02 遅刻する後輩ありけり
「――ねぇ、ちょっと」
スタスタと歩くタケ。
その後をついてくる美少女。
「なんで無視するの?」
「母親に怪しい美人には気を付けろと育てられたので」
「怪しい!? それってもしかして私の事!?」
君以外に誰が居るのか、と言いたげに美少女を見るタケ。
「私は月の姫"ルナ・K・ムーンライト"! どこも怪しくないわ!」
タケはさらに怪しんだ。
「何よその顔……なんでそんな可哀想な子を見る目をしているの?」
「いや、分かるよ。そういう時期ってある」
「えぇ、理解してくれたのならそれでいいわ」
厨二病、それは憎くも青い青春の一ページ。
タケはどこか懐かしむ顔で、ルナを見ていた。
「それじゃ俺、学校に行くから」
「ちょ、ちょっと!」
「まだ何か?」
「その……私、来る時に乗っていた宇宙船を見失ってしまって、どこかで見なかったかしら?」
月から宇宙船で来た月の姫というしっかりとした設定を持ち出してきたルナを、タケは若干引いて見ていた。
ルナの言っている事は全て本当であるが、タケにとっては竹に吊るされていた厨二病の女の子でしかない。
「あぁ、種子島とか行けばいいんじゃないか?」
「本当! タネガシマというのはどこなのかしら?」
「あっち」
タケは適当に交番の方を指差した。
「分かったわ! 一度宇宙船に行ってからまた来るから待ってて!」
「気を付けてなー」
ルナは走って指差された場所に向かった。
(さて、後の事はお巡りさんに任せて学校に行くか)
そしてタケは学校に向かって歩き出した。
この行動は間違っていたと後にタケは後悔する事になるが、その事をまだタケは知らない。
――駅の近くまで来たタケ。
学校まではあと十分程度だろう。そんな事を考えて歩ていると、駅のベンチに座っている一人の少女を見つける。
「げっ、ユヅキ」
少女の名前は"明日香 悠月"。
タケの通う学校の一年生で、タケの後輩。
ふわっとしたパーマの茶髪ロングで一見ギャルっぽく見えるギャル。
琴葉に負けず劣らず整った顔をしている。
タケとは中学からの知り合いである。
「あ、タケパイ~。人を見るなりゲッてなんですかゲッて、失礼ですよー」
「すまんつい……ところでなんでそんな所に座ってるんだ。遅刻するぞ?」
「あはは、実は家に学校のカバン忘れてきちゃいまして……うちへのバスって二時間に一本しか来ないんですよね~」
「うわぁ……」
悲惨だ。と思うタケ。
ユヅキはどこか諦めた顔で青い空を見ていた。
今日は天気がいい。
「強く生きろ」
そう言って立ち去ろうとするタケの手を掴むユヅキ。
タケが振り返ると、ギュッと少しだけ掴む力を強めた
「タケパイ~。一緒に遅刻――しよ?」
首をコテンと傾けて、道連れにしようとするユヅキ。
そんなユヅキを微笑みで見るタケ。
「――いやだ」
そう言ってまた立ち去ろうとするタケの髪を掴むユヅキ。
「なんでですか~。こんなに可愛い女の子と朝からお喋りなんて、お金を払ってでもしたいって人はいっぱいいますよ?」
「そうか。俺はそのいっぱいに入ってないから諦めてくっちょ、おまっ、髪強く握り過ぎ禿げる禿げるッ!」
髪を掴む力を強めるユヅキ。
毛根の痛みに、声を上げるタケ。
それを、見る野良犬。
「私は禿げたタケパイでもいいですよ?」
「俺が駄目なんだよ!」
「なんでですか、なんでですか! いいじゃないっすか! 一緒に遅刻して一緒に反省文書いて甘酸っぱい記憶にしましょうよ~!」
後輩は道連れを求めていた。
結局一人で居残りをするのが嫌なのである。
「そんな苦酸っぱい記憶はいらん! くらえ!」
そんなユヅキの気持ちを分かっているタケは道連れになってやるものかと、反撃する。
振り返り、ユヅキの脇に手を添え――くすぐった。
「ちょ、それはせこっ!」
「よし今っ!」
タケは髪を掴んでいる手の力が弱まると、ユヅキの拘束から逃げ出し走り去る。
「じゃあなユヅキ。遅刻はお前だけの甘酸っぱい記憶にしてくれ」
「タケパイの裏切り者ーーー!!」
毎日の様に迷惑をかけてくる後輩の叫び声に振り返る事もなく、タケはダッシュで学校へ向かった。
公立鹿波高等学校――そこがタケ達の通う学校である。
タケが二年の教室につくと、予鈴の鐘がなる。
「おぉ、タケが遅刻ギリギリなんて珍しいな。ついに琴葉さんに愛想つかされたか?」
教室に入ると、タケの友人である中村が声を掛けてきた。
「ちげぇよ。なんか、色々変なのに絡まれてな……」
「変なのってなんですか?」
タケと中村の会話に一人の少女が混ざってきた。
この子はタケと中村の友人で前田ちゃん。
学級委員長で眼鏡で優しい普通の女の子だ。
「月から宇宙船に乗ってきたお姫様に出会って」
「なんだその妄想欲張りセット……」
「タケ君……保健室行きますか?」
いきなり、意味の分からない話をするタケを本気で心配する二人。
本気なのが分かる分、タケはショックを受けた。
「辛辣だなお前ら! それで、その子を振り切ったあと、カバンを自宅に忘れた後輩に捕まり」
「あぁ、ユヅキちゃんですね」
「ユヅキか……」
そんな事をするのはユヅキしかないというのはタケとユヅキの知り合いなら誰でも予想できる。
二人は納得した表情で頷いた。
「その後輩を振り切って走って学校にきた……」
「あれ、それじゃあユヅキちゃんは?」
「置いてきた」
悪びれもなく言うタケ。
実際悪い事は一つもしてない。
――キーンコーンカーンコーン
始業のチャイムが鳴る。
「あっ、私、席に戻ります」
「俺も」
話していたメンバーは全員席に戻った。