今後の計画
この世界に人間が住む大陸は一つしかない。
ダキア大陸と呼ばれる今私たちがいる大陸だ。
他の大陸には魔物が跋扈しており、人間が住める環境ではないらしい。
ザカリアス王国はダキア大陸の南側に位置している。
王都は国の南東側にあり、私たちが目指す辺境伯の領地は国の最北端だ。北方の隣国、ムア帝国の侵略から国を守るための最前線となる。
ムア帝国は強大な軍事国家で機動力があり、常にザカリアス王国の侵略を目論んでいる。辺境伯は国軍と協力し、何度も侵略の危機を乗り越えてきた。
しかし、最近は領内で作物の不作が続き、国からの支援も得られず、国民や兵も飢えはじめていると伝えられている。国を守るために戦っている兵士がお腹を空かせているって……酷い話だ。王都では女王たちがあんなに豪奢な生活を送っているのに。
現在の地点から精霊王の森まで馬で二~三週間ほど。森から辺境伯の城までは約三日というところか。途中人目を避けるために町を避け、森や草原を突っ切って精霊王の森を目指す計画だという。
ファビウス公爵によると、この周辺一帯は彼の領地なのだそうだ。
近くの町でいざと言う時のために馬を準備してもらっているとのこと。女王の人気はここでも低く、捜索がきたとしても秘密は守ってくれると公爵は太鼓判を押した。
「まぁ、ね。我々が辺境伯領を目指すというのは恐らくバレバレだろうが」
公爵はポリポリと鼻の頭を掻きながら呟いた。
「あの……馬は何頭用意されているんですか?」
「全部で四頭だな。馬は貴重だから、それ以上は手配できなかった」
その返事に私は不安を覚えた。
「私たちは全部で七人います。四頭のうち三頭は大人二人を運ぶわけですよね? 二週間以上、毎日走らせるのは……馬の負担が大きすぎるんじゃないでしょうか?」
恐る恐る進言してみる。
「確かにな……。馬の負担が大きいのは不安だ。しかし、ゆっくりとはしていられない。何か良い案はありますか?」
「川を使えませんか?」
思わず口をついて出てしまった。
前世で代案を出すと「出しゃばりな」と叱られたのを思い出して、少し肩をすくめてしまう。
「川……か」
しかし、公爵は思案げに顎を撫でている。
苛立っているようではなかったので、思い切って詳しく説明することにした。
「ポー川に繋がるテベレという小さな川がこの近くにあります。ポー川は少し曲がりくねっていますが、ちょうど精霊王の森の近くを通っていますから、そこまで船を使うのはどうでしょうか? 馬の負担も最小限にできますし、風向きによっては馬よりも早く到着できるかもしれません」
しかし、そこで一番の問題に気がついた。
「勿論、四頭の馬と七人の人間を載せられる大きな船を調達できなければ無理な計画ですけど……」
小さな声で付け加えると、顎を撫でていた公爵がにっこりと笑った。
「馬は別なところでもその気になれば調達できる。一旦、馬は忘れよう。取りあえず七人乗せられる船は多分調達できる……と思う。ポー川に繋がる川がこの近くにあるとは知らなかった。それは確かなのかい?」
「一度繋がってまた支流に分かれるので、川の名前が違うのです。だから、気づきにくいとも言えます。精霊王の森に行くのはポー川だと皆知っていますが、ポー川とテベレ川が合流する箇所があるというのはあまり知られていないのかもしれません」
この世界で正確な地図を見たことがある人間は少ないのかもしれない。この大陸の地図をあれほど熱心に眺めた暇人も私くらいだろう……はは。
「ユリアの言う通りです。俺も見逃していましたが、アルノの辺りでわずかな距離ですが合流するポイントがありました。そこからポー川に入れます。適当な船が調達できれば良い考えだと思います。女王側の人間で、そこまで国の地理に詳しい人間がいるとも思えません。日常的に船を使う商会なら知っているかもしれませんが……」
考えこんでいたユリウスも私の意見を支持してくれた。
「そうだな。川を使って商品を輸送する商会は多い。荷を運ぶ輸送船を装えば目立たずにすむな。公爵家と付き合いの長い信用できる商会があるので船の調達が可能か尋ねてみよう」
公爵も乗り気になってくれた。
「あの……あと……人間が精霊王に会ってもらうには特別な儀式が必要です。儀式に必要な祭壇などもできたら船に積みたいのですが……。後で何が必要かお伝えしますので、お願いできませんでしょうか? 正しい手順を踏まないと、精霊王は恐らく会ってもくださらないと思います」
ファビウス公爵は驚いたように私を見つめた。
「ユリア嬢、貴方は……その知識はどこで得られたのですか?」
「閉じ込められていた時に本を読むくらいしかできなかったので、全て本で学んだ知識です……」
「さすが聖女になられるだけのことはある。これからも知恵を拝借したい」
公爵に頭を下げられ、いたたまれない気持ちになったが、前世のように何かを提案しても叱られないのはホッとする。
ユリウスとルークは誇らしげに私を見ていて、二人の視線を感じるだけで頬が熱くなった。