Story 7 【人の縁】
いつも通りの夜。
いつも通りの墓場。
いつも通りの紅茶の香り。
全てが全て、いつも通りの深夜の茶会。
しかし、今日は彼女の話声が聞こえてこない。
というのも、目の前でテーブルに突っ伏しながらも器用に僕が持ってきた茶菓子を食べているからなのだが。
「……先輩、そろそろ気まずいので聞いても?」
「……あぁ、いや。すまないね、こんな姿を見せてしまって。気持ちの切り替えが昼間のうちに出来ていたら良かったんだが」
「何かあったんですか?」
そう聞くと、彼女は……カニバル先輩は椅子に座りなおしてから、僕に目を合わせ話始めた。
「簡単な話さ。知ってる人がまた遠くへと行ってしまったっていうね」
「それは……いえ、申し訳ないです。そんな話を聞いてしまって」
「勘違いしないでくれ。別にその人が死んでしまったわけではないし、そも連絡自体は取れるんだ。ただ、近くに居た人が遠くに行ってしまっただけだよ」
「……えーっと」
どういう事だろうか。
連絡が取れる、という事は僕が考えた最悪な自体ではないのだろう。
しかし、だからと言ってここまで彼女が気落ちしているのは珍しい。
「うん、突然というのは間違いだね。色々なモノが積み重なった結果、その人は遠くへと行ってしまったわけなんだ。詳しい事は省くけどね」
「成程……?」
「無理に理解しようとしなくても良いよ。これは理解しようとしても、ある程度知ってないと見えてこない話だし……そも、私がこう感じていることも彼が知ったら負担になるかもしれない。そんな話なんだから」
そう言って、先輩はここにきてからまだ口をつけていなかった紅茶を口に含む。
「これは言わば、独白のようなモノさ。君に促された、っていうのはあるけど私自身もこのまま抱えていても仕方ないと思っていたしね」
「聞くだけで良いなら、聞き手になりますよ」
「ありがとう。……といっても本当に話した通りの話でね。そこまでの話じゃあない。私的には『あぁ、私が無自覚に何かをやってしまったのか』とか『あの時のそういえば』っていう考えがさっきから頭の中で巡り巡ってぐちゃぐちゃになって……それこそ作業に集中できないくらいにはなっているんだけどね」
「遠くに行ってしまった理由の中の一つに、先輩も関わっていると?」
「まぁそういう事さ。彼からすれば『これ以上ここに居ても仕方ない』と考えてしまうモノを私がやってしまったかもしれない。……ここでいう『かもしれない』っていうのは本当に厄介でね」
一息。
「自分で何をやったか分からない。彼の琴線に触れた可能性がある行動、そういったモノが今思い返せば色々心当たりが合って。でも彼に聞くには忍びないし、そも彼はこういう話をすること自体あまりしたくない様だからこそ……私が勝手に考えて、私が勝手に落ち込んでいるのさ」
「成程……」
こういった人にかける言葉、というのを僕は自分の中に持ち合わせていない。
いや、『そんな事はないですよ』『その人の事は良く知りませんが、先輩はそんなことをするような人じゃありません』なんて無責任な言葉なら出るだろう。
しかし、そんな中身のない……何も分かっていない僕の言葉なんて言った所で意味がないのだ。
そも、先輩は意見を僕に求めてきていない。
あくまでこれは彼女の心の整理の為の独白なのだ。
それに聞き手が……ただ聞くだけを選んだ僕にかける言葉はなかった。
「はは、そんな顔をしないでくれよ。君には何も関係のない話だぜ?」
「いえ、自己嫌悪みたいなものですよ。……すいません、気の利いたセリフが言えたらよかったんですけど」
「いいさいいさ。私がそんな事を求めていないって事も分かっているんだろう?」
「……えぇ、まぁ」
「今、こうやって話を聞いてくれているだけでも十分助かってるから気にしなくてもいいよ。……ってこのセリフを言われて気にしない方が難しいか」
ふふ、と悲しげに笑いながら彼女は再び紅茶に口をつけた。
少しの静寂が訪れ、近くで飛び立った鳥の羽ばたく音や虫の音などが聞こえてくる。
「とまぁ、これはそういう話なのさ。語り部も聞き手も幸せにはならない。当事者は違うかもしれないけど、そういった話でしかないのさ」
「……そういうものですか」
「そういうものさ」
気が付けば、彼女のカップの中の紅茶は既に無くなっていて。
僕のカップの中の紅茶だけが夜に熱を奪われ、冷たくなっていた。
……らしくない。
自分でもそう思う。彼女もそうだろう。
今日は恐らく特別な日、忘れられない日になるだろう。
お互い言葉を交わさず、ただただ茶菓子を口に運んでいると先輩が突然席を立った。
「うん、今日はこれくらいにして家に帰るとするよ。聞いてくれてありがとう、魔女後輩」
「聞くことしかできない役回りだったので、礼は要りませんよ」
「そうかい?じゃあまた明日」
「えぇ。またお話しましょう、カニバル先輩」
少なく言葉を交わし、夜の茶会はお開きとなった。
彼女が墓場から出ていく姿を見送った後、僕は月を見上げる。
そこにはいつもと変わらない、夜の暗闇を照らす光がそこにあった。