勇者達の章
『これは魔王を打ち倒さんする勇者の物語。勇者一行は紆余曲折を経て、魔王城の最奥にたどり着いた。』
「ようやくここまで来た......」
薄暗い廊下の先に見えるは巨人が屈まなくとも入れる扉。
薄く暗くとも禍々しい模様は見え、扉からは威圧感が放たれている。
「あぁ......ここからが正念場ってやつだな」
「おやおや、難しい言葉を知っているのだな、戦士よ」
「......」
戦士と呼ばれた男は黙りを決め込んでいた。
「ま、まぁまぁ。魔法使いもそんな事言わないの」
「なぁに、軽い冗談だ。君たちが緊張しすぎているようでな、場を和ませる冗談というやつだ」
「......準備はいいか?」
「勇者、本当にその作戦でいいのか?」
戦士が先頭にいる男、勇者に問いかける。
「戦士、皆で話し合った結論がこれだ。もう後には引けないんだ」
「だが」
「戦士、君も男なら覚悟を決めたまえ。我ら勇者一行、何時いかなる時も死と隣り合わせ。誰が死のうと、誰が生き延びようと」
「それ以上いうんじゃねぇ、魔法使い」
「......すまない。覚悟が足りなかったのは私の方かもしれんな」
4人は顔を付き合わせる。
「ではもう一度確認するぞ。あの扉の向こうには魔王がいる。それは確かだな?」
「確かだとも。千里の魔法を使ったのだ、間違いないとも」
「よし。そこには魔王が確かにいる。だが、四天王もまたそこにいる......」
「魔王を含めて四天王......」
「それぞれ1人ずつが相手をして」
「同時に討ち取らないと魔王は復活する......か」
それぞれが考え込むように数瞬ではあるが目を瞑る。
「うだうだしてても仕方ねぇ。やるっきゃないって」
「その通りだとも。我々がやらねば世界は終わるのだから」
「そうだな......そうだよな」
「勇者さん......大丈夫です。私たちなら勝てます」
「まっ、俺が一番心配してるのは僧侶だけどな!」
「なっ! 私だってやれますとも!」
戦士の軽い口調に僧侶が怒った感じをだす。
「それじゃ手筈通りにいくぞ。戦士は力の四天王」
「おう!」
「魔法使いは知の四天王」
「任せたまえ」
「僧侶は死の四天王」
「は、はい!」
「そして俺、勇者は魔の四天王」
4人は顔を見合わせ頷く。
「それじゃ......行くぞ!」
「おう!」
「あぁ!」
「はい!」
そこはどこかの舞台。周囲には観客席。満席どころか立ち見までいる程には繁盛している。舞台の上には2人のヒト。
「そして勇者は、勇者一行は無事に魔王達を倒し、世界に平和が訪れました。めでたし、めでたし」
笑いが巻き起こる。
「御来場の皆様、確かにお笑い草ではありますが、お静かに。えぇ、お静かにお願いします」
「ここにおられます皆々様の目が覚めてしまわれますからな」
舞台上の2人が交互にそう言うと、徐々に笑いが収まっていく。
「それでは再開させて頂きましょう。まずはこの方」
「どんな怪我も一瞬で治す奇跡の人! その名も僧侶!」
首に輪っかが繋がれ、その輪っかには鎖が伸び、足には枷を嵌められている僧侶がヒトに連れられて舞台に上がる。
服はボロの布を着せられ、その目はどこか薄暗く、焦点もどこを定めているのか定かではない。
「さぁさ、まずはヒト1からスタートでございます!」
「お手持ちの札をお上げください!」
客席からは疎らに札をあげる音が聞こえる。
「入りが悪いですな......おや?」
「これはこれは」
2人はその札を見てニヤリと笑う。
「その方、こちらが貰い受ける。ヒト100でどうだ?」
「ヒト100! 他ありませんか! 他ありませんか!」
「いらっしゃらない! 僧侶、ヒト100で落札でございます!」
拍手が巻き起こり、僧侶はヒトに鎖を引っ張られながら舞台袖へと消える。
「さぁさ、お次は!」
「武器を持たせればどんなモノだって壊すこの男、戦士!」
前の僧侶と同じ姿でヒトに連れられ舞台へと上がる。
時折口が動いているが、何を言っているのかまでは分からない。
「さぁ、この戦士はヒト10からスタートでございます!」
「おぉ、札がすごい勢いで上がっていますな!」
ヒトの数を増やしながら札は一向に減る気配を見せない。
「ヒト1万だ」
その声が響いたその瞬間、パタッと札が下がる。
「ヒト1万! ヒト1万でございます!」
「他にいらっしゃらないということで、1万で締切でございます!」
戦士もまた舞台袖へと消える。
「会場にお集まりの皆様、大変お待たせいたしました。本日の大目玉、その名も」
「勇者の登場でございます!!!」
舞台に前の2人と同じ格好をした勇者がヒトに連れられ、舞台へと上がる。
瞬間、沸き起こるは笑いと怒声。
「分かります......分かりますとも......皆様のお気持ち十分理解できますとも!」
「ここで殺したいでしょう......嬲り殺しにしたいでしょう......思いつく限りの殺しをしたいでしょう......」
「「ですが、それはこの方にお任せしましょう!!」」
「やぁ、同胞諸君。王である私の登場だ」
会場は一瞬静けさを取り戻すが、次には
「魔王様! 魔王様!」
「我らが魔王様!」
「その男を死よりも惨い目に!」
似たような言葉が飛び交っていた。
「うむ。皆の言葉しかと届いた。今勇者達にはかつて旅路を繰り返し幻覚として見せている。それはそれは気持ちのいいものだろう、と私は思う。何せこの私もかつては勇者一行として数えられていたからな」
会場は一瞬にして静けさを取り戻す。
「おや、今のは笑いどころだったのだが、難しいものだな。まぁそれはいい。今この勇者には幻覚を見せているのだが......少しばかり面白いことを考えてな? 幻覚の内容をこうしてはどうだろう」
魔王がその内容を語っていく。
「どうだろうか。これでひとまずは満足してもらぬか?」
「魔王様、魔王様」
「うん、どうした?」
「我らは魔王様の配下。魔王様のお言葉に反対するものはおりませぬ」
「魔王様の思うがままに」
舞台上の2人が片膝をつき、もう片方を立て、頭を下げる。
それに伴うように客席に座っている客たちもまた、頭を下げていく。
「うむ、そうであったか。なら任せてもらおう。なぁに、すぐには壊さん。じっくりと、だ。じっくり、と」
魔王の大笑いが会場内に響いていく。
『勇者一行は四天王を確かに倒した。だが、四天王は魔王の部下に過ぎない。本当の魔王は彼らの味方にいたことを勇者たちは知らなかった。その者は確かに仲間だったのだ。疑う余地もなかった。言い訳だろうか、いや、言い訳だろう。この手記を読むものがもしいるのであれば、無事に生き延びてくれ。そして他人を信じるな、』
パタパタと紙が風で揺れる。
「ふっ、最後の最後に書き上げたか。魔法か、それ以外か......」
少し風が強く吹き、紙は窓の外へ飛んでいった。
「まぁ、どちらでもいい。他人を信用しすぎるからこうなるのだよ、勇者」
目の前には幻覚を見せられている勇者の姿。
「まだ、まだ終わらない。世界の終わりまで素敵な夢を見てもらわないとね」
もう少し続くのです