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出会い

 例えば人生の出来事がひと段落つく事を物語においての完結だとするならば、エンドロールにはどんな音が流れるのだろうか。そもそも完結という名の区切りに気付くのだろうか。関わっている人たちのエンドロールはどんな音が鳴るのだろうか。ただハッピーエンドの確率は著しく低いだろうという事だけはなんとなくわかっているつもりだった。それでもまだ幼かった私は、なんだかんだ明日を信じて疑わなかった。


***


 入学後すぐにある全学部共通のオリエンテーションの時、隣に座ったのが藤野洋季だった。

 すっごい綺麗な人、それが彼に対しての第一印象だった。

 地方からやってきていて友達もいなかった私たちは漫画や音楽の話を通してすぐに仲良くなった。やっと大学生活に慣れてきた頃、もう早連休だ。ゴールデンウィークがやってくる。

 洋季と私は地方から来ているものの実家から大学はそんなに遠くないので今回は帰省をしないという選択に自然に落ち着いた。

 入学して以来、ぽつぽつと知り合いと呼べる程度の人間関係は出来ていたが、みんなは帰ったり帰らなかったり、それぞれだ。

「ねね、冬子、連休何するの」

 洋季は食堂のテーブルに腕を乗せて脚を組んでいる。絵になる。

「あ、そうそう。あのアニメの映画、公開するから観に行こうと思うんだよね」

「もしかしてあの子供向けのやつ?俺も実は観たくてさ」

「ほう。意外。あれ好きって言うの男子結構ハードル高いよね。隠してる人結構居ると思う。なんせ可愛い系だからね」

「そうなんだよー。初めて人に言った。冬子は趣味似てるから言いやすいんだよね。偏見とかなさそうだし」

 彼は時々しか笑わない。。

「私も、趣味合う人に出会えてよかったよ。もうさ、友達できるかめちゃめちゃ不安だったからさ。で、いつにしようね」


***


 もう五月だもんな。早いな。暖かくなってきた。天気も良いし空が青い。昼間は上着もいらないくらいだ。

 地下鉄の階段を上がると、出口の右側に洋季が立っていた。おいおい、白Tシャツに黒パンツでこれかい。このおしゃれ感出ちゃうのかい。流石だ。

「洋季、おはよう。待たせて悪いね」

「俺も今来たばっかり。行こ」

 一瞬振り向いたと思えばすぐに歩き出した。彼は基本無口だ。興味のある事には急に饒舌になったり、静かになったと思えば何か言いたいことを頭の中で整理するみたいに黙り込んで、何を考えてるのかわからない時も多々あるのだ。

 今は心なしか歩く足が弾んでいるように見えるので、恐らく映画が楽しみなのだろう。


 エンドロールが終わり、室内に灯りが着いていく。

洋季はパッとこちらを向きキラッキラした目で見てきたものだから、私は深く頷いた。うん。わかるよその気持ち。すっごい良かったよねキャラ可愛かったよね。というか泣いてたよね。ティッシュ欲しそうだったから阿吽の呼吸で渡しちゃったよね。

 そうして感想を心の中で昇華し観賞後のあれやこれを話すその時の為に私たちは無言でロビーまで歩いたのだった。


「あれー、見たことある。大学一緒だよね」

 声の主は自動券売機側から歩いてくるようだ。切長の目をしたその男は私と洋季の前で立ち止まった。二人とも内弁慶なもんでおどおどぶるぶるしてしまう。馴れ馴れしい人に免疫がないのだ。

「ごめんねいきなり。俺、杉田明保。法学部一年だよ」

 ここは無口な洋季に代わって私が繋がなければ。

「ど、ど、ど、どうも初めまして。柳冬子と申します。え、えっとこちらは」

「知ってる。藤野だよね?藤野ヒロキさん」

 真っ直ぐ届く視線から逸らした洋季の目の色が輝いたのがわかった。先刻のキラキラよりももっと奥底からくるキラキラだなとなんとなくわかった。

「うん。なんで知ってるの」

 いつも通り初対面の人と話すときの仏頂面だが心なしか弾んだ声、そわそわ動く手、どうした。

「いやさ、ヒロキ、さん」

「洋季でいい」

「じゃあヒロキお前さ、イケメンで背高くて女子たちの間で話題になってるんだよ。知らなかったか。で、隣のトーコさんもいつも一緒にいる子って感じでちょっとね、女子がね、騒いでて。本当は知ってたんだ。ごめんね。あ、俺のこともアキヤスって呼んでよ。で、さ、二人は付き合ってるの」

 ニヤッとした。この人ニヤッとした。しかも顔覗き込んでくるし。苦手なタイプかもしれない。

「付き合ってないよ。俺たちは友達あんまいなくてさ。気合うし今のところ友達と呼べるの冬子しかいないし、いつも一緒に」

 おっと口調は優しいし冷静だけど否定したい感が満載に詰まっているよ。焦っているな。ま、ここは援護だ。

「そうそう。趣味合うし人見知りでさ、洋季に頼っちゃってるかな」

「そうなんだ。てっきりそういう仲なのかと思ってた。変なこと聞いてごめんね」

 気にしないで、と言うとアキヤスと名乗ったなんだか飄々とした男は少し長めの髪を耳にかけた。その瞬間、洋季は息を呑んだ。

「で、今日はなんの映画観てたの。もしかして同じの観てたとか。まあそりゃねえか」

「あの子供向けのアニメ観てたよ。は、ちが、そうじゃなくて、もちろん私の趣味で」

「いいよ冬子。そこまで隠すほどのことじゃないから」

「でも他の人に言ったことないって」

「え、二人ともあれ観てたの。感激した。俺感動した。この歳であのアニメ好きな知り合い、特に男に会ったことない」

 その後、このアキヤスという奴にあれよあれよという間に丸め込まれて三人でご飯を食べに行くハメになってしまったのだが、このアニメのことを語れるなんて、と彼は半泣き状態だった。苦手かもしれない、と思ったが撤回。あのアニメが好きなんていい奴じゃあないか。


***


「おー、洋季、冬子。これから食堂?俺もいいか」

 階段を降りてこちらを見つけるや否やポケットに手を突っ込んだまま走ってきたこの人、明保である。目立ちたくないのになあ、と思うのは私の心理であって、洋季はなんだか嬉しそうだから私はそれでいいか、と思った。

 それにしても女の子いっぱい侍らせてるな。ハーレムか。映画館で会って、子供向けアニメというかなり意外性のある趣味を共有して以来、明保とはよく話すようになった。洋季も彼の事を気に入っているらしく、いつもより声を発する。いつもより良く話すというレベルまでではない。

うん行こう、と言うと明保は取り巻きの女の子たちに手を振っていたが、私は視線が怖くてそちら側を見ることは出来なかった。女子怖い。

 食堂へ向かい各々がトレーに食事を乗せて立っていると、四人がけのテーブルに一人、女の子が座っているのを見つけた。空いている席がそこしかなかったのである。

「あ、すみません、ここ座ってもいいですか」

 声をかけると振り向いたその子はそれはもう本当に可愛かった。キャップを被り黒を基調としたストリート系の服装も相まって私的全盛期のウィノナライダーを彷彿とさせた。

 表情を変えることなく、どうぞ構わず、と言ったウィノナライダーは隣の椅子を引いてくれた。

「席ありがとうね。一年生?」

 こういう時助かる。明保の馴れ馴れしさが助かる。でも先輩だったらどうするつもりなんだ。

「ちょっと明保、その聞き方失礼じゃないの」私は明保の肩を2回ぽんぽんと叩く。「いいよ大丈夫問題ない。そう、一年」

 ウィノナライダーさんクールだしビューティーだしこれが噂のクールビューティーってやつか。この人と知り合いになりたい。タイプだ。もろタイプだ。

「ウィ、じゃなくて、あの、名前教えて貰ってもいいですか。えっと、私は柳冬子と申します。えっと冬に子どもの子で冬子です。こっちの馴れ馴れしいのが明保、無口な方が洋季です」

 危ない。ウィノナライダーさんて口にするところだった。しかもがっつきすぎてる感否めない私ったら。

「私?桐島菜津」

「ナツさん?可愛い名前です。ナツさんほんと、なんていうかその、私、あなたの事すごく良いなって、あ、そういう意味じゃなくて、えーと」

 やばい変態だ。挙動不審だ。絶対変な目で見られた。

「あれでしょ?冬子はナツさんと友達になりたいんだよね」

 明保が受け継いでくれた。

「そう、そうです」

 ガタッ。思わず立ち上がってしまった。失敗した。もうだめだ。「くくっくくくくく」ナツさんが笑っておられる。絶対引かれている。

「うん、なろう友達。てかこんなふうに友達になるの初めてだからわからないんだけど、合ってる?」

うわ、笑顔めっちゃ可愛いこの人。素敵だ。

「ほら冬子、見惚れてないでなんか言ったら」

 明保が私の前でひらひらとてをかざしていた。

「ご、ごめんなさい。私、変な感じになっちゃって。ナツさん、よろしくお願いします」「ナツでいいよ。友達なるんだもんね」

 笑顔の破壊力、百だ。

「なんか告白みたいだよ冬子」

 洋季、久しぶりに声を出したかと思えばそれかい。笑ってんじゃないよ。

「ああもう、怒ったからね」

「ごめんごめん。冬子がずっと面白かったんだよ」

「私も途中からず面白かった」

 ナツさんまでそんな笑わないで。

「冬子はいつもウケるでしょ」

「明保やめてあげて」

「二人とツラ貸しやがれ」

 こうして私は一応、菜津と友達になることができた。

 洋季となんで仲良くなったのか、子供向けアニメで明保とは知り合った事なんかを話していく中、菜津の事もなんとなく聞いてわかったことは、菜津は経営学部で実家が大学から近く古着屋でアルバイトをしているとのことだった。

 私と洋季は人文学部でも学科は違うし、明保は法学部だから大体みんなばらばらだ。それでも私たちはよく一緒に過ごしたんだ。足りないものだらけのお互いを補うように、確かに貰い与え合いあった。その事実は揺るがないから、四人で集めた欠片は否応なく心のどこかに入り込んでいるし、自身の一部になった。忘れられないのは、魂に記憶されたたその一部がどうしても記憶を跨いで、それでいいのか、と心に問うからだ。


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