護衛騎士の想い
*ルキウス視点です。話が遡ります。ルキウスが王太子の専属護衛になったばかりの頃の話です。
ユリアが王宮に連れ去られて三年が経った。
死に物狂いで訓練に明け暮れ、剣技で近衛騎士団の団長を倒した俺はようやく王太子の専属護衛に任命されることとなった。
我が家では今でも主役不在の中、家族でユリアの誕生日をお祝いしている。
母さんは目に涙を浮かべながらユリアが考案した料理を作り、彼女の無事を祈っている。みんなで幸せに過ごした日々を思い出すと切なくて胸が苦しくなる。
王宮の彼女にお祝いしてくれる人はいるのだろうか?
ユリウスが集めてきた情報によると彼女はほとんど食べ物を与えられず幽閉され、魔力を吸い取られているらしい。
ガリガリに痩せてしまったと聞いた時は、怒りに身が震えたものだ。
早く彼女を救い出したい。何なら今すぐ王城に忍び込んで彼女を攫ってくると熱くなる俺と対照的に、ユリウスはあくまでも冷静だった。
「ユリアはお前の身を危険に晒してまで助けてほしくない、と言うぞ。それに彼女も危険に晒す。冷静になれ。ルキウス」
ユリウスに言われて、はっと我に返った。深呼吸をしながら、感情的になった自分を恥じる。
そうだ。今は冷静にならなければ。
まずは直接ユリアの様子を確認することが重要だと言われ、俺は死に物狂いで剣術の訓練に打ちこんだ。
そして約三年後、ようやく王太子の護衛になれたのだ。
王太子に同行し、初めてユリアの部屋を訪れた時のことはガチガチに緊張していてほとんど覚えていない。
「これまでの護衛はユリアに同情的な態度を取ってクビにされてきた。だから、極力感情を抑えろ」
「大丈夫だ。俺は元々感情の起伏がないし、ユリアには無関心だったから」
ユリウスの忠告に偉そうに答えていたが、いざ三年ぶりにユリアを見ると頭にカーっと血がのぼった。
想像していた以上にやせ細り、立ち上がるのもやっとというユリアに怒りに我を忘れてしまいそうになったが、こっそり深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
王太子をぶん殴りたくなる衝動を抑えるために、ユリアに視線を向けないようにする。
ユリウスからの情報によると、ユリアのために食べ物を持ち込もうとした侍女や護衛はすぐに見つかってクビになったらしい。
小さくて目立たないものなら持ち込めるかもしれないと言われて、俺は小さなアーモンドチョコレートを包んで袖の中に隠し持っていた。
王太子がユリアと向き合ってお茶を飲んでいる隙に密かに袖に隠していたチョコレートを空の花瓶の中に落とし込んだ。
どうか気がつきますように、と祈るような気持ちだった。
これが上手くいったら、次回からも少しずつ甘いものを運んでこよう。
ユリアは弱々しくて腕も小枝のように細い。昔の健康的だった姿を思い出すと、涙が出そうだ。
でも、ユリアは不思議とその美しさを失っていなかった。
金色の瞳で真っ直ぐに王太子を見つめながら、穏やかな微笑みを浮かべるユリアは天使のように美しく、金色に輝く髪の毛は肩から腰にかけてしなやかに波打っている。
ユリアに見惚れて溜息が出そうだったのを慌てて堪えた。
王太子は彼なりにユリアに惹かれているのだろう。自慢話で彼女の気を引こうとしているが、ユリアは興味なさそうだ。そんな彼女の態度に王太子が焦れてきているのが分かった。
『ユリアを責めるな。お前の話は退屈なんだよ!』
ユリアは、王太子のつまらない話にも嫌な顔一つせず、黙って頷きながらそっとカップに口をつけて紅茶を味わっている。
ふらふらして細い体が安定しない。座っているのも辛そうだ。可哀想に……。
何もしてあげられない自分が不甲斐なくて歯がみしていると、ユリアがはぁっと溜息を吐いた。
即座に『しまった!』と思った。
王太子は激高して立ち上がると、思いきりユリアの頬を殴る。俺は怒りにまかせて王太子を切り捨ててやりたい衝動に駆られた。
お茶が床に零れ、カップやソーサが床にぶつかって砕けた。
ユリアは頬を押さえて床に蹲っている。
「俺の話がそんなにつまらないか!? せっかくお前に話しかけてやっているのに、俺の話の最中に溜息なんて吐くな!」
こいつを心の底から殺してやりたい。
しかし、今は怒りを表に出してはいけない。死に物狂いの努力をして勝ち得た護衛の座だ。ユリアを救うためにも今クビになる訳にはいかない。
荒れ狂う憤怒を何とか隠し、まだ何か喚いている王太子を宥めながら部屋から出ていった。
俺のこの態度は正解だったらしい。その後も俺は解雇されることなくユリアの部屋についていくことができた。
その度に小さなお菓子を落としていく。
心なしかユリアの表情が明るくなってきたようで心が弾んだ。
表情には出さないように気をつけたが、ユリアがたまに俺に視線を送る時があって、その度に胸がどきんと高鳴った。
王太子の後について王城を歩いている時に、ユリアの視線を感じることもあった。
常にユリアの部屋を意識しているので、周辺視野で窓際に誰かが立っていたらすぐに気がつく。
『まさか……俺を見ているのか?』
そう考えると全身が熱くなる。ユリアの視線を感じるだけで、嬉しいような恥ずかしいような、でも背筋がピンと伸びるような不思議な気持ちになった。
ユリアは俺のことをどう思っているんだろう?
もう嫌われていないといいな……。
たまに王太子もユリアの視線に気がついて、窓辺のユリアに向かって手を振ることもあった。
ユリアが王太子に好意を持っていないことはさすがの俺にも分かったが、王太子はユリアを気に入っているらしい。
好きな女の子に何故あんな酷い仕打ちができるのかは理解不能だが、奴がユリアに辛く当たるのは彼女の関心が自分にないことに苛立っての行動かもしれない。
そう思うとほんの僅かだが同情心は湧いてくる。片思いは辛いものだよな……。
もちろん、ユリアを殴ったことは一生許さないが。
***
「ようやく協力してくれる宮廷医師が見つかった」
ある日、ユリウス兄さんが嬉しそうに言った。
ユリアの食事を増やすことがまず第一で、そのためには医師からの指示が最も効果的だろう。
今のままではユリアの命が危ないと警告すれば、あの女王でも食事を増やす許可を出すかもしれない。
俺とユリウスは相談して『死にそうなくらい重い病気のふりをしてくれ』という手紙をチョコレートの包みに入れた。
幸い、俺たちの企ては上手くいき、ユリアの食事の量は増え、健康状態が大きく改善した。
外を散歩することも認められて、王太子の護衛をしながらユリアと一緒に出歩くことができる幸運に心から感謝した。
王太子がいつもユリアの手を握っていることだけは腹立たしかったけど。
でも、散策をする時のユリアは心から幸せそうだった。
少しずつ体重が増え、健康的になっていくユリアの愛らしさは言葉では言い尽くせない。
世の中にこんなに愛らしい存在があっていいのか?
犯罪級に可愛らしい。心を奪われて絶望する男たちが続出するだろう。
俺もその一人か……と自嘲した。
花に顔をほころばせるユリアに見惚れて、仕事を忘れてしまいそうな時もある。
幸い、俺よりも王太子の方が口をポカンと開けて見惚れていたので、怪しまれることはなかった。
食事は改善されたが、ユリアへのお菓子の差し入れは続けることにした。
彼女へのメッセージも書くことにした。俺たちはずっと彼女の味方だと伝えたかったから。
本当は彼女が喜ぶようなことを書きたかった。
何か気の利いたことを……と唸りながら考える。
『顔色が良くなって君はますます可愛くなった……』
書きかけたところで紙を破いた。
俺には無理だ。女の子を喜ばせるような言葉が出てくるはずもない。
一時間も紙とペンを前にうんうん唸りまくって、結局ありきたりでつまらないことしか思いつかなかった(撃沈)。




