モナという悪魔
*ルキウス視点が続きます。
悪魔アモンが指を鳴らした次の瞬間、俺とユリウスとファビウス公爵は馬車の中にいた。
『ここはどこだ!?』と三人でキョロキョロと周囲を見回していると、クスクスと女の嗤い声がする。
「もうすぐ王都に着くわ。聖女の腕輪をあなたたちの目の前で外してあげる。善は急げっていうものね。悪魔の善っていうのも変だけど」
艶っぽいウインクを投げかけるのは、初めて見る若く婀娜っぽい女だった。胸の大きく開いた煽情的なドレスを着て、なれなれしく俺の隣に座っている。
高級そうなドレスを纏い金髪碧眼の典型的な貴族令嬢に見えるその女は、世間的には非常に美しいといえる。スタイルも良い。俺の好みではないが。
しかし、明白な高慢さと過剰な色気に、俺はうんざりした気持ちになった。しかも、彼女の言った台詞の意味を考えると……。
「お前は……悪魔アモンか……?」
呆れたように公爵が呟いた。
「そうよ。私は姿形を自由に変えられるの。AmonからMonaになったので、これからモナと呼んでちょうだい。ルキウスの婚約者としてあなたたちと行動を共にすることに決めたわ」
「え!? な、何だって……!? こ、こんやくしゃ? それに、なんで俺の名前を……!?」
パニックに陥った俺の頬を細い指でなぞるとモナは再びクスクスと嗤いだした。
「さっき、名前呼ばれていたじゃない? 私は記憶力がいいの。それに魂をくれるって約束してくれたでしょう? 死ぬまで一緒だって。それって……もう結婚したも同然だわ」
バチっとウインクする悪魔モナは嫣然と話を続けた。
「もちろん、契約は守るわ。パウルス子爵家もマリア嬢も私のおもちゃから解放してあげたから安心して(はあと)。うふふ」
ユリウスが眉間に深い皺を寄せて悪魔を睨みつける。
「俺は認めない。ルキウスに手を出すな。代わりに俺の魂をやる」
「あらぁ、残念。もう契約は為されてしまったのよ。国民の命と魂の代わりにルキウスの魂をもらうって」
目を真っ赤にしたユリウスは拳を握り締めて自分の腿を叩いた。
「くそっ! なんでこんなことに!」
一連の会話を聞いていたファビウス公爵も悔しそうに顔を歪める。
「すまない。やっぱり俺が魂を渡すべきだった」
ユリウスは慌てて顔をパッと上げた。
「いえ、将来を誓った女性がいる公爵は魂を売ってはいけません。俺がもっと早くに口に出していれば……」
「兄さん、ごめん。どうか自分を責めないでくれ。俺は後悔していない。これでユリアを助けられるなら本望だよ。ずっとユリアとユリウスはお似合いだと思っていたから……。ユリウスの魂を悪魔なんかに渡すわけにはいかない」
俺たちの会話を聞きながら悪魔は哄笑した。
「やっぱりアモンの目に狂いはなかった! 一番面白そうな男を引き当てた!」
俺たちの刺すような視線を心地よく感じているような悪魔に嘆息を抑えられない。
「ユリウスにはユリアという聖女がいるんでしょう? だったら、モナはルキウスといつも一緒に居てあげる♪」
俺にしなだれかかってきたモナを押しかえそうとしたらヒョイと避けられた。
「貴方たちはモナを突き離せないわ。だって契約だから。モナはずっと一緒にいるの。その時、貴方たちは聖女にどんな言い訳をするの?」
俺たちはぐっと言葉に詰まった。
「聖女殿には正直に話すべきじゃないかと……」
ファビウス公爵が言いかけるのを俺は遮った。
「いや、ユリアには何も言わないでくれ。彼女は……契約に自分の腕輪が含まれていることを気に病むだろう。きっと自分を責めるに違いない。自分のせいで俺が悪魔に魂を売りわたしたと……。彼女には幸せになってほしいんだ。だから……」
モナはニヤニヤしながら俺に顔を近づける。
「でしょ!? だから一番怪しまれない口実は恋人関係にあるってことよ。うふふ。いい? 私たちは愛し合う婚約者同士よ。仕事で出かけている最中にお互いに一目惚れしたっていう設定はどうかしら? ロマンチックで情熱的じゃない?」
嬉々として語るモナに心底うんざりした気持ちになった。
モナは俺の肩に頭をのせて手を握ってくる。その手を外しながら俺は絶望感に苛まれていた。
死後に魂を取られるだけじゃない。俺は自分の人生をとんでもない悪魔に捧げてしまったんだ……とようやく自覚した。




