合流
*ユリア視点です
森の中で火の番をしながらルークと話した後、いつの間にかウトウトと眠ってしまったらしい。気がついたらアガタの隣で眠っていた。
私の上には騎士団の制服の上着が掛けられている。
ルークのだ………と思ったら頬が熱くなった。眠ってしまった私を運んでくれたのだろう。
彼の優しさは罪だわぁ。もう本当に勘違いしそうになる。
大きく息を吐いて立ち上がり背伸びをする。ルークが少し離れたところで森の外の様子を伺っているのが見えた。
追っ手、例えば空飛ぶ魔物がいないかどうか確認しているのかもしれない。
その時にポンっと軽快な音がして、モナさん、ユリウス、年上の美形男性と若くて可愛らしい女性がその場に突然現れた。
「ダーリン~。私のこと待っててくれた~?」
ルークに抱きつくモナさんからさりげなく視線を外す。
ユリウスが駆け寄ってきて私をギュッと抱きしめた。
「ユリア、良かった。無事だったか……」
感極まった声で抱きしめられると私も涙がこみあげてくる。
ギュッとユリウスに抱きついて再び号泣した。子供時代を思い出して、つい安心してしまったんだ。
そんな私をルークがどんな目で見ているかなんて気がつかなかった。
「あら~、ルキウス。どうしたの? そんな怖い顔をして? 私に会えなくて寂しかった? うふふ。あの意地悪女王は半狂乱でねぇ。城内は大変な騒ぎだったわ~ん。面白かったわよ~」
ユリウスと一緒に現れた男性と女性は神妙な面持ちで、私に向かって跪いた。
「聖女殿、ご無事で良かった。私はローラン・ファビウスと申します。聖女殿にお目見えできることを心から光栄に思っております」
美形が深くお辞儀をする。
……えっと、貴族年鑑は読んだから高位貴族は大体覚えている。ファビウスって確か公爵だったはず。うわぁぁ、エライ人だわ。
「聖女様、私はモニカ・サルトと申します。騎士団長を務めますルカ・サルトの妹でございます。御目文字叶いまして、誠に光栄に存じます」
傍にいた女性も美しいカーテシーを見せてくれた。騎士団長の妹さん!
私はアワアワとするしかなかった。
「……あ、あの……私は皆さんにそのように跪いて頂けるような立場にはありません。普通の庶民ですから……どうか頭を上げて下さい」
「はて? 聖女殿はキアラ・ザカリアス王女の生まれ変わりではないのですか?」
公爵から怪訝そうに言われて私は焦った。
えっ!? そんな風にここの世界でも伝わっているの!?
や、やばい。間違った期待を与えたら後でとんでもないことになる。
……がっかりされるだろうけど正直に言わないと。
「あの……私は王女の生まれ変わりではありません」
思い切って言うとファビウス公爵はギョッとして後ずさった。
「え……? どういうことですか? 王女が聖女に生まれ変わるという情報を諜報から得ていたのですが……。もしかして覚えていらっしゃらないだけでは?」
「私には前世の記憶があります。確実に王女ではありませんでした」
お爺さんのことは言わない方がいいだろう。事態が混乱しそうだ。
ファビウス公爵は愕然として地面に膝をついた。
「……なんてことだ。王女の生まれ変わりだからこそ反乱の求心力としての力を期待していたのに……。それに……それに精霊王の加護も受けられないだろう! ああ、どうしたらいいんだ!? 我々は破滅だ!」
絶望している公爵に対して何だか申し訳ない気持ちになる。
私が悪い訳じゃない、と思うんだけど、期待外れだったのは間違いないから……。
「あの……ごめんな……」
言いかけると、ルークが盾になるように私の前に立ちはだかった。
「ちょっと待ってください。ユリアは好きで聖女に生まれたわけじゃないし、王女の生まれ変わりでないというのも彼女のせいじゃない。そんな言い方はないんじゃないですか?」
「その通りだわ。聖女様。申し訳ございません。貴方様を責めるつもりは全くございません」
カーテシーを取った姿勢で固まっていたモニカも気を取り直したように改めてお辞儀をした。
「正直に仰るのはとても勇気のいることだと思います。聖女様はとても勇敢な方ですわ」
私の手を取ってくれたモニカさんの優しさが嬉しくて泣きそうになる。
「モニカさん、ありがとう。どうか、聖女ではなくユリアとお呼びください。様もいりませんわ」
ニッコリ微笑むと、モニカさんは感極まったように私の手を握りしめた。
「こんなに愛らしい方だったなんて……。では、こほん……ユリアさん、どうか、こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
地面に膝をついていた公爵は恥ずかしそうに立ち上がった。
「聖女殿、大変失礼なことを申し上げた。心からお詫びする。勝手に都合が良いように期待しすぎていたと思う。本当に申し訳なかった」
「い、いえ。どうかお気になさらずに……。それに聖女ではなくユリアと呼んでください。残念ながら王女様の生まれ変わりではありませんし、精霊王の加護も頂いておりません。失望されるのは当然です。こちらこそ力不足で申し訳ない気持ちで一杯です」
「ユリアが申し訳ない気持ちになることないよ!」
ユリウスがフォローしてくれるが、ユリアはやはり萎縮してしまう。
「ユリア様は普通の人が知らない多くの知識をお持ちです。その知識は精霊王のご加護と同様に貴重なものですわ!」
アガタが拳を振り回しながら力説し、ルークも温かい瞳で見守ってくれる。
ありがとう……みんな。
「そうだよ! それにユリアなら精霊王のご加護も貰えるかもしれないよ!」
突然、馴染みのある声が聞こえた。
ココとピパがニコニコしながら、フワフワ浮かんで手を振っている。
「ココ! ピパ! 無事だったのね! 良かった!」
二人の姿を見て心から安心した。
「ユリアさん? 誰とお話なさっているの?」
不思議そうなモニカに尋ねられてココとピパのことを説明した。
「ただの精霊でも普通は味方につけることは非常に困難です。しかも、精霊は気まぐれだ。長年付き添ってくれる? そんな忠実な精霊なんて聞いたことがない。ユリア嬢は本当に精霊王の加護をお持ちでないのですか?」
ファビウス公爵の質問に私は困惑した。
「それは本当です。ココもピパも私には精霊王の加護がないって言っていますから……」
「でも、でもね! さっきも言ったけど、精霊王の加護をもらいにいきなよ! 僕たちも一緒にお願いするから!」
どうしようかと悩みつつ、一応ココの言葉を通訳した。
「おお、精霊王の加護がいただけるかもしれないと!? そして、ココ殿とピパ殿も口添えしてくださると!」
嬉しそうな公爵にあまり期待を高く持たせたくない。
「でも、確実に頂けるかどうかは分かりません。ダメで元々というか……。あまり期待なさらないで下さい」
「精霊王の森は辺境伯の領地の南東部にある。馬だと……2-3週間くらいか。転移魔法は魔力を消耗するし、長距離では使えないからな」
ユリウスが呟くとモナさんが頬をふくらませた。
「そうよ~、あまり私たちをこき使わないでちょうだい! 他人と一緒に転移するって大変なんだから。一日に何回もできないわよ」
そんな仕草も可愛いなぁと見惚れてしまう。
ルークが好きになるのも分かるなと思うと胸が痛いけど、こればかりは仕方がない。
私にはルークに好かれるだけの魅力がなかった。自業自得だ。
ユリウスと公爵たちは今後の計画を話し合っているので、私は食べ物を調達することにしよう。
それくらいしかできないし。
モニカとアガタも一緒に来るという。モナさんも「面白そうだからあたしも行くわ~」と女性陣総出で食料調達に行くことになった。
モナさんは魔法も強そうだから心強い。
『今日は小川で魚を獲ろう』と弾む気持ちで歩いていると、モナさんが私の腕に自分の手を絡めてきた。
距離感近いんだなぁ。ルークだけじゃなくて誰とでもこんな感じなのかな。
私の心を知ってか知らずか、モナさんは私にずいっと顔を近づけてきた。
「ねぇ、それで?」
「はい?」
何と答えたらいいか分からない。
「えーと、何がですか?」
私が聞き返すと輝くばかりの笑顔を見せる。
「私のこと、どう思う?」
「あの、とても魅力的な方だなって思います。美人で色っぽいのに可愛くて。羨ましいくらいです」
モナさんの瞳が探るように細くなった。
「私はぁ、そんなきれいごとを聞きたいわけじゃないのよ。ルキウスを取られて、悔しいとか妬ましいとか……。何かあるでしょう?」
「えーと、少し寂しい気持ちはありますけど……。モナさんはとても魅力的だから、彼が好きになるのは良くわかります」
「それだけ? ……なんか、こう、こみ上げてくる闇とか? 昏い感情とか? 妬み、嫉み、嫉妬とか? そういうのは?」
「は、はあ……。あの、自分がもうちょっと魅力的だったらなぁ、とは思いますが……」
彼女は何を言わせたいんだろう?
モナさんはあからさまにがっかりした表情を浮かべた。
「……あぁ、それで全然嘘じゃないのよね! もう信じらんない。つまんない女ね、あんたって!」
何故だから分からないけど怒らせてしまった?
前世でもコミュ障だった自覚はあるし、無意識に人を怒らせたこともあった……と思う。
「あの、無神経なことを言ってしまったらごめんなさい!」
私が頭を下げると、モナさんは「もういいわ~」と離れていった。
あぁ、何か気を悪くさせるようなことを言ってしまったのかも。反省。はぁ。
気を取り直して食べ物を探しながら歩いていると、アガタとモニカさんから沢山質問を受ける。
「これは食べられますか?」
木の実やキノコを丁寧に確認して、一つ一つの種類や毒があるかどうかの見分け方などを説明していく。
「ユリアさんの知識は素晴らしいですわ!」
モニカが感動するとアガタが得意気に胸を張った。
「当然です。ユリア様の博学ぶりは王宮の博士たちも舌を巻くくらいでしたから!」
……王太子妃として相応しいかどうか、王宮の博士たちが私の知識レベルを調べた時のことを言ってるんだろうな。多分……。
特別に博士らと話ができるよう許可した女王と王太子も同席したけど、彼らは終始面白くなさそうな顔をしていたっけ。
私は頭でっかちのガリ勉タイプなので、知識はあるけど実務や経験が伴っていないので現実的にどの程度役に立つか分からない。
でも、今の状況だと役に立ちそうだ。素直に嬉しい。
小川に到着すると水の中を覗き込んだ。小さな川魚に向かって、手をかざして「えい!」と気合を入れる。
水しぶきが立ち、狙った魚が地面にパタパタと跳ねていた。
「ユリアさん、凄い! 魔法のコントロールが抜群ですね! 王宮で訓練されたんですか?」
拍手をするモニカさんに聞かれて、実は独学なんだと答えると、彼女は口をポカンと開けた。
「やっぱり、さすが聖女になられる方は違いますわね! 訓練なしでこんなに魔法が使えるなんて通常はあり得ませんわ!」
モニカさんの台詞にアガタがまたドヤ顔で「ユリア様はすごいんです!」と胸を張る。
照れくさくて何度も魚を獲った。二十匹くらい獲れたので近くにあった大きな葉で魚を包んだ。
そして、別に大きな葉をクルクルと漏斗のように丸めて水が漏れないように魔法を掛け小川の水を汲む。モニカとアガタにもそれぞれ水を運んでもらうことにした。
モナさんはいつの間にか消えてしまったが、彼女は強いし大丈夫だろう。
食料と水を持って帰ると、男性陣は歓声を上げた。
「凄いな! 食べ物をどうしようか考えていたんだ」
ユリウスが言うと、ルークがアガタと同じように胸を張った。
「ユリアがいれば、どこでも食料はなんとかなると思うぞ」
取りあえず焚火で魚とキノコを焼く準備をしながら、今後の予定を聞かせてもらうことにした。