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誇りと意地と その2


 シルヴィからの忠告を受けて早一週間。

 魔法学の授業が終わり、軍事学へと向かうカナン達のクラスを担任の教師が引き止めた。

 フレミー・マクファリッツ女史。

 金を溶かしたかのような絹髪に冷利な瞳、人族とは根本から違う、『エルフ』である彼女は、カナン達の魔法学と法学を受け持ち、その上で担任も兼任している。


 「つい先日、校内放送で伝えた通り、一月後、我が国の軍からいくつかの部隊を北の友国『エインランド』へと派遣する。ただ、今回の任務の内容を鑑みて、レプリカ閣下は学生達、つまりは諸君らにとって、これは良い経験になるとお考えだ」


 クラス内が騒ついた。

 普段であれば、喝が飛ぶ所だが、フレミー女史は何も言わずに話を続ける。


 「よって、今回の派遣部隊に7名の生徒を随伴させる。一週間後に選抜試験を行う。我こそはと願う者はその日の三時半に、グラウンドへ来たまえ」


 フレミー女史の立ち去るのと同時にクラス内は喧騒の嵐に包まれた。と、言うのも、こういう実戦の経験は、士官学校における点数稼ぎになる。

 例え見学だけだとしても、だ。


 「あ、シル・・・」


 興奮の渦、流れていく生徒達の中に見慣れた銀髪を見つけて声をかけようとするが、誰かと会話をしていた彼女はカナンには、気づかないフリをして行ってしまった。

 どうにも、一週間前から会話出来ていない。

 色々な意味で有名なハルトの養子、加えてハルトが特殊軍事戦功で貰った特一推薦による編入。

 更には、人間離れした美貌と常にマイペースでローテンションな性格。

 思い切りクラスから浮いていたカナンにとって、友人と呼べるような者は彼女しか居ない。

 周りから嘲笑と憐憫がごちゃ混ぜになったような視線が向けられる。そちらへ視線を返してやれば、向こうから勝手に逸らす為、気にするほどでは無いが、鬱陶しいことこの上ない。


 「ねえ、カナンさん」

 「・・・何、カミラ」


 振り返れば、流れる群青の髪とカナンより一回りは大きい体躯。見下ろし、威圧するかのようにカナンの前に立つ彼女は、カミラ・レーベンツであった。


 「今、話のあった選抜戦、当然貴方も出るんでしょう?」


 さも、当然の如くといったカミラの問い掛けだが、予想外にもカナンは首を横に振った。


 「ううん、私は出ない」

 「えっ?・・・そうですか。残念です」


 カミラは一瞬落胆する。そして、周囲を見渡してから「見世物じゃありません」と、言い残してさっさと次の教室に行ってしまった。


 「・・・やっぱり、私は鈍くないでしょ」


 小さく呟いて、カナンもまた教科書を持ち上げると、カミラの後を追いかけた。





 魔法学、軍事学、交通学、法学、etc……

 一般科目を除いた編入テストの多くで最低クラスの成績を叩き出したカナンは、ぶっちゃけ士官課程を受け持つどの教師からも評判は良くない。

 

 「おい、カナン。そこの資料室から地図を持ってこい」


 軍事学の授業中にそう言われて、今回の授業だけで5回は訪れたであろう資料室にまた足を踏み入れる。

 独立機構スタンドアローンのゴミ拾いロボも既にカナンの事を資料室の管理人だとでも勘違いしているのか、スリープモードのままで動かない。


 「・・・えと、これかな」


 ゴミ山、もとい資料の山に火をつけてやろうかしらと思いながらも、何とか地図を探し出して、それを引っ張り出す。

 

 「持ってきました」

 「おう、じゃあ、その地図をしっかりと見てから戻せ」


 底意地の悪い笑顔、それに加えて生徒達からの嘲笑。小さくため息を漏らしつつ、地図を資料室のゴミ山に放り投げた。

 先程からこんなやり取りばかりである。

 別にこんな事で腹を立てるような事は無いが、この時間を無駄にしている感が少しだけ嫌いだった。

 とりあえず教室に戻ろうと、振り返った瞬間、背後から山の崩れる音。

 振り返ってみれば、ゴミ山が床一面に河川を作っていた。

 

 「ま、いいか」


 見て見ぬ振りというのは大事である。

 養父曰く、面倒ごとは解決すれば別の面倒ごとが来るという。ならば、当面の問題はほったらかして、それの処理を押し付けられるまで待つべきだろう。

 そうして、立ち去ろうとすると、背後から声を掛けられた。


 「いや、良くないだろ」

 「誰?」

 

 いつの間に居たのか、そのゴミ川の上、土足で足元のそれらを踏みつけにした男が優雅に立っていた。

 異常な程に白い肌、暗闇でもなお輝く金髪。

 細身の身体の割に、外から見た感じで体幹が非常にがっしりとしているのがわかる。


 「・・・てか、そのゴミ山、踏まないで」

 「あ?ゴミなら踏んで良いんじゃねえの?」

 「知らない、とりあえず無くなったら困る人がいる・・・だから退いて」

 「嫌だ。と言ったら?」


 瞬間、カナンは一歩踏み出した。


 「ッ!」

 

 カナンの飛び回し蹴りを男は腕で防ぐ。

 それと同時にカナンは男を足蹴にしつつ跳躍、隣の本棚に飛び乗ると、何かを引っ張るような動作をした。

 すると、見えない何かに引っ張られるように男性の身体が持ち上がり、カナンと同じく本棚の上へと着地する。


 「成る程、魔法学の成績がズタボロなのはフェイクか」

 「何で知ってるのか知らないけど、成績はあれで本気。この国の魔法理論についての知識が無いから」

 「くくっ、あの男はそこを教えてねえのかよ」

 「?」

 「こっちの話だよ!」


 言って、男性は驚異的な速度でカナンに迫る。

 それに対し、カナンは本棚の上に積まれていた本を蹴り上げると、それを目隠しに男性の足元を払った。


 「おっ?」

 「ふっ!」


 何事か、口から漏らしたように声を出す男性の腹にエルボーを叩き込むと、男性の身体は吹き飛んでそのまま長い本棚の上を転がる。

 その隙にカナンは腰から抜剣、黒とも灰ともつかぬ鈍い剣閃を放つそれを構えた。


 「今度は殺す」

 「いててて・・・成る程、あいつが特一推薦を使う訳だ」

 「ハルトを知ってるの?」

 「さあね、とりあえず俺は不審者で、お前に害意が有るって事だけは確かだぜ」


 言いながら男性は何処からともなく、レイピアを出現させる。豪奢な装飾の付いた持ち手に、真紅の刀身。余りにも特徴的なそれは、ある種族が好んで使う武器だ。


 「吸血鬼ヴァンパイア・・・」

 「博識だな」


 言いながら、カナンは小さく息を吐き出す。

 何しろ相手が吸血鬼となれば、人間を相手取るようにする訳にはいかないからだ。

 彼らは人間の5倍に近い身体能力と、血操術と呼ばれる特殊な魔法を有する。


 待ちでは負けるが、考え無しに攻めても負ける。

 隙を見せず、四方に目をやってから直ぐに仕掛けた。


 「はっ!」


 水平に振った剣がレイピアによって防がれる。同時に強い衝撃、剣を握る右腕が弾かれた。


 「っ・・・」


 だが、同時にカナンの左側を抜けて、分厚い本が飛来、本来ならば躱すまでも無い一撃だが、チラリと何か良くない物が男の視界に映る。


 (っ、銀の装飾具!?)


 それは吸血鬼にとっての猛毒、致死の刃。

 咄嗟に躱すが、それで反撃はできなくなる。

 そして、男性が回避するのと同時にカナンも弾かれた腕で再び剣を振り下ろした。今度は袈裟斬りの一撃であったそれに、体勢を崩されつつも何とか男はレイピアを挟み込もうとするが、何故か腕が途中で止まる。


 「っ!」


 男性が驚愕の声を漏らす。

 ニヤリと笑うカナン。

 最初の蹴りで付けておいた魔力の鎖は見えなかっただけで、まだ外れてはいない。

 決まった、そう確信する。

 だが、カナンの剣がその肩口から男性の身体に侵入する瞬間、男性の身体は突然霧散した。

 それと同時に背後から気配を感じで振り返る。


 「なっ!?」


 今度はカナンが驚愕する番であった。

 何故なら、そこに居たのは先程まで彼女の目の前にいた男性であった為だ。

 咄嗟に剣を構えようとするが、既にレイピアの先端が眼前に迫っていた。


 『死』


 それを理解するのに0.1秒の百分の一も掛からない。走馬灯とも違う、何かが脳裏を過る。

 カナンの記憶では無い、何かの記憶。

 雄々しき黒翼、駆け抜ける蒼穹の彼方に望む無限の星々。

 これはーー。


 それの正体を掴みかけた瞬間、金属音が響いた。

 弾かれた吸血鬼の剣は空を舞って、本棚に突き刺さる。

 

 「っ!」

 「チッ・・・間に合うのかよ」


 一陣の風と共にカナンと男の間に割って入ったそれ。レウィシア共和国軍の所属を示す黒い軍服、閉じかけの瞳に気怠そうな雰囲気を纏う男性。


 「ギリギリセーフってとこかな」


 その手に持つ漆黒の剣を鞘に戻しつつ呟くのは、ハルト・シンオウ。カナンの養父にして、レウィシア共和国軍の最大戦力である部隊、『ストラトス』の隊長を務める実力者だ。


 「お父さん、どうやってここに?」


 背後からカナンが尋ねると、ハルトは吸血鬼を見据えたままカナンの持つ剣を指差した。


 「その剣、店で売ってるようなもんじゃねえって言ったろ。それには、俺のマーキングが付いてんだ・・・お前が危なくなったら、即座に俺が転移できる」

 「うわ、ストーカー・・・」

 「命を助けて貰ってその言い草は無くないかなぁ!?」


 ゴミを見るような目を向けられたハルトは思わず、振り返ってツッコミを入れる。

 その瞬間、瞬間移動のように距離を詰めた吸血鬼がハルトの背後からその腕をハルトの首へと振り下ろした。

 だが、背後を振り返ること無くその腕を掴むと、そのまま肘打ちを腹に叩き込んで顔面を蹴り飛ばす。


 「全く、親子の会話に割って入ってくんなっての」


 余裕そうに笑うハルトは、剣を抜き放つ。


 「ゴアッ・・・てめえ・・・」


 外れた顎を治しつつ吸血鬼が立ち上がる。

 遠くに突き刺さったままの剣に掌を向けて、何事か呟くことで剣をその手に戻した彼は、剣を構え直した。


 「さて、少しだけ本気でやろう」

 

 ハルトが言った瞬間、二人の姿がカナンの視界から消える。

 そして、そこから先はそこらかしこでぶつかる剣戟の音しか聞こえない。

 余りにも速すぎて目で追うのが精一杯、あの吸血鬼はカナン相手に、殆ど本気を出していなかったのだ。

 

 「お父さん・・・」


 祈るような心持ちで手を合わせる自分を少し意外に思う。

 それを自分が死にたくないからだ、と結論づけたカナンは何とかその戦いを目で追いながら、その結末を見届ける事を決めた。

 だが、戦いの均衡は長くは続かない。


 「やるね」

 「所詮は人間かよ!」


 高速の戦闘の最中、剣を打ち合わせた二人は激しい読み合いと同時に、呼吸を悟られぬように軽口を交わす。


 「そうだな、ただの人間じゃここが限界だろうよ。それこそ、ヴォルジャノフの方じゃ話は別だろうがな」

 「?、言葉遣いを間違えんなっての!」


 強い打ち込みで、弾かれたのはハルト。

 本棚の上を擦りながら後退する。


 「何か間違えていたか?」

 「今の言い方、まるでてめえが人間じゃねえみたいじゃねえかよ」

 「そうか?・・・それより、そろそろ時間だな」


 言いながら、ハルトは剣を納めた。

 それを煽りと受け取ったのか、吸血鬼の端正な顔がみるみる憤怒に歪んでいく。


 「舐めてんのかヨ・・・」

 

 剣を握りしめる音が先程とは一転して静寂な資料室に響く。直接その殺気をぶつけられていないカナンでも、冷や汗が垂れて、脚の力が抜けてしまう。


 「カナン、動くな。下手に動かれると守れん」

 「ん・・・」

 「守る、だ?剣も抜かずによくも」


 「そこまでええい!!」


 最後まで吸血鬼が言う前に、資料室の入り口部分に立つ何者かのよく通る野太い声が音の暴力となって部屋の中を駆け抜けた。

 音で身体どころか、周囲の物まで振動するのは、近距離で花火が打ち上がったかのような錯覚を覚える。

 声の主がハルト達と同じように本棚へと登ると、ようやくその全貌が見えた。

 筋骨隆々ではまだ足りない。厚手のブラックコートの上から無理やり押さえつけられた筋肉。

 堀の深い顔に、短く逆立てた黒髪。

 2mは優にある巨漢は、見た目とは裏腹に静かな足音でやってくると吸血鬼に告げた。


 「我が校の生徒達に手を出したのは貴様だな?」

 「それがどうかしたのか?」

 「そうか。ならば、死ぬがよい」

 「は?」


 彼らの間にあったやり取りはそれだけであった。

 歩いていた巨漢はいつのまにか吸血鬼の前に立っていて、その剛腕を振っただけ。

 ただそれだけの行為で、吸血鬼の身体はこの世から霧散した。それも、カナンの攻撃を避けた時のような消え方ではなく、まるで爆散したかのように。


 「終われ命よ。そして、巡るがいい」


 


 



 

 

 

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