉大な作用を自由に動かせるはずがないだろう?」


彼の言葉に私は首肯せざるを得ない。確かにその通りだ。


「天候をつかさどる神は天の龍。先程顕現した龍神だ。天の龍神が天空のことわりを司り、地の龍神が大地の水脈を司る。旱魃も龍神の意思が反映されている。私にできるのは龍神に頼んで多少の雨を降らせてもらうことくらい。我らは盟友だからな」


精霊王の顔を見上げながら、私は頷いた。


「人間は自然の動きに合わせて生活する謙虚さを身につけるべきだ。自然を変えようなどという傲慢な態度が自然を怒らせるのだと悟るがいい」


これにも全く反論する余地はない。その通りだもの。前世で農業土木を勉強すればするほど、自然の大きな力をコントロールするなんて不可能だと感じていた。


私は精霊王に深くお辞儀をした。


「分かりました。仰る通りです。本当にありがとうございます」


精霊王は満足そうに頷いた。そして、ふと私の隣で強い殺気を放ち続けているルークに目を向ける。


「そこの男。ルキウスと言ったか。……ずっと気になっていたんだが……お前は自分の中に魔力が眠っていることに気づいているか?」


ルークの目がまん丸に見開かれた。


「ま、魔力?! ですか?」


「ああ、眠っている……ようだな。魔力があるのに自覚がない。だから、使い方が分からないだけだ。魔力が封印されているわけではない」


ルークは衝撃のあまり、殺気を放出するのを忘れてしまったらしい。本気で驚いている。


「それは……俺にも魔法が使えるようになる、ということですか?」


精霊王は頷いた。


「ああ、かなり強い戦闘魔法だな。お前は戦士だろう? 単独で一連隊相手にしても余裕で勝てるくらいの力になるだろうな。魔力の在処を自覚させてやろうか?」


ルークの目がキラキラと輝いた。


「是非! 是非お願いします!」


精霊王がルークの頭に手を当てた。


精霊王はすごく背が高いけど、ルークも同じくらいの背格好になっている。もう二十歳くらいだもんね。完全に大人の男の人だ。あの可愛い男の子がこんなに立派になって……。感慨深いわ。


親戚のおばちゃんのようなことを考えていると、突然ルークの体が光り出した。


そして、ビリビリする静電気のようなものを肌に感じる。何か物凄い強力な力がルークから溢れ出しているのが分かった。


精霊王が手を離すと、ルークはガクガクとその場に座り込んでしまった。


「ルーク、大丈夫?」


彼を支えようとすると「大丈夫だ」と手で止められた。


しばらくぜいぜいと大きく肩で息をしていたルークは、呼吸を整えるとスクっと立ち上がり、精霊王に向かって大きくお辞儀をしながら御礼を言った。


「ありがとうございます! 今、自分でも魔力が体内を回っているのを感じます」

「ああ、それを自在に操れるようになるまで多少時間はかかるだろうが、お前なら大丈夫だ」


精霊王が微笑んだ。完璧なイケメンの完璧なスマイル! 拝みたくなるレベルの微笑みに見惚れつつ、再度御礼を言って私とルークは帰途に着いた。


「お前たちはもう魔法が使えるんだから、わざわざ歩かなくても転移魔法ですぐに戻れるぞ」


しかし、それを聞いたルークがあからさまにがっかりした顔をしたのよね。


ピパが「ルキウスはね、もう少し二人きりでいたいのよ」と耳打ちする。


私は頬を赤らめながら「ちょっと散歩したい気分なんです」と言いつつ、精霊王に別れを告げたのだった。


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