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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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鴨 涼介

目を覚ました時、僕は真っ白な世界に居た。


……ここはどこだ?


「天国」という単語が頭をよぎる。


ふと人の声が聞こえた。


「……どうしても? どうしても元いた世界に生まれ変わりたくないのかい?」


小柄なアジア人っぽく見えるお爺さんが、金髪の超美人に向かって熱心に話しかけている。


「今度は聖女に生まれ変わって、憎い継母をやっつけられるんだよ?」


お爺さんが言った瞬間、金髪美女はビクッと肩を震わせて俯いた。


「絶対に嫌です。もう絶対にあの継母……あの魔女とは関わり合いたくありません。二度と会いたくもないです。絶対にあの世界には生まれ変わりません。どうか天国に送ってください。そして、生まれ変わるなら全く別な世界にしてください。どうか……どうか……お願いします」


金髪美女は体を震わせながら涙を流し、お爺さんに懇願している。


「いやぁ、困ったねえ。それでなくても筋書きが変わっちゃってるのに……。その上、聖女の魂が戻りたくない、なんて……。あの世界の人類は滅亡しちゃうよ? これから洪水やら飢饉やら蝗害やらで大変なことになるんじゃ。君は元王女だから国民の命を守る義務があるんじゃないのかい? 聖女は大地に恵をもたらす存在だし、魔女に滅茶苦茶にされた世界で反乱の旗印になるはずだからのぉ。いやぁ、困った」


お爺さんの言葉に金髪美女の顔色は真っ蒼になり、すすり泣く声がさらに大きくなった。


「……でも、でも……どうしても嫌なんです。絶対に戻りたくありません」

「それであの世界の人間が滅亡しても?」

「そ、そんな!? そりゃ、申し訳ないと思います。でも、それでも戻りたくありません。私が犠牲にならないといけない道理はないですよね!」


最後は悲痛な叫び声になって、金髪美女は泣き伏した。


僕は可哀想になって、つい口を挟んでしまった。


「こんなに嫌がっている人に無理強いしなくてもいいじゃないですか?」


お爺さんが弾かれるように振り向いて僕を見た。苛々した様子で手元のファイルを捲っている。


天国でもファイルを使うのか?


「……ああ、最近亡くなった魂ね。人生に大きな未練がある人は天国に行く前に一度ここに寄るんだけど……。あんたも未練があるんだろうけど、ワシにできることはほとんどないから……。今取り込み中だし、大人しく天国に行ってもらえるかい?」


……亡くなった魂? 僕のこと……か?


僕は……死んだのか?


くらくらと眩暈がして頭が真っ白になった。


…………実奈は!? 彼女を置いて僕は死んだのか?


脳裏に突っ込んでくる車のイメージが浮かんだ。


事故死か……?


未練どころの騒ぎじゃない。冗談じゃない。


絶対に実奈を独りにしないって約束したのに……。


僕は拳を握り締めた。


「僕は未練がありまくりです。元居た世界に戻してください!」


お爺さんはわざとらしく深い溜息をついた。


「若者は我儘ばかり言うね。君はもう死んでいるから、元の世界には戻れないよ」

「さっき、生まれ変わりの話をしていましたよね。どうか元の世界に生まれ変わらせてください!」


今生まれ変わって成人するまで20年か。その頃には実奈は他の誰かと結婚しているかもしれない。


その考えに胸がズキンと痛んだけれど、それでも、もう一度彼女に会いたい、という気持ちは抑えられない。


「僕は元の世界に戻らないといけないんです!」

「そうよそうよ! こうして元の世界に戻りたい人もいるんです。私じゃなくても、あの世界に行きたいという人はきっといます。私じゃなくて、他の人を探してください」


金髪美女は呆気にとられた様子で見ていたけど、僕に加勢をしてくれた。


お爺さんは深い溜息をつく。


「みんな、我儘ばかりじゃ。そうしている間に洪水や飢饉で人々が死ぬんじゃぞ」


暗い顔つきで呟くお爺さんに僕はつい反論していた。


「治水の知識がある人を生まれ変わらせればいいじゃないですか? ダムがあれば洪水は防止できますよ。飢饉も農業効率を上げればある程度は防ぐことができます!」


お爺さんはキラリと目を輝かせた。


「そういう君は? 知識がありそうじゃないか? 聖女に生まれ変わる気はあるかい?」

「いや、僕はできたら男のままがいいです」


実奈とまた会いたいし。


「だったら、口を挟まないでいただこう」


お爺さんにピシャリと言われた。


「……その人が言うように、もっと知識や力のある人が聖女になるべきではないですか?」


ぽつりと女性が呟いた。


「君の魂は特別なんじゃ。精霊王の加護も君だからこそ得られるし、大地の精霊たちも君の魂だから協力するんじゃよ。技術とか知識でどうこうできる問題じゃないんだ」


お爺さんがうんざりするように言い聞かせる。


「強制的に生まれ変わることになったら、絶対に私は国を守るために協力なんてしません。国から逃げ出しますから! もしくは自殺します!」


強い口調で言う金髪美女にお爺さんは頭を抱えた。


「……あぁ、困ったなぁ。これは管理者の能力不足として失点になるなぁ。それでなくても筋書きが変わって、上から睨まれているのに……」


ブツブツ言い続けるお爺さん。


「無理強いは良くないですよ」


僕が言うと、キッと睨まれた。


「あんたはさっさと天国に行ってくれ」

「天国に行くとどうなるんですか? 元居た世界に生まれ変われますか?」

「天国では魂の安寧が得られる。そこで前世の記憶をさっぱり忘れて、また違う世界に生まれ変わるじゃろうな」


え!? 別な世界? そしたら、実奈にもう会えないじゃないか?!


「それは困ります。元居た世界に戻して下さい。僕は彼女のところに戻らないといけないんです!」


お爺さんは益々うんざりしたようにボソボソしゃべりだした。


「勿論、元居た世界に生まれ変われる可能性も多少はあるよ。でも、ここでは結構な数の世界を管理しているからねぇ。まぁ、可能性としては数百分の一くらいじゃな。恋人がいたんだろうけど、彼女だってもう新しい恋人を見つけているかもしれないよ。もう死んだんだから、諦めて全てを忘れて新しい人生を始めたらどうだい?」

「嫌です!!! 僕は彼女にもう一度会うまで絶対に天国には行かないから! 年をとって彼女が亡くなってここに来るまで、僕はここで待つことにします!」


僕が大声を出すと、お爺さんは大きく溜息をつき、金髪美女は僕に向かって拍手をした。


「……ここで待つったって、何十年後になるのか……。それに魂はそんなに長くはもたないし。仕方ないなぁ……君の名前は?」


ボソボソ呟いていたお爺さんの質問に僕はハキハキと答えた。


「鴨 涼介です!」

「元気がいいのう……。はぁ~。それで彼女の名前と出生地、生年月日は?」

「高田実奈。〇〇〇〇年1月31日生まれです。確か東京の葛飾区の生まれでした」


お爺さんはどこからか眼鏡を出して、ファイルを捲りだした。データ管理はここではまだ紙なんだな……ととりとめのないことを考える。


お爺さんはページを捲る手を止めて、しばらくそれをじっと眺めていた。


そしてゆっくりと僕の方を向くと口を開いた。


「この彼女は……どんな子だい?」

「とても優秀なポスドクです。えーっと、ポスドクというのはポストドクターと言って博士号を取得した後に、任期付きの研究員として働くことです。彼女は農学の中でも土壌学や水理学の研究をしていて、とても優秀な研究者です。しっかりしていて、頭が良いだけじゃなくて、性格もとても良くて、美人だし、清楚だし、物腰も落ち着いていて、真面目で、ちょっと不器用だけど可愛くて、一緒に居ると楽しくて、安心できる……」

「分かった! もう分かったから!」


延々と惚気まくる僕をお爺さんが止めた。


そして金髪美女に対して念を押すように尋ねる。


「もう一度聞くが、何があっても絶対に元の世界に生まれ変わるのは嫌なんじゃな?」

「もちろんです。絶対に絶対に絶対に拒否します!」

「分かった。じゃあ、お前さんは天国に送ろう。記憶を全て忘れて、平凡だが無難な人生を歩めるような世界に生まれ変われるじゃろう」


金髪美女の眼がまん丸に見開かれた。


「本当ですか!? ありが……」


言い終わらない内にお爺さんは指を鳴らし、金髪美女は姿を消した。


その後、お爺さんは真剣な顔で僕に向き合った。


「……君の彼女は四年後に事故で死ぬことになっている」


お爺さんの言葉に僕は愕然とした。


「え!? どういうことですか? 彼女も四年後に死ぬって!?」

「人間の寿命はそれぞれ決まっているのでな。彼女は優秀で洪水や農業の知識もあるということじゃな? 先程お前さんが言っていたように?」


お爺さんの笑顔が不気味に思えてきた。


「いや、確かに知識がある人を……って言ったけど、彼女を指していたわけじゃない。彼女に変な手出しをしたら……」

「分かっている。ただ、その彼女なら聖女として生まれ変わって、世界を救うことができるかもしれないね。聖女適正度と魔導士適正度が非常に高い。間違いなく優秀な人材だ。しかも、自然災害に対応できる知識もある、ということじゃな?」

「な……彼女が聖女に!? 何の話ですか?」

「四年後に亡くなった時に、彼女に希望を聞いてみよう。彼女が聖女に生まれ変わり、悪い魔女を倒し、人々を洪水や飢饉から救ってくれたら世界が救われる。勿論、無理強いはしないから大丈夫じゃ。その……えーと、高田実奈さんが嫌がることはしない。でも、彼女が引き受けてくれたら、できる限りの手助けをしよう。彼女も世界を救うことに興味を持つかもしれないじゃないか?」

「それにしたって危険があるでしょう!? 魔女ってどういうことですか? それにさっき、反乱の旗印って言ってませんでした? 戦争とかあるんじゃないですか?」


俺は不安でならなかった。彼女のことなんて話さなければ良かった、と心底後悔する。


「君が守ってあげればいいじゃないか?」

「僕が!?」

「将来彼女が聖女になる世界に君を生まれ変わらせてあげよう。類まれな戦闘能力を付与することができる。その力で彼女を守ってやればいい」


「……僕が……彼女を……守る? また、彼女と会えるということ……ですか?」


嫌でも僕の心は揺さぶられた。


「聖女には協力する人間が多く存在する。そして、悪い魔女を倒すための反乱は成功する、というのが天界の描いた筋書きじゃ。彼女が危険な目に遭うことはないだろう。それに君を聖女側の人間に生まれ変わらせてあげよう。強い男性としてな。彼女に再会できるかもしれない。もちろん、彼女が嫌がったら無理な話じゃが……」

「彼女の意に反して聖女に生まれ変わらせるとか、彼女を騙すとか……」

「絶対にそんなことはしないと約束しよう」


お爺さんは自信たっぷりに言う。


「彼女が四年後に死なないようにすることはできませんか?」

「それは不可能じゃ。……というより、それこそ神様が許さない。この天界では、神様が決めた寿命を変えることが最大の罪じゃからのぅ」


彼女も若くして死んでしまうという考えに俺は暗澹たる気持ちになった。


しかし、僕が強い男になって彼女を守れるという選択肢はあまりにも魅力的だ。


もちろん、彼女には死んでほしくないし、平穏で幸せな人生を歩んで欲しい。


でも、一方で欲望にまみれた心が囁く。


もし彼女が近い将来死ぬ運命でそれをどうしても変えられないとしたら……?


ああ、僕はダメな男だ。


どうしてももう一度彼女に会いたいという気持ちを抑えられない。


もし、彼女が聖女になることを選んで生まれ変わったら……? そして、僕が彼女を守ることができたら……? 僕達はまた恋人同士になれるかもしれない。


天国に行って、全てを忘れて彼女のいない世界に生まれ変わるよりは、こちらの選択肢に賭けた方が彼女と再会できる可能性が高い。


彼女が聖女になることを拒否する可能性もある。


その場合は……辛いが縁がなかったと諦めるしかないだろう。


「あの……僕がここに居座って、4年後に彼女が来るのを待つことはできませんか?」

「それは無理じゃな。君の魂はしばらく経つと消えてしまう。生まれ変わることもない、ただの無になるじゃろう」


それを聞いて、僕は覚悟を決めた。


「分かりました。その世界に僕を生まれ変わらせてください!」

「そうか。それは良い選択じゃ」


お爺さんはとても嬉しそうに頷きながら指を鳴らした。


途端に頭がグルグルと回りだして、体がどこかに強く引っ張られるように感じる。


意識が朦朧として消えかける瞬間にお爺さんの声が聞こえた。


「……ああ、言い忘れていたが……」


しかし、最後まで聞くことなく僕の意識は完全に消えた。


***


「……ああ、言い忘れていたが、生まれ変わる時は、君の前世の記憶は完全に消えるから……って、もう行ってしまったか……。まぁ、いいか」


お爺さんは呟いた後、誰もいなくなった空間を見て肩をすくめた。


「聖女には前世の記憶と知識が必要じゃ。王女も王女としての前世の記憶を持ったまま聖女に生まれ変わる予定だったからな。高田実奈という娘も前世の記憶持ちで生まれるだろうが、鴨……涼介だったか、彼の記憶はなくなる。まあ、運命の相手だったら記憶なんて無くても巡りあえるじゃろうて。ふふ」


お爺さんは首を振りながら、笑いを堪えられないようだった。


「王女が継母を恐れて絶対に生まれ変わりたくない、と強情に言い張った時はどうしようかと思ったが……。まぁ、これで何とかなりそうじゃな。 聖女になるべき王女の魂ではないから、多少不利な点はあるが……。精霊王の加護は受けられないだろうし、大地の精霊たちも協力しないかもしれないのう……」


お爺さんはふと考えこんだ。


「苦労するじゃろうが……。まぁ、運が良ければ世界を救えるじゃろう」


ふぅっと大きな息を吐く。


「……まさかあの男がワシを恨んで天界の筋書きを変えるとは予想できんかった。どの世界でも人類が滅亡してしまうとゲームオーバー。管理者のワシの責任を問われるからのう。はぁぁ、なんとか、持ちこたえて欲しいものじゃ。いずれ4年後の勝負じゃな」


一筋縄ではいかぬお爺さんなのであった……!


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