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洋季と明保

 ***


 週一で四人全員の講義がない時間が一限だけあった。その日はなんとなくぽろぽろと食堂に集まるというのが恒例になっていた。

「あー肩痛い。いってえ。そういえば洋季バイト決まったの」

 明保は肩を回している。

「そういえばみんなに言うの忘れてた。カフェバー決まった。海外の方も来るとかで英語話せる方がいいんだって。その方が時給も高いし」

「ちょっと待って洋季、英語話せるの」

 グイッと乗り出して聞いたのは菜津だ。

「一応ね。祖父がオーストラリアの人なんだ。だから訛りとかはあるかもしれないけど、住んでたこともあるし一応話せるよ」

 なるほどな、と洋季以外3人の声は重なったのは言うまでもなく、洋季が美形の秘密の一端をクォーターという事実で理解したからだ。

「何みんな声そろえて…」

「あーきーやーすー、やっと見つけた。何してんの?てか何その女。私たち付き合ってるんじゃないの?連絡も返してくれないし、どういうこと」

 怖い。謎の女の出現だ。

 しかも私のことは眼中に無く菜津を睨みながら言ったぞ、「この女」って。あからさまの圏外も大概にしろよ。

しかし女の眉間のシワが超新星みたいになってるけど、私は知らんぞ。明保あんた何したんだ。

「えーごめんね。なんか俺そう言う感じの重いのダメなの。君の事可愛いと思ってたし、好きかなって思ったんだけど、何回かデートして一回やっちゃっただけだし、付き合ってたワケじゃないというかなんというか…おいお前ら逃げるぞ」

 どういうこと、え、どういうこと。私も洋季も菜津もぜんっぜんわかってないけど、逃げるの。逃げていいの。

「ほら、早くしろ」

 わかった、と明保の号令で何故か私たちは逃げることとなった。

「はあ、はあ、明保何事だよまったく」

 菜津が中庭のベンチに寝転がる。

「いんやーごめんね本当。俺女の子大好きなんだけど、めんどくさい事嫌いでさ。また失敗しちゃった」

「それって女の子好きなだけでその人の事は好きじゃないんじゃないの」

 洋季は消えそうな声で言った。でもしっかり聞こえていたし、他の二人もそうだったと思う。

 ただ明保は、うん、とだけ言った。菜津はいつの間にか寝ていた。日差しが強くて暑い、暑い夏のはじまりの日だった。


***


 俺がマジョリティの中に入れていない事は、中学生の頃には気づき始めていた。別にそういうふうな目で見ようと思った事はないけど、やっぱり意識はしてしまうのだ。

 別に女の子になりたい訳じゃない。女の子の柔らかそうで丸い肌よりも、男の骨張った首筋や腕の筋肉に目がいってしまう。しかし俺がどれだけその身体を欲し、自分のものだけになるその景色を想像しても、いとも簡単に連れ去られてしまう。

 その柔らかくて丸い存在によって。

 どれだけ近づこうとも、何を共有しようともそれは変わらないのだ。

 好きな人なんていない方がいい。知らなければいい。わかってはいた。

 あの時、一瞬にして明保に目を奪われた瞬間、世界が輝いたと同時に闇の中に一歩ずつ足を踏み入れていく俺に誰か気がついているだろうか。

 日に日に目を背けることが困難になっていくこの欲望を、俺はどこまで持っていけばいいのだろうか。

 まだ、このままで居たい。どうか気づかれませんように。

 一限目の内容は全然頭に入らなかった。

 バイト中も上の空になってしまってグラス何個も割るし、最近の俺はだめだな。

 次の講義は、えっと、一階か。気を引き締めていこう。

 階段を降りたところで、おはよー洋季、と俺の心を揺さぶってどうしようもないその人の声が聞こえた。

 今は会いたくなかった。


***


 二限目からだから間に合いそうだな。

 あいつらどこにいるかな。昼休み食堂行ったらいるか。

 昨日と服一緒なこと突っ込まれるんだろうな。特に冬子だ。あいつアホだから。

 隣にいる女の子、えーと、名前なんだっけ。まあいいや。

 でもあいつらに迷惑かかんないように後腐れだけは無いようにしなきゃな。

 なんで俺はこんなに女の子が好きなんだろうか。

 この間洋季に言われた事は当たっている。俺は誰のことも好きじゃない。あまり物事にも執着しない。ただ俺のこと好きって言ってくれるから、好き、だと思う。

 でも洋季や冬子、菜津は俺のこと好きにならないから居心地がいい。楽で居られる。

 これまではあまり人とつるむ事とかはなかったけど、この何気ない温かい環境の中にいるのは悪くないな、と思っている。

  この女の子はいつまでついて来るのだろう。

「次講義無いの」

「無いよー。だから送っていこうと思って」

 女は腕を絡ませてくる。歩きにくいから離れてくれないかな。

 あ、洋季だ。

「おはよー洋季」

「おはよう。女の子連れてる。好きだね」

 洋季は目を合わせようとしなかった。

「なんだよ羨ましいのかあ」

「ははっ。全然羨ましくないわ。じゃあ俺行くわ」

 様子がおかしい、普段から愛想はないが俺に対してこんな乾いた笑い方するやつじゃない。俺が昨日と同じ服を着ていようともだ。

「おい、どうした。なんかあったか」

「別に」

 洋季は顔を背けた。

「なんでもないならなんでそんな顔してんだ」

 俺は洋季に手を伸ばす。

「もう、だからなんでもないって。俺はただお前が」

 俺が伸ばした手を振り払い、一瞬驚いたかの様な顔をした洋季は逃げた。走り出したのだ。

「おいちょっと待てって」

 俺も走る。

「なんで追いかけて来るんだよ」

「なんでってお前が逃げるから」

「はあ、はあ、いいから、女の子のとこ戻れって」

「やだ」

「なんで」

「お前の方が圧倒的に大事だからだ。はあ、名前も知らない女の事なんてどうでもいいわ」「うるせえ」

「はあ、うるせえって、はあ、お前ふざけんなよ」


 やっと追いついて洋季の腕を掴んだ時はもう外に出てしまっていた。

 洋季は振り払おうとするので、手に力を込めた。そうすると洋季は掴まれていない方の手で俺の肩を強く押してきたので、思わず右手で洋季の頬を殴ってしまった。

 あ、やばい。どうしよう。というかこの人怖いんですけど。目つきが俺を殺しそうだ。




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