女王の秘密
*またルキウス視点です。しばらく続きます。
低めながらそれなりに安定した時間がゆっくりと流れていき、俺たちの生活にも少しばかりの変化があった。
例えば、母さんが予想した通り弟のラザルスは鳥使いとして王城で働き始めた。鳥だけでなくどんな動物も手なずけてしまう驚くべき才能を持っている。
ユリウスは伝令や使者としての仕事に加えて外交関係の仕事も任されるようになったらしい。女王にも気に入られているとの評判だ。
すっかり成人した堂々たる美丈夫のユリウスは女性に大人気で常に熱い視線を集めている。
兄さんは全てにおいて如才なく女性へのマナーも完璧だ。歯が浮くような台詞も聞いたことがある。
俺には絶対にできない……さすが兄さんだ。
あれほど女性を惹きつけるのに、兄さんはこれまで恋人を作ったことがない。
理由を尋ねると笑ってはぐらかし、逆に俺に質問してくる。
「お前こそどうなんだ? 無愛想で目つきは悪いが、寡黙で凛々しい美男騎士だと令嬢たちが騒いでいるぞ。」
「なんだそれ? 半分以上悪口だろう。それに俺は女には興味ない」
「そうか……」
ユリウスは複雑そうな表情を浮かべ、それ以上は何も言わなかった。
***
ある日、ユリウスが俺とラザルスを母さんの住む家に呼びだした。母さんは王城を去り、かつて父さんと暮らしていた昔の家に戻っている。
最近まで兄さんは仕事で王城を留守にしていた。
「ユリアの魔力を搾り取る秘密は彼女の腕輪にあるらしい」
ユリウスはいきなり直球で話を切り出した。
「……腕輪? 確かにいつも手首に腕輪をつけているな」
俺が言うとユリウスがコクリと頷く。
「腕輪は絶対に外れないそうだ。それにユリアは誰とも話ができない。それも腕輪の力だ」
「……王太子とは話をしているが?」
「女王が許した人間だけが話ができるようになっている」
苦々しくユリウスが答えた。
やけに便利な腕輪だな。女王が作ったのか?
「ユリアが赤ん坊の頃に、何かに怯えて逃げるように城を去った女王付きの侍女がいると聞いてね。ずっと行方を探していたんだが、今回仕事のついでに彼女に会うことができた」
ユリウスはたまに秘密主義になる。そんな話は全然聞いていなかったぞ。
「その侍女が何か知っていたのか?」
「そうだ」
ユリウスは真剣な顔で頷いた。
「彼女はたまたま女王と鏡の会話を聞いてしまったらしい」
「……女王と鏡の会話?」
それまで黙っていたラザルスが口を挟む。
「ああ、女王は魔法の鏡を持っている。女王の間に壁に大きな鏡がかけられているだろう? これまでも女王と鏡の会話を漏れ聞いた者は少なくない。ただ、その侍女は悪魔が召喚された時に偶然盗み聞きしてしまったそうだ」
「悪魔!? あの魔女は魔物だけでなく悪魔との付き合いもあるのか?」
魔女というのは魔法が使える女性のことで、あくまで人間だ。しかし、悪魔は全く違う。そもそも人間ではない。
人間の魂を喰らい、人の心を弄び命を奪う恐ろしい魔の存在という噂だ。
「女王と悪魔の取引を聞いてしまったそうだ。恐ろしさのあまり、侍女は城を辞めて故郷に帰ってひっそりと暮らしていた」
ユリウスは悪魔と女王の取引について教えてくれた。
くそっ! ユリアのことを家畜みたいに扱いやがって……。
怒りで我を忘れそうになるが冷静さを失ってはいけない。そう自分に言い聞かせる。
「その侍女は辞める前、仲の良かった同僚に『あなたも悪魔に魂を取られる前に逃げた方がいい』と忠告したそうだ」
なるほど、それでユリウスの耳にも入ったんだな。それにしてもユリウスの探索能力は卓越している。
ただ、悪魔との会話は女王にとっては極秘事項ではないのか? 随分杜撰だな。
「女王はその侍女をあっさりと辞めさせたのか? 秘密を知っているかもしれない使用人なのに?」
俺の質問にユリウスは苦笑いした。
「まぁ、女王だからな」
ユリウスは何と説明して良いか分からないようで珍しく口籠った。
「なんというか、女王は……傲慢で狡猾だが、短絡的で世間知らずなところがある。使用人などという卑小な存在が自分を脅かすとは想像もしていない。明らかな脅威となると別だが……。使用人や国民は自分の意のままに動く奴隷であって脅威ではないんだろうな。付け入る隙があるから鏡に利用されているんだろう」
「鏡が?」
怪訝そうなラザルスの顔が可愛くて、俺たちは思わず吹き出してしまった。
「な、なんだよ! 笑わないでよ!」
焦るラザルスはとても可愛い弟だ。
「すまんすまん」と言いながら、ラザルスの頭を撫でるユリウスの目にも愛情が溢れている。
しかし、すぐに表情を引き締めて話を続けた。
「正直、女王よりも鏡の方が手強いと思っている。だが、女王は最近調子に乗っていて鏡の助言に従っていないようだ。女王は追従や世辞が大好物だからな。周囲の甘言にのせられて鏡の力など必要ないと有頂天になっている」
「煽てているのは兄さんもだろう?」
多少皮肉を込めて言うと、ユリウスはニヤリと嗤った。
ああ、兄さんを敵に回しちゃいけないと思うのはこんな時だ。味方になるとこれほど頼りになる存在はいないが。
女王は私利私欲のために国民を悪魔アモンに売り、ユリアから魔力を搾取している。
……なんでこんな女王を戴かないといけないのか?
怒りと憎悪がつのるばかりだが、ユリウスは心配そうに俺を見つめた。
「ルキウス。気持ちは分かるが王城では誰が見ているか分からない。嫌悪を表情に出さないように気をつけろ」
「分かってる」
ユリウスは俺の素っ気ない返事に苦笑いした後、ラザルスに向き直る。
「ラザルス、お前には北の辺境伯のところに行ってもらいたいんだ。辺境伯領のトラキアは環境が過酷で、あまり豊かな地域ではないのだが……。いずれ俺たちもユリアを連れてそこに逃げようと思っている」
突然のユリウスの言葉に、俺とラザルスは驚いて顔を見合わせた。
「……北の辺境伯って前王の確か……甥だったか?」
俺の言葉にユリウスは力強く頷く。
「ティベリオ・トラキア辺境伯。ルキウスの言う通り、前王の甥だ。彼は元々女王を嫌っている。ここだけの話だが、ティベリオ様は自分の両親を殺したのは女王ではないかと疑っているんだ」
「つまり、前王の弟君とその奥方を?」
「そうだ」
俺とラザルスは息をのんだ。その間にもユリウスは話し続ける。
「それに辺境伯領は北方の敵国であるムア帝国との国境にある。だから、国軍が常に配備されているし、守りも強固だ。辺境伯領の騎士団は王都の近衛騎士団よりも強いという噂もあるくらいだ」
その噂は聞いたことがある、と俺は頷いた。
「ただ、領地は土地が痩せて人々は厳しい生活を送っている。旱魃と洪水が交互にくるような自然災害が多い土地柄だ。自領の運営で手一杯だから反抗なんてできないだろうと女王は侮っている。ただ、今回仕事のついでに辺境伯にも会ってきた。ユリアを救出した後、俺たちをかくまってくれるそうだ。辺境伯との連絡を密に取りたい。お前が辺境伯のところにいてくれれば……」
「鳥たちが連絡役をしてくれるからな!」
ラザルスが誇らしげに叫ぶ。
「そうだ。まだ子供のお前に他領に行けというのは酷な話だが……」
ユリウスが言いかけたところで突然部屋の扉が開いた。
「あら。それだったら私も一緒に行くわ」
母さんが高らかに宣言した。俺達の話を聞いていたのか!?
「「「母さんが……!?」」」
俺たちが呆然とする中、母さんは朗らかに言った。
「だって、ユリアと一緒に辺境伯のところに来るんでしょう? そこで待っていたらまたユリアと暮らせるのよね?」
……なるほど。またみんなで辺境伯のところで暮らしても楽しそうだな、と一瞬、脳みそが妄想で飛んだ。
ユリアと暮らす日々……。
朝起きたら可愛いエプロンなんかつけてるユリアが笑顔で迎えてくれる。
「おはよう! ルキウス、朝御飯できてるよ!」
なんて……(照)。ユリアの料理は抜群に美味かったからなぁ。
はっ、まずい。幸せな妄想に顔が緩んでいたかも、と不安になって周囲を見回すが、誰も気づいていないようだ。慌てて顔を引き締める。
「そうだな。良い考えかもしれない。具体的な手配は任せてくれ!」
ユリウスはしばらく熟考した後、頼もしく胸を叩いた。




