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誇りと意地と その1


 戦場に咲く花。


 女性士官も多く見られるその学校の中でも、一際美しいその少女を表すにはその言葉が最も似合う。


 「ちっ、何よあの子、良い子ぶっちゃってさ」

 「ムカつくよね」

 「可愛いな」


 僻み6割、好意3割、無関心1割。

 転入して僅か三日で、ほぼ全校生徒からの注目を良くも悪くも集めたカナンは、今日も今日とて匿名さんからの粋なプレゼントに眉を潜めた。


 「また・・・」


 電子ロック式のロッカーの上からかけられた南京錠の数々。それも、少しお高い魔法耐性の付いている物。

 初日は一個だけだったので馬鹿正直に開けた物だが。


 「ふっ!」


 その事をその日の内に相談した結果、剣で破壊すれば早いというお言葉を養父から頂いた為、それ以降はそんなに困らされては居ない。

 腰に吊るしたワンハンドソードは、入学祝いという事で養父から貰った物だ。養父曰く、店で買える物とはレベルが違うと言うが、剣に詳しくないカナンにはどうも違いが分からない。

 ただ、とりあえず良く切れる。


 「おはよ・・・うございます、カナンさん」

 「おはよ」


 カナンの背後から上機嫌そうに声を掛けようとして、消え入るような声になったのは、群青の髪をサイドアップにした少女だ。

 16歳とは思えぬ身体つきをしており、漆黒の士官制服の胸元を押し上げるそれは、カナンには無いものだ。


 「どうかしたの?」

 「いえ、何でもありません」


 面白くない、そんな分かりやすい雰囲気を出しながら軍靴を高らかに鳴らして去っていく。

 

 「おはよう、カナン」

 「ん、おはよ。シルヴィ」


 背後から肩を叩いたのはカナンと同じ白銀の髪を腰まで伸ばした女子生徒であった。

 シルヴィ・リューネハルト。

 レウィシア共和国に存在する貴族の中でも最高等級、一等級の貴族である『リューネハルト』家の長女にして、一年生ながらに経てた特殊軍功によりレウィシア軍『少尉』に任命された才女。


 「カミラも悪い子じゃ無いんだけどね」

 「ん?なんでカミラ?」


 ちなみに先ほどの少女の事である。


 「え・・・あー、カナンってたまにめちゃくちゃ鈍いよね」

 「む、そんな事ない」

 「いやいや、あるよー」


 ペシペシと肩を叩くシルヴィを鬱陶しそうに払うと、カナンはさっさと教室に向かう。

 「ええー?一緒に行こうよー」と、背後から付いてくるシルヴィ。


 「調子に乗ってる」

 「シルヴィさんに声を掛けられてるのに」


 そんな声が聞こえた気がするが、カナンは別に興味も無い。

 付いてくるなら勝手にしろとばかりにシルヴィに視線をやると、にっこり笑いながらシルヴィは後ろから抱きついてきた。


 「やっぱりカナンは良いな〜」

 「あっつい・・・」

 「暑くないよー?私達基礎体温低いし〜、ほらほら〜」

 「・・・」


 ほっぺを擦り付けてくるシルヴィ、上半身を振って引き剥がそうとするが、驚異的な身体能力でカナンにしがみつく。

 周りの男子生徒達は、その様子を、厳密に言えば振り回されるシルヴィのスカートへと視線を向けていたが、生憎とシルヴィはそこに対しての羞恥心が薄かった。


 「疲れた」

 

 ダルそうに呟き、シルヴィを引きずったままカナンは歩き出す。

 そんなカナンの耳元、シルヴィが囁くように言った。


 「そういえば、さ」

 「何?」

 「来月の14日、エインランド帝国からの支援要請があるんだよね」


 エインランド帝国、オラリア大陸の最北端に位置するレウィシア共和国から更に北側、海を隔てた先にあるヴォルジャノフ大陸中央部に位置する大国である。

 『技術』というただ一点で世界のトップランクにのし上がったレウィシアの対極、『魔術』を極めて、レウィシアと肩を並べる強国だ。


 「それ、私に話していいの?」

 「いいの。私、一応部隊長だから、それに、ハルト大尉の令嬢だし、口は硬いでしょ?」

 「・・・ま、良いけど。で?まさかそれだけ?」

 「いやいや、でも、少し時間がかかりそうなの。だから、この後、授業サボタージュしちゃわない?」


 


 5月の空の下、白銀の季節から完全に抜け出し切った空気は、春の陽気に満ちていた。

 校庭や、グラウンドの周囲を囲む桜並木と、生垣に植えられたラベンダー。

 それらを上から見下ろしたカナンは、缶ジュースに口を付けてから切り出した。


 「もう暑いくらいかな」


 士官学校の屋上、煉瓦の生垣に植えられた青の花が咲き誇るそこの片隅。

 二人は多くあるベンチやウッドチェアのうちの一つに腰を下ろしていた。


 「あー、日光があるからかも。こっちの日陰に座らない?」

 「貴方と隣り合って座る方が暑い」

 「うわー、酷いな。今度大尉にチクっちゃお」

 「勝手にどうぞ」

 「わーお、これが親子の信頼関係ってやつ?」

 「・・・本題は?」


 話を切り出しておいて何だが、ここまで脱線されたら流石に戻さない訳にもいかない。

 と、いうか。出席義務を放り出している以上、無駄話を続けたいとは思えなかった。


 「あー、ごめんごめん。実はね、エインランドからの要請って奴に、生徒達を何人か派遣するって話があるの」

 「生徒を?」


 カナンはまだこの国に来て2ヶ月程度だが、ハルトからある程度の常識は教えて貰っている。

 士官学校というのは、あくまでも演習と教習だけで、実戦はしないものだと教えられた筈だが。


 「あー、といっても、あれね?殆ど見学みたいな物。サポートも多少はさせるそうだけど、今回の要請はただの魔物討伐だから、基本は後方待機だよ」

 「魔物討伐って・・・そんな事で支援を?」


 言外に込めた意味、どうやらシルヴィはきっちりと理解してくれたらしい。


 「これもマル秘情報なんだけど、実は・・・」

 「・・・え、ちょっと待って?そんな状況で生徒を?」

 

 首をかしげるカナンに、シルヴィは「私も分からない」とだけ言うと、そのまま屋上の扉へと向かう。


 「多分、今回の演習は連れてくに当たって、選抜試験か何かがある。出来れば、わざと試験に落ちて、来ない方が良いかも」

 「シルヴィ、何か知ってるの?」

 「・・・ただの勘」


 振り返らずにシルヴィが立ち去った後、やけに大きい音を立てて屋上の扉が閉まった。

 


 


 

 

 

 


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