脱出
*ルキウス視点です。
王都に戻ってから、本格的にユリアを救出する計画が始動した。
まず、現在のユリアを最もよく知る人物を味方に引き入れなくてはならない。
ユリアの侍女のアガタ。
彼女はユリアを逃がすためなら何でもするとユリウスに言ったらしい。
俺たちはアガタを巻き込み作戦を練っていた。
打ち合わせの場所はファビウス公爵邸。
しかし、真剣な話し合いの最中にアガタは何とも言えない表情で俺を睨みつける。
ちなみに俺の腰に思いっきり腕を絡ませているのは悪魔のモナだ。さりげなく胸を押しつけながら抱きついているのがあざとい。
うざい、離れろ……と言いたいのを押し殺して、ユリア救出の手順を話し合っていた。
「その方はこの話し合いに必要な方ですか?」
アガタが冷たく尋ねる。
「もちろんよ! 私がいないと聖女は逃げられないし魔力だって戻らないんだからね~!」
明るく答えるモナに俺は再び大きな溜息をついた。
ユリウスは困惑しながらも、その通りだとアガタに説明する。彼女は釈然としない様子だったが、ユリウスを信頼しているのかその後は何も言わなかった。
ユリアの部屋には二十四時間二名の警備兵が配置されている。
さらに部屋には結界が張られていて、彼女が許可なく部屋を出ると警報が鳴り、警備兵や(何故か)魔物たちも集まってくるらしい。
彼女が部屋から出られるのは一日二回の散歩の時だけで王太子が必ず付き添っている。それが絶好のチャンスだろう。
俺は王太子の専属護衛騎士として常に随行している。だから、俺が王太子を気絶させるか何かして逃げ出すということを提案した。
するとモナがクスクスと嗤う。
「あらぁ、私がいるんだから、あなたは何もしなくてもい・い・の・よ(はあと)。うふふ」
妖艶に微笑みながら俺の唇に自分の人差し指を押しつけてきた。
アガタの顔が完全な「無」になった。すんっという音まで聞こえたような気がする。
「や、やめろ! お前の助けなんて必要ない!」
俺はモナの手を振り払って立ちあがった。
「……あらぁ、そんなこと言っていいのぉ? 私の助けが必要だから、わざわざ私に会いにきたんでしょう? 私に魂を捧げるって言ってくれたのにぃ? ……んふふ」
モナに何も言い返せず、怒りに震える拳を握りしめるくらいしかできない。
「ほら、話を進めるから座れ。聖女奪還にあたってモナの助けは必要だ。というより彼女の助けなしには成立しない。そこはきちんと理解するんだ」
パンパンとファビウス公爵が手を叩いて、駄々っ子に言い聞かせるように俺を見る。
「……分かっています!」
そっぽを向いて椅子に腰かけると、モナが堪え切れないように噴き出した。
悔しいが何も言えない。モナを見ないことが唯一の抵抗だ。
ユリウスが心配そうに俺を見ているのには気づいていたが、ユリウスにも視線を向けなかった。確かに駄々っ子丸出しだな……と心の中で反省する。
公爵は俺を無視して話を続けた。
「……近衛騎士団の中には魔女に操られている者もいるが、幸い団長と副団長は私たちの味方だ。正規軍である国軍のほとんどは国防のため国境付近に配備されている。いずれは国軍もまとめて魔女に反乱を起こすつもりだ。尤も、マリウス将軍のようなカリスマ性のあるリーダーが必要だが……。まぁ、現段階では聖女と味方を連れて辺境伯領に避難することが先決だ。異議ある者は?」
全員が黙って首を振った。
辺境伯のところには母さんやラザルスもいる。
その領地は国境を守るための重要な役割を担っており、国軍も多く配備されているそうだ。前国王の甥である辺境伯は、魔女に対抗できる唯一の人物であると言っても過言ではない。
ただ、旱魃が続き作物が収穫できず飢饉が迫っているとの噂もある。
ユリウスによると辺境伯は聖女の味方だという。ユリアを救出して何とか辺境伯のところに連れていくのが俺たちの使命だ。
「モナ、聖女を救出する手筈だが……」
ファビウス公爵が言いかけたところで、突然外からの大きな衝撃が俺たちを襲った。
ガシャーーーン!!!
公爵邸の瀟洒な窓ガラスが全て粉々に砕け散り、その向こうに何十頭という飛竜の魔物がひしめいていた。
先頭の魔物には魔女が乗っている。
「ほほほ! ファビウス公爵。悪だくみの最中に邪……」
勝ち誇って嗤う魔女が言葉を終わらせる前に、モナがその場にいた人間全員の手を取り一瞬にしてその場から転移した……のだと思う。
気づくと俺たちは王宮にあるユリアの部屋の近くに転移していた。
「あぁぁ、これだけの人数の転移は疲れるわぁ。愛しい人。癒してちょうだい~」
モナはこんな時でも俺に抱きついてくる。緊張感のかけらもない。
「早く! ユリアを奪還して逃げろ! 落ち合う先は分かっているな?」
ユリウスは早口で俺とアガタに囁いた。
俺たちは急いでユリアの部屋へと走る。
二名の警備兵を手早く気絶させる間に、アガタは部屋の鍵を取り出した。
彼女の手が震えていて多少時間がかかったが無事に扉が開くと、中にはきちんと動きやすい服装に着替えたユリアが待っていた。
「大丈夫。逃げる準備万端です!」
ハキハキ言うユリアはすっかり健康的で、愛らしさに磨きがかかっている。
神がかった美しさ……というか、天使? ……可愛すぎて昇天しそうなんですけど!?
内心の声を押し殺してモナに「腕輪を」と囁いた。
「分かってるわよ」
モナはニヤニヤしながら俺の脇腹を肘でつつくと、ユリアの腕輪に向かって呪文を唱えた。
ポロっと腕輪が床に落ちる。
その瞬間にユリアは強い光に包まれた。
「……ああ、魔力が……戻って……」
愛らしいユリアの呟きが聞こえる。
同時に部屋の外から雑多な足音が聞こえてきた。
警備兵が駆けあがってきたのだ。喚きながら部屋に押し入ろうとする警備兵をアガタが必死に止めている。
俺は鞘に入ったままの剣で素早く警備兵たちを気絶させた。十数人いたであろう警備兵があっという間に全員床にのびた。
「凄いスピード。やるわねぇ。さすが私の婚約者!」
モナがヒューっと口笛を吹いて俺の背中を叩いた。
「……婚約者?」
ユリアの顔が青ざめた。
心なしか声が震えているが、今はそれどころではない。
建物の外から魔物のどん……どん……という重い足音が近づいてきた。
「後で説明する。今は逃げるぞ!」
ユリアは気丈に頷き、俺たちは部屋の外に出た。
「部屋の外に出れば魔法が使えるのよね? 聖女、あんた転移はできる?」
モナが尋ねるとユリアは力強く頷いた。
「大丈夫です!」
「……いい返事ね。その子と一緒に北から二時の方向100kmのところに転移して!」
叫びながらモナは俺の手を握る。俺を連れて転移するつもりなのだろう。
ユリアは黙って頷き、ガタガタと震えるアガタの手を取ると瞬時に姿を消した。
俺は激しい渦に巻きこまれるような感覚を覚えながら、ユリアにモナのことをどう説明すべきか考えていた……。