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背中に募る

***

 

 最近、冬子の様子がおかしい。いや、様子がおかしいのはいつものことなんだけど、上の空っていうか、何かが変なのだ。

 今日の朝だって、食いしん坊のくせに朝ご飯を食べないし、前髪の分け目はいつも左側なのに、右側に分けようとして上手くいかず、変な風になっていたから直してあげた。

 なんたってうるさくないのだ。そして、洋季の話をしない。

 私にはその感情はわからないけど、家に居る時に一日一回は洋季の話を楽しそうにするし、なにより冬子の洋季に向ける視線は他の人に向けるものと違っているな、とは知っていた。

 明保ともいつもキャンキャンやっていて仲はいいけど、それとはまた別だ。明保に対してあんな顔はしない。洋季にしか取り出せない冬子の表情があるのだ。


 おう菜津、と後ろから声がした。明保だ。

「なあ今日もお前らの家行ってもいいか。晩飯一緒に食おうぜ」

「今日は女の子の家行かないの」

「俺だって毎日毎日盛ってるわけじゃありません」

「あ、でも今日はだめだ。冬子と話したいことあって」

 というと明保は大げさに、ショック、と胸を押さえた。

「俺居たらできない話なんですか。そんな秘密あっていいんですか。って嘘嘘。冬子、最近様子変だもんね。いつも変だけど」

 冬子のこと頼んだよ、と言い残して明保は近くにあるトイレに入っていった。


 家に帰ると、冬子はいつものように晩御飯を作っていた。

「あれ、今日は誰も来ないんだ。いつもの調子で作っちゃったから量多いな。また太る」

 冬子は出来上がったご飯を並べてくれた。

「ありがとう。で、さ、今日は二人で飲まない。お母さんがおすすめのワインくれたの。二本も」

 冬子はいいねー、と言ってグラスを出してくれた。


 「冬子、最近なんかあった」

 一本目のワインの量が三分の一くらいの量になったとき、聞いた。

 特にないよ、と言って話題をそらそうとしたので、もう一度聞いた。

「洋季となんかあった」

 冬子の目がこっちを向いた。

「あ、いやうん。なんかあったっていうか」

 歯切れ悪そうにするので、私から話始めることにした。

「私そういう感情わからないから、間違ってたら言ってほしいんだけど、冬子は洋季のこと、恋愛感情として好き、なのかなって思っていたんだけど」

「言いたくない。口に出した瞬間本当になるから」

 私はそれを肯定だと受け取った。

「うん、わかった。言わないでいいよ。私が知っておく。冬子の代わりに覚えておくから。でも洋季と何があったかだけ教えてほしい」

「あーっと、うーんっとね、洋季の鎖骨にキスマークを見つけたの。本人に確認したわけじゃないんだけど、多分そうだと思う。洋季は男の人が好きなんじゃないかなって、明保の事が好きなんだろうな、って思ってたんだ。そりゃあわかるよ。私が一番洋季のこと見てたんだからさ。でも、明保は生粋の女の子好きでしょ。だから付き合うことはないだろうし、洋季は私のことは好きにならない。だからこのままでいるのがずっとそばに居られる方法だって思ってたんだけど、まさか見ず知らずの人に掠め取られるんだもん。私馬鹿だよね。その可能性を微塵も考えていなかっただなんて。しかも自分の感情に蓋したつもりで、結局自分に嘘つけなくて、この有様だよ」

 冬子は淡々と話して、はらはらと涙をこぼした。私は冬子の手を掴んだ。

「そういうことか。辛かったよね。私こんなだから気づけなくてごめん。言いたくないこと言わせてごめん。何ができるとかじゃないんだけど、冬子が苦しんでいるのを見てるだけなんてのは嫌だからさ、なんかあったら話してほしいよ。私が悩んでるとき、冬子は絶対に助けてくれるでしょ。それと同じだよ。これからどうしたい」

「どうもしない。まだこのままで居たい。洋季にも明保にも、誰にも言わないでほしい」

 わかった、と私が言うと、冬子はワインをグイっと飲んだ。だから私もグイっといった。

 冬子がぐしゃぐしゃな顔で笑うもんだから、その顔をティッシュで思いっきり掴んでやった。

 冬子が洋季を一番に見つめている間は、私が冬子のことを見ていよう。冬子が自分を見失っても大丈夫なように、私が覚えておいてあげなきゃ、と思った。


***


 明保との殴り合いの時、俺は明保に好きだ、と言った。

 そうすると明保は、冗談だろ、冗談って言え、と言ってきたので俺は、うんごめん冗談だよ、と言った。そうして俺は失恋した。

 その後すぐに冬子と菜津がやってきた。どうしようかと思ったが、俺は上手く笑えてたと思う。というかなんだか笑えてきた部分もあった。

 その時はどんな形であれ一緒に居られればいいと思ったのも本当だ。

 明保とはあれ以来、そのことについては話していない。

 ただ誤算があったとすれば、俺の明保に対しての想いが日を増すごとにギラギラとした欲望に変質していったことだった。抑えられなくなる日が来るんじゃないかと、怖くなった。

 そんな時に声をかけられた。「君、ゲイでしょ」と言ったその男の人は、バイト先にたまに来るお客さんだった。

 最初は無視していたけどしつこく口説いてくるのでなんとなく流されて仲良くなった。話も面白いしいい人だ。

声をかけられてから何か月か経った頃、バイト終わりに一杯奢ってもらって話をした帰り、俺はこの人に抱かれた。その時俺は目を瞑った。

 明保への想いから逃げたのだ。

 俺は好きな人がいる、と言っても、それでもいいよ、と言うので、この関係は今も続いている。こうして欲望との均衡を保つことで、みんなと一緒に居られるんだから仕方のないことだ、と自分に言い聞かせた。


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