Story 35 【見て、聞いて。そして】
いつもと同じ時間。
同じ場所。
そして、同じ面々……ではあるものの。
今日は少しだけ様子がおかしい人が1人いた。
「……で、どうしたんです?今回は前みたいなショックを受けてるみたいな感じじゃないですよね?」
「……いやぁ、何ていえばいいんだろうね。こう……よく『語彙力が無くなった』とか言う人がいるけれど、今私はそうなっているのだろうねぇ……」
「あぁ、居ますねぇ。そういう人は基本的に感動してそんな状態になってたりするはずですけど……もしかして先輩も?」
そう、先輩が今日は来るなりテーブルに突っ伏しているのだ。
時々身悶えしながら唸っているその姿に、静観を決め込んでいた僕は周りからの視線もあって話しかけることにした。
本人曰く、語彙力が無くなった。
一般人が使うかどうかは分からないものの、SNSなんかではよく目にする言葉だ。
当人が感動していたり、素晴らしい作品を前に圧倒されてしまい……どうその心境を表したらいいのか分からない時に、よく使われる言葉。
「まぁねぇ。私の場合は……そうだね。ここに来る前、家でライブを見てたのさ」
「ほう?ライブですか?」
「そう、ライブ。最近はネットチケットを買ってPCでリアルタイムで見れるんだぜ?……今まで応援してた人の晴れ舞台さ。見ないわけにはいかないだろう?」
「それは確かにそうですね……。で、それが予想以上に良かったと」
彼女は頷き、僕の問を肯定した。
……前に言ってた応援してるアーティストさんの事かな。
どうやらまだまだ自分の中でも感想がまとまりきらないのか、先輩は時々空を見上げながら唸っている。
それだけ彼女にとってはそのライブが素晴らしく、感動したものだったのだろう。
「いやぁ……ホントに良かったんだよ。ここで歌うしかないって曲を歌ってくれてさ。ホントにかっこよかったんだ。出来れば会場に行きたかった……」
「へぇ……僕みたいにほぼ何も知らなくても楽しめますかね?」
正直な話、先輩が凄く嬉しそうな顔をしているのが気になって。
そのライブを見て見たくなった。
「お?興味が出たかい?」
「えぇ、先輩がそこまで言うくらいですからね。事前知識とか必要だったら調べますし」
「成程ねぇ。一応ライブの方は来月の初旬までは見れるから……そうだね、先に知識を少しだけ付けておこうか」
そういって、彼女は自身のスマホを取り出して何やら操作を始めた。
次に僕に画面を見せた時、そこに映っていたのは、
「……動画サイト?」
「あぁ。ほら、よく耳にするだろう?最近は芸能人もこういう動画サイトで動画を投稿したり生配信したりだとかって」
「あー……ネットニュースとかでは見ますね。今回先輩が見たライブに出演した人もここで?」
「うん、というか……基本ここが活動地だね。リアルイベントはあんまりしないタイプさ」
そう言って見せてくれたのは、女の子のイラストが動いている姿だった。
いや、理解は出来る。カメラで読み取ったりなんやかんやして現実の動きをイラストに反映させているのだろう。
しかし突然それを見せられたこちらとしては混乱するしかない。
「えっと……この人が?」
「そう、私が応援してる人。歌も歌うし、こうやって見せてる通りゲームの配信もする。他にも企業さんとコラボしたりだとか、色々な方面で活躍中の……あー、どっちかと言えばアイドルか。そうだね、アイドルなんだ」
「……時代も、進歩したってことなんですかねぇ」
「おや、魔術を扱う魔女的には複雑かい?」
悪戯っぽく微笑んでくる先輩に、苦笑いを返す。
「そりゃあ、まぁ。でもこういう文化もあるっていうのは納得できますね」
「いいねぇいいねぇ。……嫌なら言いなよ?無理に薦める気はないからさ」
「それは分かってるのできちんと言いますよ。とりあえず帰ったら見てみますね。他にもこの人みたいな人はいるんです?」
そう聞くと、ぱぁと明るくなって。
20人を超える人らを紹介してもらった。
「……少しこの量は予想外ですね、カニバル先輩」
「あは、実はそれ以外にも5人いるんだぜ?魔女後輩」
「……頑張ります」
「程々に、ね。彼女らも頑張ってまで見られるのは本意じゃないだろうさ」
そんなことを言い合いながら。
今日も時間が来てしまう。
いつかは消えてしまう、無くなってしまうこの時間を。今は、どうか永遠に。




