Story 6 【今居る場所と、未来の道と】
少し、書きたくなったので。
「先輩、少し聞いてもいいですか?」
「……なんだい、改まって」
「なんというか、現状の自分の立場っていうものが本当によくわからなくなってですね」
今夜は少し、趣の異なる話をしよう。
今までとは違う、少しばかり僕の現状の話を。精神的な話を。
「……と、いうと?」
「いえ、そこまで真面目な話ではないんですよ。あくまで僕だけが悩んでる話で。……現状の環境が恵まれすぎている、と感じた事って先輩にはありますか?」
僕がそう聞くと、先輩は困ったようなでも笑いそうになるのを必死に抑えているような……そんな難しい顔をしながらも、今まで以上に真剣に話を聞いてくれているようだった。
その手元には人の小指のようなクッキーが広げられており、それを指でいじりながら、だが。
「あるね。そりゃ何度もあるさ」
「先輩でも、ですか?」
「私だからこそだ。これまで生きてきて何度もそう感じた。……最近ならそうだね、君とこうして話せるような環境にも恵まれすぎていると感じている所さ」
「……それは」
「はは、『仕事だから』かい?こんな状態だけど、似たような境遇になってる輩の末路は調べたりして知ってるのさ。その時君たち魔女が何をしてるのかもね」
先輩は、今は人とは言えない人の形をした異形だ。
だからこそ、元に戻ろうとした時期もあったんだろう。独自のルートか何かは知らないが、どうにかして同じような境遇になった人を探したり情報を得ていたのだろう。
そして、その先で彼らがどうなったかも知ったのだろう。
だからこそ、そうなっていない自分は恵まれていると、彼女はそう言っているのだ。
僕の視線は少しずつ、テーブルへと落ちていく。
「んー。その顔からして、欲しかった答えではないみたいだね。……でもね、後輩よ。君の求めてる『回答』ってのはこの場合、無いものなんだよ」
「無い、ですか?」
「あぁ、無い。答えを探すことすら無意味……とは流石に言わないけど、結局の所『回答』ってものは一切無いものなんだよ。この話自体、あまり君の参考になるようなものではないだろうしね」
確かに、僕の置かれている環境の話ではない。
それに、彼女ならば笑ってくれるんじゃないかと思ってこの話題を彼女に投げかけたのだ。……僕自身が彼女の環境を人一倍知っていたはずなのに。
テーブルに落ちていた視線を彼女の顔まで引き上げる。
すると、そこにはこちらを優しく見つめている先輩の顔があった。
僕はポツリ、ポツリと話したかった内容を話し始めた。
「……最近、ある魔女のカヴン……コミュニティに入ったんです。前から良くしてもらってる人からの紹介で」
「あぁ」
「ただ、そこに所属してる人達が本当に実力的にも人柄的にも、年齢的にも僕よりも上の魔女達ばかりで。彼らは別に気にしていないんでしょうけど、僕自身どこかで『ここにいてもいいのか、場違いなんじゃないか?』って思っちゃうんですよ」
「……ふむ」
少しずつ、普段話すよりも数段ゆっくりと言葉を吐き出していく。
何故か目に涙がたまっていく。悲しいわけではない。……ただ、それは溢れて止まらなくなっていく。
目から溢れるそれをローブの袖で拭き取り、しっかりと聞いてくれている彼女の顔を見る。
彼女は、いつになく優しい顔をしていた。
「そう思ってる自分が、本当に嫌で。自分の分からない事を聞けばすぐにアドバイスが貰える、悪いところは改善案を出してもらえる、さらに新しい技術も色々見て盗むことができる。……そんな恵まれた環境にいるのに、針の筵にいるように感じてしまう自分が」
「……一つ、いいかな?」
「えぇ、どうぞ」
「君自身は、そこから出たいの?それとも出たくないの?」
「そんなのっ……、出たく、ないです。もっと、彼らと話したいし教わりたいし、色々なことをあそこでしたいです……ただ、対等になりたいんです。彼らと胸を張って、同じ舞台で」
そう言うと、ついに先輩は腹を抱えて笑い出した。
そんな彼女をついつい睨んでしまったのか、僕の様子に気づいた先輩がひーひー言いながらもこちらに向き直る。
「君ね、もう答え出てるじゃないか。そこに居たいんだろ?ならそれでいいじゃないか。悩みすぎなんだよ」
「悩みすぎ……?」
「あぁそうさ。悩みすぎ。私だったら、今のまま適当に笑いつつ胸張って横に立つね」
「その無い胸をですか?」
「それは余計」
ふぅ、と彼女は一息つくとすっかり冷めた紅茶に口をつけ喉を潤す。
……完全にもういつも通りのテンションも戻ってるな、この人……
そして小指クッキーをこちらに向けながら、先輩は話を再開する。
「大体さ、同じ舞台になんか立てるわけないんだよ。その人らは君の数歩、数十歩先に進んでるんだから。なら形だけでもその人らに合わせて、仲良くなって……いつか君がその人らを追い越してやればいい」
「……同じ舞台には立てないんじゃ?」
「あぁ、立てない。立てないに決まってるじゃないか。人間ってのは同じ歩幅で歩いてる奴はただ一人としていないんだぜ?それは能力の面でも同じなのさ。……年が上?能力もその人らのがある?そりゃ当然さ。彼らの方が長く生き、その分道を歩いてきたんだから。君とは比べ物にならない距離の道をね」
「それじゃあ結局は追いつけないんじゃ」
「はは、そうは言ってないだろう?君には君の歩幅があるんだ。彼らが1歩1歩進んで行ったかもしれない道を、君は駆けるように進んで行くかもしれないんだぜ?しかも、一度その道を進んだ者からのアドバイス付きだ」
一息。
「だから、さ。君は君が思うようにその恵まれた環境で過ごせばいい。私はそう思う」
「どれだけ頑張っても、追いつけなかったら?」
「はは、そんなもの今から考えても仕方ないだろう?今をみようぜ、若人」
「あなたも若人でしょう。……はぁ、もう今日も陽が昇りますね」
「あぁ、ここまでみたいだね。元気は出たかい?泣き虫魔女後輩」
「……一言余計ですよ、カニバル先輩」
少し、肩が軽くなったような気がした。
そして陽の昇る方へと歩き出す。今宵の雑談はこれにて終了だ。