01 今は今、竹に引っかかった美少女ありけり。
これは、むかしむかしのさきのさき――令和元年の出来事。
月の裏側にある大きな大きな宮殿の中、娘を呼ぶ母の声が響く。
「我が娘、ルナよ。この時が来ました……あの別れの日からいくつもの時を超えて」
暗い部屋の中、蝋燭の明かりだけが二人の親子を照らしていた。
「はい、お母様」
「今日という日、貴女は月の姫の後継者に選ばれました。それが、どういう事か分かりますね?」
「はい、小さい頃からこの日を待ちわびていました」
「貴女は今日、地上に降り立ち……貴女の帝を見つけるのです」
「そして、子を宿して帰ってくるのですよね」
「えぇそうよ……貴女ならきっといい帝に出会えます」
蝋燭の明かりは徐々に弱々しくなり、消えてしまう。
蝋燭の明かりが消えた瞬間――LEDの明かりが部屋を包み、部屋が親子二人を中心に変形し、右の壁がゴゴゴと大きな音を立てて開く。
開いた先に見えるのはトラック程の大きさの宇宙船だった。
「これは、Kagya社で新開発された電気宇宙船よ。太陽光のエネルギーを143%電気に変換して、その電気だけでワープまで可能になった最新の宇宙船……これなら宇宙排気ガス問題も解決すると言われているわ」
「凄いです。お母様、これなら地上まですぐですね」
「えぇ、貴女の旅立ちの為に用意したのです……きっと、素敵な帝を見つけるのよ」
「はい、この使命……ルナは必ず素敵な帝を見つけて、子を成し帰ってまいります」
ルナは決心の揺るがぬ強い意志で宇宙船まで向かう。
そんな娘の背中を母は「成長しましたね」と涙を堪え、見送る。
宇宙船の前に立つと、青い光がルナを包み、宇宙船の中にテレポートさせた。
宇宙船の中に入ると、そこは外から見た時よりも倍以上広い空間だった。
操縦室、リビング、ダイニング、キッチン、個別の部屋は4つあり、トイレは2つある。
お風呂はルナ専用の物と来客用の2つが用意されていた。
「ルナ様、あと20秒で発信いたします」
操縦室からリビングにマイク越しの声が響く。
ルナは宇宙船の免許を持っていない為、今回だけ特別に動向を許された召使の声である。
「えぇ、行きましょう。地上――地球へ」
・・・場面転換・・・
そんな事が月の裏側で起きている事など知らない一人の少年【翁取 竹】は布団の上で気持ち良さそうに寝ていた。
――じりりりりりり!!!
そこまで広くもないアパート【おうな荘】の一室に六時を知らせる目覚まし時計の音が響いた。
約二秒、タケは半分寝た状態で目覚まし時計の音を止め、二度寝の体制に入る。
「あと……5分頼む……」
「駄目ですよ。目を覚ましてくださいタケさん」
「ん……」
タケがまた夢の世界へと行きそうになった時、一人の女の子がタケの二度寝を妨げる。
タケが目を開けると、目の前には綺麗な青髪の美少女の顔面が鼻から僅か数センチの場所にあった。
「――なぁ、琴葉……何してるのお前」
目を覚ましたタケは冷静に聞いた。
「タケさんを起こしに来たついでにタケさんのかわいい寝顔を見ていました」
彼女もタケの質問を冷静に返す。
琴葉と呼ばれた少女、彼女の名前は【柊 琴葉】。
タケの幼馴染であり、ここおうな荘の管理人さんである。
「……普通に起こしてくれない?」
「ん? これが普通ですが……」
何かおかしい所でも? と言いたげな顔の琴葉を見て溜息を吐くタケ。
「とりあえず、起き上がるからどいてくれ」
「……断ります」
「……え」
「……断ります」
二人の間にしばしの沈黙が訪れる。
琴葉はタケに覆いかぶさる体制である。体こそ接触していないが、タケが少しでも動けば琴葉の柔肌に触れてしまうほど近い。
「――私はタケさんの顔をもう少しだけ見ていたいと思っています。なので、どかしたければ力尽くでどかしてください」
「いや、もう子供じゃないんだしさ。流石に体に触れるのは……」
「大丈夫です。腰でも胸でも好きな所をどうぞ」
平然と淡々と言う琴葉を見てタケは諦める。
(琴葉が満足するまで我慢しよ)
美少女に至近距離で顔を見られるというご褒美とも罰ゲームとも思える状態を受け入れるタケ。
「――何故、触らないのですか?」
「まぁ、琴葉が遅刻するまで拘束するわけないしな。ならこのまま我慢してもいいと思って」
「……目の前にお触りを了承した女子高生が居るのに、本当に触らなくていいんですか?」
「どうして欲しいんだよお前……」
「……もういいです」
今度は琴葉が溜息を吐いた。そして手足をどけてタケから離れる。
タケは「やっとか」と言って起き上がる。タケが先程まで覆いかぶさってきた琴葉を見ると、琴葉は制服姿で学校のカバンと二つの弁当包みを持っていた。
「タケさん、そんな事ではいつまで経っても結婚できませんよ」
「なんでだよ」
互いに高校生の二人にとって早すぎる会話だが、琴葉は事ある事にタケに結婚の話をしている。
それも琴葉が十六になった二か月前から激増している。
「肝心な所でヘタレてしまう男では、据え膳を食い損ねてしまいます」
「据え膳って……確かに琴葉は美人だけど兄妹みたいに思ってるから興奮とかしない」
琴葉は美人と言われ少しだけ顔を赤らめたが、兄妹みたいに思っていると言われ赤みが引いた。
「そうですか。私はタケさんのお母さんとお父さんからタケさんを預かっている身なので、タケさんの将来を不安に思います」
「俺は親戚の子供か!」
いつまでも琴葉に子ども扱いされる自分に情けなさを感じるタケ。
「あ、タケさん。私、今日は日直なのでもう行きますね。お弁当、玄関に置いておくので忘れずに」
「ん、あぁ、ありがとう」
琴葉はタケの部屋を出て行く。
タケは枕元に準備されていた、制服に着替えて玄関に準備されていたカバンとお弁当を持って家を出た。
タケのアパートから学校までは歩いて30分程度。
その途中、竹藪の横を通る。
いつも通りの道をいつも通りに歩いているタケ。
「うぅ――」
そんなタケの目に、いつもと違う光景が映る。
「女の子……?」
ぷらーんぷらーん、と竹に引っかかり揺れる少女が居た。
長い金色の髪で顔は見えないが、隠しきれない豊満な胸が吊るされている人が女性だと証明していた。
タケが近寄って見てみると、少女は美少女だった事に気づく。
青い綺麗な瞳に長い綺麗な金髪、豊満な胸にきめ細かな白い肌。
世の男の理想に限りなく近い容姿だった。
下から美少女の顔を見てみると、美少女は竹にぶら下がっている状態で、眠っている様だった。
「あのー、もしもしー」
声を掛けてみるが起きる気配がない。
とにかく、このままの状態だと危ないと判断し、竹から降ろす。
地べたに寝かせる訳にもいかないが、このまま抱っこした状態でいると腕がもたない。
「おーい、起きろー」
「――ん、んん……?」
美少女は抱っこされた状態で目を覚ました。
「おと……こ?」
「はい。男です」
タケが美少女の質問に答えると美少女は一驚した。
「……そう、分かったわ」
「何が?」
美少女は抱っこ状態から離され、立つ。
そして、タケの顔を数秒観察し――。
「――私の帝になって!」
と、言い放った。
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