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塩対応の騎士が甘すぎる  作者: 北里のえ
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新しい護衛

私が八歳になった時、王太子クレメンスの専属護衛がまた変わった。


当然だが、クレメンスの護衛は私の部屋に入る機会がある。


これまで何人もの護衛が私の様子を見て、顔を顰めたり、同情するような顔つきになったりしたが、その度にクレメンスは怒って彼らを解雇し、新しい護衛を雇った。


ガリガリにやせ細り寝たきりの私を見て同情するのは人として当然だと思うよ。


中にはこっそり食べ物を渡そうとしてくれた護衛もいたが、彼もすぐにクビになってしまった。


今度の護衛はまだ若いな、と顔を見た時に気がついた。


……ルキウス?


背が物凄く伸びたから最初気がつかなかった。


会うのは三年ぶりだけど、サラサラの黒髪の隙間から覗く蒼い瞳と、無愛想だけど端整な顔立ちは間違いなく一緒に育ったルキウスだ。


でも、彼は完全に無表情で私の方を見ようともしない。


私のことなんか忘れちゃったのかな? まぁ、元々好かれてなかったし、仕方ないね。


ズキズキする胸の痛みを何とか落ち着ける。暗い顔をしちゃいけない。


クレメンスは相変わらず自慢話ばかりで退屈だが、美味しいお茶が飲めるのはこの時間だけなので、黙って頷きながらそっとカップに口をつけた。


……ああ、お腹が空いた。


お茶と一緒にクッキーとか、焼き菓子とか、そういうのをつけてくれないのかな?


考えても詮無いことだなと思ったら、つい溜息が出てしまった。


しまった!と口を押さえてももう遅い。


クレメンスは激高して立ち上がると、私の頬を張り倒した。


お茶が床に零れ、カップやソーサが床にぶつかって砕けた。


私は頬を押さえて床に蹲る。


「俺の話がそんなにつまらないか!? せっかくお前に話しかけてやっているのに、俺の話の最中に溜息なんて吐くな!」


喚き続けるクレメンスをルキウスは宥めながら部屋から出ていった。


すぐに侍女が入ってきて、手早くお茶や壊れた茶器の掃除をすると、私を優しく助け起こして、着替えを手伝ってくれる。顔に冷たいタオルを当てて、叩かれた頬も冷やしてくれた。


侍女は、私がベッドに横になったのを確認すると、丁寧にお辞儀をして部屋から退出した。


彼女は新しい侍女で確かアガタという名前だったと思う。若いが優秀な侍女で、いつも優しく接してくれる。


私と話すのは禁じられているので言葉はないが、視線にいつも同情というか慈しみを感じるので、彼女がいてくれて良かったと心から感謝した。


頬を押さえて再び溜息をつくと、ココとピパが現れた。


「大変だったね。可哀想に……」


ピパが私の頬を撫でる。


「あいつ! 女の子の顔を殴るなんて本当に最低だな!」


ココは怒り狂っている。


二人の愛情が身に沁みて、ちょっと泣きそうになった。


「そういえば、ユリア。あの新しい護衛はルキウスだよね?」


ピパの質問に私は熱心に頷いた。


「そうよね! 私もそう思ったの。でも、私のこと覚えてないのかもしれないわ」

「いや、あいつさ、床に置いてある花瓶の中に、何か袖から落として入れてたよ」


ココの言葉に慌てて装飾用の空の花瓶を覗いてみると、そこにはいわゆるキャンディ包みされた何かが入っていた。


包みを開けると、そこにはチョコレートが入っていた。


……チョコレート!!!


ココとピパが食べても大丈夫だと思う、と言ってくれたので、思い切って口の中に入れる。


夢にまで見た甘いチョコレートが口の中一杯に広がる。


まさに夢のようだ。泣きそう……。


チョコレートの中心にはなんとアーモンドが入っている。


アーモンドを歯で砕く感触も心地よい。


美味しい。美味しすぎる。


夢のように淡く消えてしまったが、口の中にずっとチョコレートの甘さは残っていた。


***


それ以来、クレメンスの来訪が楽しみになった。護衛のルキウスも一緒だから。


ルキウスは完全な無表情で絶対に私の方を見ないけど、帰った後花瓶を見ると必ず何か入っていた。


キャラメルとかチョコレートとかキャンディとか。


これより大きい物はきっと隠して持ちこめないんだろうな、と思う。


それでも、私にとっては有難い速効性のあるエネルギー源だ。


砂糖の主成分であるショ糖はブドウ糖に分解され、精神的安定をもたらす神経伝達物質であるセロトニンの分泌にも役立つとされている、なんて教科書みたいなことを思い出した。


夜遅くまで仕事して疲れた時、砂糖や蜂蜜入りのホットミルクが脳をリラックスさせてくれるのには理由がある、って前世で鴨くんが言っていたなぁ。


確か牛乳に含まれる蛋白質も有効で云々って蘊蓄を聞いた記憶もある。


彼は栄養学にも興味があったみたいで、プロテインの話なんかもしょっちゅうしていたなぁ。いや、あれは筋トレ・マニアだったからか。


そんな彼の話を聞くのも楽しかった……。


『懐かしいな』と、ふと唇をほころばせた。


『お腹空いた』以外のことを考えたのは久しぶりな気がする。


ルキウスは私を覚えていて助けようとしてくれているんだ。


そう思っただけで驚くほど気力が湧いてきた。


エミリア、ユリウスやラザルスも元気だろうか?


気がつくと私は窓から外を眺めて、ルキウスの姿を探すようになっていた。


たまにクレメンスの後をついて歩くルキウスを見かけると、その日は気持ちが少し高揚する。


ルキウスは少し見ない間に、すっかりカッコよくなった。背が高くなったし、姿勢が良いから立ち姿も美しい。黒髪に蒼い瞳もエキゾチックな雰囲気で前世のアイドルか役者さんみたいだ。


相変わらず何を考えているか分からないけど……。


窓から眺めていると、ルキウスは絶対にこっちを見ない。でも、クレメンスが私に気づいて手を振ってくることがある。


後で面倒くさいので笑顔で手を振り返すと、クレメンスは満足気な表情を浮かべる。


クレメンスの感情も良く分からない。彼は私をどう思っているのかしら?

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