僧侶の章
あぁ、また救えなかった。
「そう気を落とすな、僧侶」
「勇者さん......」
またひとつ救えなかった。
「そうだぜ、僧侶。被害を最低限に食い止められたのはお前のおかげなんだぜ?」
「戦士さん......」
またひとつ救えなかった。
「勇者、この近くに敵はいないようだ。今日はもう早いが休みを取ってはどうだろうか?」
「それもそうか。じゃあ、一旦ここで休みにしよう」
私はなんの為に僧侶になったんだろう。
救うため。
誰を?
守るため。
誰を?
救えない僧侶に意味はあるのだろうか。
「僧侶」
「......勇者さん」
火の守りは交代制。
最初は私、次に勇者さん、戦士さん、魔法使いさんの順に。
「もう時間ですか?」
「まだもうちょっとあるけど......話がしたくてね」
「......」
なんだろうか。
考えるまでもない、役立たずの僧侶は次の街で人売りに売られるのがオチだ。
勇者さんは優しいからそれを遠回しに
「落ち込むなよって言うのはおかしいけど、あまり気を病むんじゃない」
「......え?」
「あー、その......なんだ。僧侶は普段俺たちにできないことを平然とやってのけるからさ。色んなことを気にしすぎてるんじゃないかなって思ってな」
勇者さんの言葉は私が予想していたのものとは全然違った。
「もちろん、僧侶が気に病んでなかったらそれでいいんだ。ただ、普段から無理させてないかとか思って」
そんなことはない。
むしろ役立たずの私がいていいのだろうか
そんな言葉が口をついて出そうになった。
「そうだぜ、僧侶! あんまり気にしすぎんなよ」
「全く......君たちは少し休むという言葉を覚えてはどうかね?」
戦士さんと魔法使いさんが近くに寄ってくる。
「2人こそ休んではどうだ? 今日は疲れただろう」
「勇者こそ一番切った張ったをしてたくせに全然休んでねぇだろ?」
「魔王城までほんの少しなのだ。おちおち休んでなぞ居られん」
なんで、なんで私にここまで......
「あーあ、勇者が僧侶泣かした」
「え!? 俺のせいかよ!」
「ふっ、責任を取って泣き止ませることだ。私はその間に温かい飲み物でも作っておこう」
物心着いた時から親の顔は教会のシスター達だった。
その時私は、救われなかったんだと思った。
親から救いの手を伸ばされなかった。
そんな子どもたちが沢山いた。
虐待を受けた子、私と同じように捨てられた子......
彼らが1人、また1人いなくなる度に、
私は数を数えるようにした。
その日もいつもの様に数えていた。
ひとつ、ふたつ、みっつ
今日は沢山救えなかった。
「おいおい、お前ら自分たちが何しでかしてるのか、理解してるのかよ!!!」
「戦士、口を開いて大きく喚くしか脳がないのであれば、その口今ここで凍らせても良いのだぞ?」
「2人とも喧嘩は外でしてろ。俺はこいつらを何とかしないといけない」
扉の隙間からはシスター達と、いや、シスターだった何かと、誰かがいた。
あの醜いバケモノが、本当に私のシスターなの?
気づいた時には斬られていた。
だから救おうとした。
だけど救えなかった。
「おい、嬢ちゃん、大丈夫か?」
「大丈夫なわけがなかろう。ヤツらは人に化けて美味しい思いをしていたのだからな」
知らない男の人達がそんな話をしている。
「大丈夫か?」
「救えなかった」
「え?」
あなたも私も、みんな、救いがないんだね。
「私、帰る場所がなくなっちゃった」
「それもそうか......うーん......」
「なぁ、俺たちと一緒に来るか?」
「......それはいい考えだが、危険と隣り合わせになるんだぞ?」
「戦士、君の脊髄で考える癖はやめたまえ」
「喧嘩売ってんのか!?」
行く場所も、帰る場所も、
救えなかった。
「こんな私でよかったら、どうか使って」
「本人がそう言ってるし......いいんじゃないか?」
「勇者、君は甘いのだ。もう少し冷徹になりたまえ」
「まぁまぁ、そこら辺にしとけって。で、嬢ちゃんの名前はなんだ?」
「私は」
『最近明るくなったな、僧侶』
『そう......ですか?』
『おう! 最初会った時とは大違いだな!』
『戦士、君は少し空気を読みたまえ』
『相手の思考を読むのは得意だぞ!』
『......バカの相手をした私が馬鹿だったか......』
『おい!』
『ふふっ』
『さぁて、魔王城目指して頑張りますか!』
『この我を......蘇らせるのか......ククッ、馬鹿な女め。それが過ちというものよ』
『いいえ、死人にはこれでいいのです』
『何を......蘇生が途中で......?』
『えぇ、ですからこれでいいのです』
『ぐあぁぁ! なにをしている、小娘!!』
『我らが神よ。此方を救えなかった、私をお許しください』
『やめろぉぉぉぉ! やめるのだぁぁぁぁ!』
『やめませんよ。あなたも私も』
どうしようもなく救いようのないモノですから。
「今回は長続きしたか」
バラバラの体が元に戻っていく。
「神の御業と呼ばれし自動蘇生術。中々のものよ」
ひとつ、ひとつ、バラバラにしていく。
「全く......壊しがいのある玩具よ」
骨をひとつ、ひとつ、関節をひとつ、またひとつ、離していく。
「クックック......魔王様自身がこれだけは出来ないと仰られた意味が理解できようぞ。これだけ細かにバラして元に戻るのはもはやヒトの領域にはあるまい」
あぁ、また私は
「お前も我らと同じく」
救えなかった。
「バケモノよ」
細胞レベルに分解された唇が、
地面に描かれた人の形をした細胞が、
呟く。
『だれかわたしをたすけて』
次が最後