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僕は悪魔の子  作者: 長月よる
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7.救出作戦 発動!

 教会に攫われたリーシャを救うため、僕はヒマーリと共に救出作戦開始を今か今かと教会の裏手で待っていた。




 これからに備えて、全身を覆うフード付きのマントのよう闇に溶ける黒のローブを羽織っている。当然ローブの下に着る服も真っ黒、口元にも布を巻いてフードの下を見られたとしても問題ない。

 そんな僕の眼前には、塀越しに大きな石造りの建物が聳え、その屋根からは突き出るように三角柱の柱が建っており、闇夜に三方に空けられた空間から大きな鐘が覗いている。

 教会内部から届く、塀越しでも分かるほどの異様な空気に包まれた空間を、僕は耳を澄ませながら静かに感じ取る。

 キーラ曰く、教会では魔力を放出する魔法は行使できないとのことだった。しかし、教会の敷地に満たされている力は魔力の類ではなく、別の力によって抑え込まれているようだ。それこそ、僕の不思議な力のようなものだ。


 先ほどから何度も不思議な力による探索を行っているのだが、力はどうしてもこの塀の奥に進んでいかないため、恐らくは結界が張られているのだろうと推測できる。どうしても結界の存在を感じることはできないのだが、そこに在ることだけは理解できる。探索は中に入らなければできないだろう。まるであの結界のような――

 考え事をしながらも塀の向こうに意識を集中させていると、敷地内から物々しい叫び声が響き渡る。


「侵入者だ!」

「そっちに行ったぞ!」


 声はかなり遠く聞こえるが、予定よりも早くに見つかってしまったようだ。それにしても、この段階で発見されるのはあまりにも早い。まるで潜入をあらかじめ知っていたか、その行動をそれこそ超能力で感知していたかのようだ。入った瞬間見つかっていると言える。

 そうはいってもチャンスは今しかない。どうやってヒマーリの行動を察知したか分からない以上、敷地内に長居することなく、できる限り素早く救出するしかない。

 僕は塀の向こうに気配がないのを確認してから、手早く高い塀を飛び越える。


「何だ……?」


 塀を飛び越えた瞬間、煙に包まれたように、体に見えない何かが押さえつけるように纏わりついてくる。そのおかげで若干の動きづらさを感じさせるが、それでも動かないわけにはいかない。

 僕は建物の影に身を隠しながら、不思議な力を身に纏う。何処だ、何処に居る――そして彼女を思い浮かべた。


「みつ……けた?」


 彼女の居場所を直感的に理解する。それと同時に、身体に纏わりついていた見えない何かが溶けるように消えていった。それは、何かに赦されたような、認められたような感覚だった。

 周囲を警戒してみるも、こちらには誰の気配も感じない。こちらに気づかない理由は分からないが、未だ向こうに意識が向いている間に終わらせなければ――


 教会の裏手にある勝手口まで移動する。先の力で既に移動ルートは理解できているため、迷うことなくその扉を開け中に入る。ヒマーリに気づけた鉄壁の守りがあるためか、不用心にも扉の鍵は開いていた。

 教会内に侵入しても中には誰もおらず、左右に複数の扉がある通路を手早く進む。その途中の扉の前に立ち止まった僕は、その先の構造や彼女までの距離、退路を頭で再確認してからその扉の鍵穴周りをナイフでくり抜いた。扉は鉄でできていたが、このくらいの力技は容易である。

 しかし、多少の音を出してしまったため、この先は時間との勝負だ。


 扉の先にある、地下へと続く階段を急ぎ足で降りていく。その先に剣を構えて警戒している見張りの存在を察した僕は、音が出るのを構わずに階段を飛び降りた。

 階段を飛び降りた先には、鉄格子の扉と木製の机と椅子があった。そして、その近くに一人の門番が驚いた様子で立っているのを視認するや否や襲い掛かる。


「なに――」


 僕はその門番目掛けてナイフの柄を叩きつける。一瞬で意識を刈り取られた門番は、力なくその場に崩れ落ち、その拍子に金属が複数地面を叩く音を出した。

 僕はその門番を改め、金属製の鎧の腰にあるベルトに付けられていたカギを入手する。そして考えるまでもなく、鉄格子の扉の鍵穴に鍵を挿し込んだ。時間がない。


 扉の先には幾つかの個室があり、何となく昔いた場所を彷彿とさせる。それでもここは土がむき出しでなく、衛生面も良さそうだから全然ましなのだが。

 昔の記憶を胸に仕舞って、僕は一番手前の部屋の鍵を開ける。


「だれ……!?」


 この不信感溢れる声を聴いた僕は、不謹慎にも悪戯心が湧き上がってしまい、少し茶化しながら声をかけた。僕は口元を隠す布をずらして彼女の前に姿を見せる。


「お助けに参りました。お嬢様?」

「え……?」


 個室の中に居たリーシャは、僕を見て固まってしまった。状況を理解できていないのだろう。しかし、それを説明している余裕はない。

 僕はそのノリを維持しながら話しを進める。


「ご説明したいのですが、時間がありません。さ、掴まって」

「へ? あ、あの――」


 手を差し出した僕に、リーシャはどうしたらいいのか分からずにオロオロとしている。そんなリーシャの伸びかかった手をこちらから掴み、そして若干強引に起き上がらせた。


「ひゃっ!」

「参りましょう、お嬢様」


 起き上がらせたリーシャの膝を持ち上げて抱っこし、二人して顔を赤面させながら出口に向かって駆けだした。

 やってみて思いの外恥ずかしかったのだ。レイぐらい驚いてくれれば悪戯心も満たされただろうが、リーシャは僕をジッと見つめるばかりでそこまで恥ずかしがっていない。だから恥ずかしさの方が勝ってしまう。

 重々しい足音と鎧が擦れる音で、上が騒がしくなっているのを察知する。僕の侵入に気づいたのかは定かではないが、こちらに向かっているのは間違いない。ついさっきリーシャを攫ってきた連中だ。こちらの狙いは推測できて当然だろう。本格的に猶予がなくなって来た。


 僕は地上に続く階段を一蹴りで跳び上る。目を瞑って風圧に耐えるリーシャの様子を確認してから、鍵穴のない空きっぱなしの扉を出る。そして、すぐそこまで来ていた教会の人間と入れ代わるように裏口へ跳びつき、音を殺して外に出た。扉の向こうからは怒声と階段を数十人が降りる音が響き渡っている。間一髪、僕たちは見られなかったようだ。


 後はそのまま塀を跳び越えて逃げるのみ。僕は素早く塀に近づき、そのまま土を蹴った。塀に足をつき、教会を出る直前――見えない何かが、切なく僕を引っ張ったような感覚が全身に広がった。







 リーシャを救い出すことに成功した僕は、追跡を警戒して各ポイントを移動し、着替えや追っ手の有無を確認しつつ宿に向かっていた。教会を出るときに感じた、優しく引き寄せようとしたあの感覚が頭から離れない。

 そんな疑問を考えていると、リーシャは熱い視線で僕を見つめながら話しかける。


「あ、ありがとう……本当に……」


 リーシャの穴が開くほどの熱烈な視線に、僕は彼女を見ることができずに、目を逸らしたまま答える。


「まあ、エミリアには世話になっているから。気にしなくていいよ」

「そう、ですか……」


 僕の気遣った言葉に、何故だか彼女は顔を暗くして黙った。彼女の言葉を最後に暗い沈黙が流れ、居心地の悪い時間が過ぎる。


 彼女がどのような心境なのかは分からないが、彼女の感じている思いにはある程度の目星はつく。いくら世間に疎い僕でも、この経緯から考えられる感情には察しが付くというものだ。間違っていたら恥ずかしいため、それを口にすることは今後もないだろうが。しかしそれに応えることはないだろう。そういう人生だった。

 それでもこの空気を何とかしたいとは思うが、フォローの言葉は見つからない。それは、先に考えていたことを忘れてしまうくらい思案しても出てくることはなかった。


――魔力に反応して光る鉱石に彩られた夜の大通りが目の前に迫る。


「もうすぐだよ」

「は、はい……」


 裏道から大通りに出ると、ある建物の前に数人の女性の影が通りに伸びている。目が慣れたのだろう、その女性たちの顔を視認できた彼女は、緊張していたその顔を崩して泣いて――笑った。

 こちらに気づいて色めき立つ集団に近寄る。


「リーシャ……!」

「皆……ただいま!!」


 目尻に光るものを浮かべるエミリアは、リーシャに駆け寄ってその頭を軽く抱きしめた。必然的に僕に肉薄するため、思わずドキドキしながら視線を外す。

 泳いだ視線は、意外にも表情を緩ませないキーラに焦点を合わせる。険しい表情で周囲をギロリと睨みつけている。それを見てまだ終わっていないことを思い出す。


「一度中に入ろう」

「れ、レージ……こっちに」


 冷静な声色で指示を出すキーラと若干照れながら僕を呼ぶレイに従って、僕はリーシャを降ろしてから宿の中に入る。そこには神妙な顔をした男性が数名居て、その誰もが隆起した筋肉を忍ばせるように装備の下に持っている。ただあるのではない、実戦仕様に整備された代物だ。その集団の中でただ一人、親しみやすい笑顔を浮かべる女性が姿を現した。


「ご無事で何よりです。リーシャ様」

「アンナさん……ありがとう」


 アンナとリーシャは笑顔でハグをした。それを見ていた男たちもニカッと子供っぽい笑顔を浮かべる。その瞬間、場はまるで宴会のような陽気な雰囲気に様変わりした。心配そうにする者、涙を浮かべる者、心の底から喜ぶ者、その誰もが笑みを浮かべてリーシャに声をかけた。

 しかし、何となく性に合わないような、居た堪れないように感じた僕は、後ずさりして距離を置き、その場から逃げるように裏口から外に出た。

 そこは裏庭のようになっていて、芽吹いたばかりの苗や小さな花の咲く花壇が並べられている。そしてその花壇や木々に咲く花を眺められるように石造りのベンチが置かれていた。

 僕はそのベンチに座って、星空を見ながら独り言つ。


「少し……寒いかな」


 その言葉が意味するものは、ここに来て初めて感じたものだった。温かなものがどうにも合わなくて、慣れなくてその場に居られない。温かいものなど自分には縁がないと思って生きてきた。明日どうなるかもわからない毎日を過ごし、それでも今はこうして生きている。それはきっと、過去に温かなものをくれた人がいたからだ。

 拒絶しても、嫌がっても受け入れてくれた人がいた。優しくしてくれる人がいた。あの時は打算的なものだったと思っていたが、今ではそうではないと思える。それほどに、優しかったのだ。

 そして、僕に安寧をくれた――


 僕は気持ちを落としながら首を振った。もう終わったことなのだから、もう――


「どうしました?」


 不意を突いたその言葉に、僕は思考をかき消されて顔を上げた。落ち込んでいた僕を見下ろしていたのは、心配そうな顔をするエミリアだった。

 僕は咄嗟に表情を変え、気持ちを悟られないように誤魔化す。


「何でもないよ……なん……でも……」

「レージ、さん……?」


 “何でもない”とごまかす僕を見て、エミリアは驚いて言葉に詰まっていた。

 気づかなかった。くすぐったい感覚が頬を伝っていることに。分からなかった。自分がどういう状況なのか。


――なぜ僕は、泣いているのだろう。


 少しの間、僕を見つめていたエミリアだったが、僕の隣に座って優しく僕を抱き寄せた。力が入らなかった僕は、彼女の胸に抱き留められる。

 そして、彼女は優しい声色で僕を撫でた。


「……その涙の意味は、私には分かりません。ですが――」


――ありがとうございます。


 その言葉は僕の頭に何度も響き渡って胸に落ちた。思わず涙が溢れる。それは心のどこかにあったものが、過去に置いてきたものが呼び起こされて、氾濫したかのように止めどなく溢れていた。


 思い出した。こんなに心地よいものだったんだ。思い出した。こんなに恋焦がれていたんだ。おもい、だした。こんなにも、こんなにも――望み、願ったものだったんだ。


 しばらくの間、エミリアの温かな胸の中で嗚咽を漏らした。そんな僕の心には、昔に願った思いが強く再燃していた。




 僕はエミリアに手を強めに引かれながら、未だ盛り上がっている室内へ向かっていた。足が重く感じるのは、入りづらい気持ちに引きずられているからだ。どうにも自分が場違いな存在に思えてならない。


 この盛り上がりにも一応の理由がある。それは、室内に居た男たちとも関係しているが、彼らはアンナが連れて来たギルドの精鋭たちである。万が一を考えての人選だが、ヒマーリに加えギルドの人間まで一緒に居るとなれば教会も手が出せないだろうということである。朝が来れば今回の件はギルドを交えて本格的に動き出す。それまではこうしてバカ騒ぎして相手を牽制しているのだ。教会がこちらに気が付いていなければ全くの無駄だが、流石にそんなことはないだろう。すぐ近くでこの宿を監視していると考えるのが妥当だ。


 そのついでに再開を喜んで宴会をしているのだが、今突っ込んで来れば完全に教会はギルドを敵に回すことになる。サンカのギルドはかなり力が強いらしく、教会は正面衝突は避けるだろうとの事だった。つまり、既にただの宴会の様相を呈しているのである。

 この雰囲気が苦手な僕は、自分の部屋に戻りたいという気持ちを抑えながら声のする方に手を引かれる。エミリアに捕まっては逃げられる気はしない。いや、逃げると後が怖い。

 曲がり角を曲がったところで強烈なご馳走の匂いが鼻を刺激する。薄暗い通路から一転、そこは眩いひかに包まれていた。


「あ、レージさーん!」

「あ、ああ」


 フランが元気よく僕を呼ぶ。その顔には赤みが差しており、普段とは違う声色をしていた。それを見て僕は、気恥ずかしさとどのような反応をすれば良いか分からず強烈に自室に戻りたいと思ってしまう。

 エミリアに手を引かれながらも足踏みしてしまう僕の下に、若干俯きながら恥ずかしそうにもじもじとしているリーシャが近寄って来る。


「あの……レージ……様、ありがとう……」


 どことなくぎこちない言葉のリーシャに、僕は緊張していた頬を緩めて微笑する。そして彼女にしていたノリを思い出してそのように振舞う。


「レージで構いません。お嬢様?」

「――あ……それは……その……」

「お嬢様……ね?」


 僕の突然の言葉にリーシャは顔を一気に紅潮させて手で覆ってしまう。それを見てローラがニヤニヤと笑いながらリーシャを煽るように見ていた。宴会場と化した食堂は更なる活気に包まれる。

 しかし、そんな中で不貞腐れたような表情をするレイの姿があった。それを見てアマリアが不思議そうに話しかける。


「どうした?」

「……別に、何でも」


 レイのことが気になった僕は、何となく彼女を眺めていたのだが、目の前にキーラが立ち塞がったことにより視界が遮られる。

 目の前に立つキーラは、強烈な敵意をむき出しにして僕に叱るように言う。


「おい貴様、リーシャはやらんからな? ぜっったいに、やらんからな!」

「ちょっとキーラ! やめてよ……もう……」


 キーラは威圧しながら僕に詰め寄るが、周りは“いいぞいいぞ”“もっとやれ”などの言葉が飛び交い、酒飲みの肴のつまみにされてしまっている。

 酔っ払いの空気に飲まれながらも楽し気に笑うリーシャから離れ、それを安堵した顔で眺めるエミリアの下に僕は逃げ込むのだった。

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