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30.犯人


 アンゼリカが右手を差し出すと、チコリがヴァイオリンケースをうやうやしく差し出した。

 受け取ったケースを開くと、中には艶々とした飴色のヴァイオリンが納められている。

 

「これは、貴方のヴァイオリンですわよね」

 

 アンゼリカが訊ねると、コリンくんはきゅっと下唇を噛み締めた。

 というか、楽器に疎い私には違いが分からないのだけど…反応から見ると、どうやら本人のものらしい。

 

「どうして貴方は空のヴァイオリンケースを持ち歩いてらっしゃるのかしら?」

 

「いえ、空では…っ」

 

「では開けてみせていただける?」

 

 アンゼリカの言葉にコリンくんは小さく息をのむと、震える手で手元にあるヴァイオリンケースを開いた。

 

 中には、白い布地に赤いラインの上履きが一揃え。

 履いてみないと確定はできないけど、大きさ的には私の物のようだ。

 

「これ…」

 

「ありましたわね」

 

 ふん、とアンゼリカが鼻を鳴らす。

 

「なんで…」

 

 呟くようにこぼれた私の問いに、項垂れていたコリンくんが顔を上げた。

 

「気に入らないからです」

 

 そこに先程までの怯えや動揺はなかった。

 続けて何か言われるのではと身構えたけど、そのままコリンくんは頭を下げた。

 

「とはいえ、やり過ぎたとは思います。僕の軽率な行動により、アンゼリカ様にご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした。どの様な処罰も受ける覚悟です」

 

 ……まって、謝ったの、アンゼリカに対してだけな気がするんだけど。

 

「貴方の処分に関しては、関係者で協議のうえ追って通達します。とりあえず今日はもうお帰りになって結構よ」


 そしてアンゼリカが勝手に話を進めていく。

 私は結構じゃないし、理由が知りたい!と思ったけれど、状況が整理できず混乱しているため、まともな言葉が浮かばず、ただ狼狽えるしかできない。

 ポプリはそんな私を気遣うように黙って背中に手を置いてくれていた。

 彼女がアンゼリカに異議を唱えなかったのは、進行は任せた方がいいと判断したのだろう。


 コリンくんはもう一度頭を下げると、私にヴァイオリンケースごと上履きを渡した。

 

「え、あの、このケースは…」

 

「いらないよ、そんなゴミを入れたケース」

 

「はあああああ?」

 

 ゴミ発言に真っ先に反応したのは私の隣にいたポプリだった。

 

「なんなの、君!クレナの靴をゴミ扱いするなんて!」

 

 今にも掴みかかりそうなポプリにも、それを制している私にも目もくれず、自分のヴァイオリンを受け取ったコリンくんはさっさと出て行ってしまった。

 

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