森の中
*ユリア視点です。
私たちは近くの森に入り、ユリウスたちと合流するまでそこで待つことにした。柔らかそうな草の上に横になれば、夜を過ごすことができるだろう。
途中、数頭の魔物が飛んでいるのが見えたけど、私たちには気づかずに去っていった。
アガタと寄り添うように大きな木の根元に腰を下ろすと、ルキウスが手慣れた動作で木の枝を集めて火をおこした。そんなルキウスの姿を眺められるのも嬉しい。
森が珍しくてキョロキョロと辺りを眺めているとモナさんが笑いながら尋ねた。
「何か珍しいものでもある?」
「私は五歳まで暮らした家と王城の部屋しか知らないので、何でも珍しいです!」
元気よく答えると、モナさんは「あっそっ」と興味を失ったように目を逸らした。
いつの間にかルキウスは食べ物も集めてきてくれたらしい。木の実やキノコが沢山ハンカチに包まれている。
「ありがとう……でもね……」
私は躊躇しながらも口を開いた。
「これは毒がある、かも……」
「えっ?! そうなのか? ごめん。知らなくて」
「いえ、こちらこそごめんなさい。本で学んだだけなんだけど、森には毒のある植物が多いの。念のため安全かどうか確認してもいい?」
「もちろん。助かる」
ふう。ルキウスと話すの、嬉しいんだけど少し緊張してしまう。
実際に仕分けてみたら案外食べられるものが少なくて、ルキウスはがっかりしているようだった。
「あの、良かったら私が食べ物を探しにいってもいい?」
そう申し出ると危ないから自分もついていくとルキウスは主張した。結局モナさんとアガタが留守番で、私とルキウスが食料を探すことになった。
キノコは食べられる種類の方が少ないくらい、毒があるものが多い。でも、食べられるものは焚火で焼いたらきっと美味しいと思う。
木の実もマルベリーやマカダミアナッツ、胡桃など、食べられそうなものが結構ある。道具がないと割るのがちょっと大変そうだけど、と考えて、魔法で割ればいいんじゃん!と自分で自分にツッコんだ。
ちょっと見上げると、ライムのような丸い実がなっていた。あれは食べられるはずだ。前世でも今世でも植物図鑑を飽きずに何度も読み返した私には自信があった。
手を伸ばしてもどうしても実には届かない。何度かジャンプしてようやく枝に手が届いたので、それを下に引っ張り実をもぎ取った。でも、実をもいだ後すぐに手を離してしまったので、その弾みで枝の先が私の頬をかすめた。
魔法を使えば良かった、と後悔しても後の祭りだ。
「痛っ……」
ちょっと頬を切ってしまった。
心配そうなルキウスが駆け寄ってきた。
「大丈夫か? 無理するな。怪我するんじゃないかって気が気じゃない」
やっぱり彼は優しいな……。でも、天然の女たらしに違いない。こんなに優しい眼差しで、こんなに甘い声で話しかけられたら勘違いしてしまう女の子は多いだろう。
罪な人だな……。
心の中で思っていただけのつもりが、声に出ていたらしい。
「ん? 誰が罪な人?」
聞き返されて、私の顔は真っ赤になった。
「あ、あの、違う。何でもないの。あの、ルキウスが優しいなって。なんか、女の子には誰にでも優しいのかなぁって……」
アワアワと口籠ると、ルキウスがムッと黙り込んだ。
「俺は女性には礼儀正しく接するが、誰にでも優しくするわけじゃない」
子供みたいに拗ねた口調に驚いて、何と答えて良いか分からない。
「そうね。ルキウスは私にはいつも塩対応だったから、誰にでも優しいのとは違うのかな……はは」
困り果てて言うと、ルキウスが怪訝そうに「塩対応?」と聞き返す。
あ、そっか。塩対応なんて前世日本の言葉だよね。
「素っ気ない、愛想のない、冷たい対応をすることよ」
そう説明すると、激しく動揺したように彼の顔が青ざめた。
「俺は……お前にそんな対応をしていたか? していたな……。確かに。くっ、すまない!」
「そんな気にしないで。いきなり私みたいな居候ができて嫌な思いをさせてしまったわよね。ごめんなさい。ルキウスの気持ちは良く分かるわ」
「いや! 違う! 俺は嫌な思いなんてしたことがない。君にはいつも……あの……ずっと優しくしたかった。でも、ユリウスがいたし……俺が邪魔者になっちゃいけないって」
必死で弁解するルキウスに、気にしていないっていうのを強調したくて、その結果、何を言っているのか分からず支離滅裂になってしまった。
「大丈夫! 全然気にしないで。ルキウスはいつも優しかったよ。素っ気ないけど意地悪はされなかったし優しかった。それに王宮で閉じ込められていた時にルキウスがくれたメッセージがとても嬉しかったの! 何度も何度も読み返したよ。ルキウスのおかげで希望を持てて生き残れたんだと思う!」
「いや、あれはほとんどユリウスの作戦だから……。俺は何もしていない。でも、メッセージを受け取ってくれて良かった。少しでも気晴らしになればと思って書いたんだ。一言だけなのに何を書いていいか分からなくて……。一通に一時間以上かかったこともあった……」
それを聞いて私は思わず噴き出してしまった。
小さな紙を前にペンを持ったまま、うんうん唸っているルキウスを想像してしまったから。
「やっと笑った」
ルキウスがとても晴れやかで幸せそうで私は驚いた。
至近距離でルキウスが私の顔を覗きこんだ。
「怪我をしている」
そういって私の頬に手を添えたルキウスは、真剣な表情で傷を確認している。
美麗な顔立ちがすぐ目の前にあって思わず顔が赤らんでしまう。近くでバチっと目が合った瞬間、ルキウスの顔も真っ赤になった。
「ご、ごめんっ!」
「ごめんなさい!」
お互いから顔を背けるけど心臓がまだどきどきしている。
「だ、大丈夫。かすり傷だから。それに治癒魔法で治せると思うんだ」
私は自分の頬の傷に治癒魔法を試してみる。傷に手をかざして『癒せ』と念じるとチリッと軽い感触と共に痛みが完全に消えた。
触ると傷は無くなったようだけど……。
ルキウスは今度はあまり近づき過ぎないないように気をつけているのだろう。少し距離をとりつつも私の傷を確認して安心したように笑った。
「ああ、綺麗に治ったな。良かった。女の子の顔だから」
その笑顔に胸が切なく疼く。
本当に罪な人だ……。