悪魔憑きの令嬢
*ルキウス視点です。
俺たちは馬車から降りると、こじんまりとしているが趣味の良い瀟洒な邸宅を見上げた。
パウルス子爵邸だ。
***
ファビウス公爵は最初の訪問地にパウルス子爵邸を選んだ。
当然、彼の一人娘が悪魔憑きと噂されていると知ってのことだ。ユリウスが入れ知恵したに違いない。
パウルス子爵領は王都から北西の方角にあり緑と水が豊かな土地柄だ。小さいが潤っている領地らしい。
ここからさらに北に進むと母さんとラザルスのいる北の辺境伯の領地トラキアに着く。辺境伯領は広大だが、厳しい気候の土地が多い。
旱魃と洪水が交互に発生するような難しい領地を経営している辺境伯は煮ても焼いても喰えないと評判だが、兄さんが信用しているという事実だけで十分だ。
じゃなかったら、母さんとラザルスを辺境伯のところになんて行かせないしな!
パウルス子爵の一人娘マリアは若い頃から評判の美女で求婚者がひっきりなしに押し寄せるほどだったらしい。
最初の結婚が決まったのは彼女が15歳の時で、相手は20歳の伯爵子息だったそうだ。
ところが結婚式の翌朝、冷たくなった新郎がベッドに横たわる傍らでマリアは失神していた。
何があったのか訊ねられても、彼女は何も覚えていないと言うばかりで埒が明かなかったという。
その時は突然心臓発作でも起こったのだろう、と偶然の病死で話は済んだ。
しかし、二人目、三人目と同じように亡くなっているのが発見されると、次第にマリアに胡乱な視線が向けられるようになってきた。
あっという間に求婚者はいなくなったが、娘が嫁ぎ遅れになってしまっては一大事と子爵は金を積んで結婚を承諾する者を見つけ出してきた。
しかし、結局七度目の結婚で同じことが起こり、二度と結婚はしないとマリア嬢が涙ながらに必死で訴え、子爵も泣く泣く諦めたというのが現在の状況だという。
子爵邸に到着する前、男三人で馬車に揺られながら対策を話し合っていた。
「君たちのどちらかがマリア嬢と結婚することにすればいい」
無造作に髪をかき上げながらファビウス公爵は言った。そんな姿も様になっていて、プレイボーイと評判になるのも納得だ。
なんて、うっかり公爵に見惚れてしまい反応が遅れた。
「え!? いや! 俺たちが?」
確かに公爵という身分の高位貴族がいきなり悪魔憑きの子爵令嬢と結婚するのは無理がある。でも、俺たちは……。
「そうですね。俺がマリア嬢と結婚することにしましょう」
俺があたふたしている間にユリウスが落ち着いて即答した。
「……っ! おい! 何を言ってるんだ?! お前にはユリアがいるだろう?!」
ファビウス公爵は表情を曇らせる。
「恋人がいるのであれば難しいか。ルキウス、君はどうだい?」
……俺が? ……結婚?
「いえ、心惹かれる令嬢はいますが恋人ではありません。あくまで結婚するふりですよね? 大丈夫です。年齢的にも俺が一番適任かと。初夜に何が起こるかを確認できれば良いのですよね? 悪魔の仕業かどうか探ってきます。上手く悪魔と接触できれば有益な情報が手に入るかもしれない」
ユリウスが鷹揚に答えるのを聞いて、俺は肩で息を吐いた。
……そうだよな。本当に結婚するわけじゃない。
「それでいいな? ルキウス?」
念押しされるようにユリウスに聞かれて、俺は渋々と頷いた。
「でも、初夜には俺も同じ部屋に潜んでいていいだろう? 兄さんが心配だから……」
「もちろんだ。お前がいてくれれば心強い。ユリアに俺が潔白だってことも分かってもらえるしな」
俺たちのやり取りを黙って聞いていた公爵が、興味深げに質問を投げかけた。
「君たちは聖女殿とどういう関係なんだ?」
……しまった。
つい油断して喋ってしまったと後悔していると、ユリウスが落ち着いた口調でユリアと一緒に育ったことから、いつか救出したいということまで赤裸々に話してしまった。
そんなことまで話していいのか?
公爵が味方と決まったわけじゃないぞとユリウスを睨みつける。
ユリウスは俺に一瞥もくれずに真っ直ぐファビウス公爵の目を見据えたままだ。
公爵は身じろぎ一つせずユリウスの話を聞いている。
ユリウスが話し終わると、ファビウス公爵ははぁ~っと大きな溜息をついた。
「エミリアが聖女殿を養育したことは知っていたがな。お前は……謀ったな? 最初から俺を味方に引きこむつもりだったんだろう?」
「いや、公爵も薄々勘づいていたんじゃないですか? 女王の目を誤魔化すために軽薄な遊び人の振りをされていますが、どうしてどうして……。騎士団長を味方にする手腕は見事でしたよ」
「……っ! お前、なんでそれを! いや、俺は真面目にお付き合いしているぞ。そりゃ最初は騎士団長に近づくため……、いや、下心が無かったとは言えないが……。モニカには全部正直に告白して、国が落ち着いたら結婚してほしいとプロポーズもしたんだ!」
そういえば騎士団長の妹と逢引きしていたなと思い出す。
「騎士団長もバカではありません。妹御のことだけで公爵の味方についたのではないですよ。私もそうです。公爵とカントル宰相だけが今の王城での唯一の希望ですから……」
それを聞いたファビウス公爵は大声で笑い出した。
「……さすがマリウス将軍の長男というべきか。参った。どうか俺を使ってくれ。できる協力はする」
この一筋縄ではいかない公爵から言質を取った兄さんはさすがだ。
「我々も目的は同じです。どうか手足にお使いください」
兄さんに合わせて俺も慌てて頭を下げた。
「お、俺も! 協力しますっ!」
ファビウス公爵は面白そうに俺たちを交互に眺めた。
「それで? どっちが聖女殿の恋人なんだ?」
遠慮のない問いに動悸が激しくなり汗がドバっと出た。
ユリウスは平然と爽やかな笑みを浮かべている。
「俺にとっては妹みたいな存在です。愛おしいと思う気持ちはありますが……。強いて言うなら俺たちは対等なライバルですよ。選ぶのは彼女です。そもそも王太子殿下の婚約者ですしね。まずそこを何とかしないといけない。公爵にもご協力いただけますよね?」
ファビウス公爵は顔を引きつらせた。
「ゆ、ユリウス、俺は……」
ユリウスは口ごもる俺の頭を撫でながら明るい瞳で笑いかけた。
「すまない。お前の気持ちは分かっていたんだ。これ以上俺に遠慮する必要はないからな。選ぶのはユリアだ。まだ先の長い話だ。選ばれなくても恨みっこなしだ。いいな?」
俺はユリアを求めてもいいんだろうか? 振られる公算も大きいが、立候補することさえできないと思っていた頃に比べたら……。
ぽかんと口を開けてユリウスを見ると、苦笑いしながらくしゃくしゃと頭を撫でられた。
「俺に遠慮するな! いいか? 俺たちは対等だからな。変に遠慮される方が居心地悪い」
ウインクするユリウスを見て『やっぱり兄さんが好きだ! 大好きだ!』という熱い気持ちがこみ上げてくる。
「俺は兄さんが好きだから……」
ぽつりと呟くとファビウス公爵が爆笑し、ユリウスの顔が真っ赤に染まった。
ユリアの恋人になりたいなんておこがましいことは望んでいない。
でも、いつか彼女が自由になれたら色々と話をしたいな。
何が好きなのかな? 好きな食べ物や好きな本なんかは一緒に暮らしていたからある程度知ってるけど……。
いや、知っていた、が正確だな。今の君は何が好きなんだい?
公爵も味方についてくれたし、彼女が自由になる日も近い気がして俺はつい妄想に耽ってしまった。
その間に、ユリウスは悪魔アモンの説明をしていたらしい。
「悪魔アモンね。女王が国民の命を悪魔との取引に使うとは……。やはり女王の器ではない。国民の命と生活を守るためにも何とかしなくては……」
公爵が悔しそうに爪を噛みながら独り言ちた。
二人が真面目な話をしている時にユリアのことを考えてぼーっとしていた自分が恥ずかしい。
照れ隠しに咳払いすると、ユリウスが俺を見ながらウインクをした。
……やっぱり見透かされている気がする!




