Story 11 【亜人と人】
「そういえば、私達って人間じゃないんだろう?」
「まぁ……厳密に言えばそうですね。近いものではありますけど」
「ふむ、いやね。私達って自分の事をよく化物とか言ったりするだろう?でもそれはそれでどうかなーと思ってね」
街の郊外、そこにある使われていない墓地。
月明りと、僕の持ってきたランタンに照らされながら目の前の女性……最近切った短い髪に、黒いランニングウェアを着た彼女は紅茶の入ったカップを手に持ちながらそう言った。
対する僕はといえば、対外的に見れば普通ではないように見えるだろう。
三角帽子に黒のローブ。箒にランタン。既に収穫祭は過ぎているというのに仮装でもしているのかと言われてしまうかもしれない恰好。
でもコレがある意味僕の正装なのだ。断じて仮装ではない。
僕の大学の先輩である彼女、通称カニバル先輩は悪戯っぽく僕に微笑みかけている。
恐らく僕の答え、というよりは僕が展開する話を待っているのだろう。
「じゃあ今日の話題はそれにしましょう」
「やったぜ。じゃあまず質問ね?……まず、私達って化物以外にどんな呼称?があるんだい?そもそもそう言ったものがあるのかな」
「そうですね、結論から言えばあります。まぁ人によって、というよりはそういったモノを研究、調査している人達はそれぞれ違ったりはしますけど」
ふむ、と先輩は一口カップに口をつける。
「一般的、ではなく魔女的に言えば僕ら彼らの事は『亜人』と呼んでいます。と言っても、亜人たちから見れば魔女はほぼ人間と同じらしいですけど」
「お?会ったことがあるような口ぶりだね?」
「まぁ、こうして先輩と会う事だって言っちゃえば亜人と会ってる事になりますからね。……僕が会ったのは吸血鬼と夢魔の2人でしたね」
「あぁ、一応呼称は『人』で良いんだね」
「そりゃ人ですから。そんなちゃんとした化物でもないのに『体』とか呼ぶわけないですよ。怒られます」
そりゃそうだ、と喉を鳴らしながら笑う先輩を見ながら僕は今日持ってきたお茶請けのクッキーを頬張る。
先輩用に特別に用意したモノとは違い、普通の材料で作られたクッキーは紅茶によく合う。
「ふーむ、まぁ話したってことは知性があるってことだろうしね。ってことは割と近くに居たりするのかい?亜人さんたちは」
「そうですね……割と居ますね。具体的には僕の大学の友人とかが亜人の血を引いてたりします」
「ほう……これは驚いた。あの眼鏡の男の子かい?」
「そうですね、あいつは人狼の血を引いてます。っていっても、クォーターらしいんでほぼほぼ人間らしいですけどね」
そう、割と身近に亜人たちは存在しているのだ。
例えば人狼。例えば吸血鬼。例えば餓鬼。
彼らは人に近いから、亜人だからこそ人の世に紛れ込み暮らしている。
「でも割ときつくないかい?結局は亜人の血が流れてるってことはその力も少しは受け継いだりしてるんだろう?」
「まぁ、少しだけ。僕の友人だったら普通の人よりほんの少し力が強かったり鼻や耳が良かったりするらしいですけど、一般的に知られているように満月の日に変身!なんてことはないらしいですが」
「成程。血が薄れることによって、その特性とも言えるものも薄まっていくわけだ」
「そういうことです。ただ、たまーに純血の亜人なんかもいたりするんで、気を付けてくださいね」
「おや、まるで私が襲い掛かりそうな言い方だね。失礼な」
まるでも何も、と苦笑しつつ。
……言うなれば、先輩も純血みたいなものなんだよな。
ふと思う。
彼女はその一代だけで今の状態まで辿り着いてしまった。
源流を辿れば、恐らくは食人鬼になってもおかしくはなかったはずなのに、彼女の身体に宿る祝福の所為でその上位と呼ばれる魂食いに近づいてしまった。
今も前よりは緩やかだが徐々に近づいていってはいるのだ。
「まぁ、先輩は人を喰らう側なので多分相手側が隠れて出てこなかったりするんじゃないですかね」
「おや、まるで人を食人鬼のように言うね。間違っちゃないけど。……でも亜人って言っちゃあれだけど人を食べないのかい?イメージだと結構食べそうなんだけど」
「食べませんよ、現代に生きてるんですから普通の食べ物で普通に生活できるように適応したんです。むしろ先輩みたいな存在の方が珍しいんですよ」
「ほほう、もしかして私ってレアだったりする?」
「レアもレア、ソーシャルゲーム風に言うならSSR辺りですね」
「あは、それはそれは希少だねぇ私」
笑いごとではなかったりするのだが。
希少、というものは大抵多くの者が追い求めるモノとなる。
それこそ、ソーシャルゲームのSSRを皆が欲しがって課金するように。
現実でも、狩猟が続けられ……禁止されても密漁され続けた結果、絶滅した動物もいる。
だからこそなのだろう。
亜人たちは上手く身を隠すために適応したのだ。
薄まっても薄まっても血を絶やさないために。昔のままではいられないために。
だからこそなのだろう。
先輩はいつか、誰かにその命を狙われる。
その生き方を変えられないために。もう引き返せない地点まで来ているために。
「ん?どうしたんだい?」
「……いえ、もう時間かなと思いまして」
「おや……確かにもう明るくなり始めてきたね。それじゃあ今年もそろそろ終わりだ、最後まで風邪ひかないようにね。魔女後輩」
「こっちのセリフですよ。もう看病は嫌ですからね、カニバル先輩」
ランタンの灯を消し、僕と先輩はその場を後にする。
いつかその日がくるまで、この会合は続いているのだろうかと思いながら。
私達が知らないだけで、しれっと隣にいるかもしれないですね。亜人。




