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第20話 幕間②

 ※三人称視点です

 昼食を摂りに来ていた女子生徒の大半を魅了したアデルであったが、向けられていた視線の全てが好意的なものという訳ではなかった。

 特に――というかほぼ男子生徒のみと言っていいのだが、彼らは妬みや嫉みといったものを多分に含んだ視線をアデルに向けていたのだ。


 アデル自身、意図した言動では全くないのだが、十代の男子学生からしてみれば、意図していようとしていまいと関係ない。

 ただただ、自分以外が黄色い声で騒がれるのが面白くないだけなのである。

 彼らの気持ちを代弁するのであれば、「モテまくりやがって、リア充爆ぜろ!」もしくは「そのポジション、俺と代われ!」、といったところだろう。


 そんな男子生徒達の激しい嫉妬の感情を含んだ視線の中で、一人憎悪に満ちた異質ともいえる視線をアデルに向ける者が居た。

 普段のアデルであれば、そのような敵意剥き出しの視線に気づかぬはずがない。

 ないのだが、数百人分の視線に加えて、リーゼロッテとエミリアの容赦のないツッコミを受けている最中とあっては、見逃してしまうのも仕方のないことであった。


「チッ、ニヤついた(ツラ)しやがって」


 周囲に聞こえない程に小さく呟いた人物の声は、怒気を孕んだものだった。

 無論、アデルはニヤケた顔などしていない。

 その人物のフィルターがそれだけ歪んでしまっているのだ。

 

 未だざわつく食堂の空気に嫌気が差したその生徒、デリック・アルヴァーンは席を立つと、誰にも悟られぬように一人立ち去った。





「クソっ、ついこの間まで無能だったくせに……面白くねぇ。絶対に認めねぇぞ!」


 デリックは一人だけ歩く廊下で言葉を吐き捨てる。

 周囲には誰もおらず、誰もその言葉に耳を傾ける者も応える者も居ない――ハズ(・・)だった。


「せやなぁ。確かに面白くないと思うわ」

「だ、誰だッ!?」


 まさか返事があるなど微塵も思ってもいなかったデリックは、慌てて声のした方へと振り返る。

 そこにいたのは、一人の男子生徒と思われる(・・・・)人物だった。

 何故そのような曖昧な表現かというと、どのような顔をしているのか、デリックにはハッキリと認識出来なかったからだ。

 顔の輪郭に髪型、髪の色や背丈まで、どれだけ目を凝らして見てもボンヤリとしか捉えることが出来ない。


 では、デリックはどうして男子生徒だと分かったのか。

 答えは簡単だ。

 目の前の人物が身につけている服が、学園の男子生徒用であるということ。

 そして、自分を見ている瞳から男性であると判断したのだ。

 本来であれば、服装と瞳だけ認識出来る事に疑問を持つべきなのだが、声を掛けられたデリックは気付くことはなかった。

 

 男子生徒の瞳を見た(・・・・)デリックは、キツい表情を和らげて話しかける。


「何だ、お前か。恥ずかしいトコを見られちまったな」

「な~んにも恥ずかしい事なんてないで。アンタの気持ちは良く分かっとるつもりや。今まで異能を発現出来んかったお坊ちゃんが、ちょっと発現出来るようになったからいうて調子に乗ってるんやもんなぁ」


 男子生徒の同意の言葉に、デリックの表情は明るさを増す。


「分かってくれるか! そうなんだよ。あの野郎、俺をマグレで倒したことで調子に乗りやがって……。そればかりか、あのシュヴァルツ先輩や俺の兄貴と対等にやり合っただと!? 無能だった奴が一日や二日程度で出来るはずがねぇ!」

「ウンウン、よぉ分かるで。全部何かの間違いや。きっと運良くアンタを倒した事でエエ気になっとるんや」


 妖しく響く男子生徒の声が、デリックの頭の中に染み込んでいく。

 デリックはいつの間にか、男子生徒の瞳から目が離せないでいた。

 

「で、アンタはそれでええんか?」

「どういう意味だ?」

「マグレとはいえ、アンタは一度負けたんや。負けっぱなしでええんかって聞いとるんよ。きっと(くだん)のお坊ちゃんはアンタのこと舐めとると思うけどなぁ」

「なっ!? いいわけねえだろっ!」


 デリックの瞳に怒りの焔が灯っていくのを感じた男子生徒は、トドメとなる一言を告げる。


「せやったらどないすんねん? 今みたいに何もせんと遠目からボヤくだけやったら、気は晴れんよなぁ? 気を晴らす方法は一つしかないっちゅうんはアンタも気づいとるやろ?」

「……当たり前だ」

 

 短く、デリックは即答した。

 その瞳は決意に満ちており、それを感じ取った男子生徒は口の端を上げて笑みを浮かべると鷹揚に頷く。


「分かっとるならええ。せやけど、学園で私闘は禁じられとるんは知ってるよな? この前お叱りを受けたばっかりやし」

「うぐっ! それは……」


 痛いところを突かれたデリックは押し黙ってしまう。

 確かに学園では私闘は禁じられている。

 五騎士や教師の許可を得れば、模擬戦と称して手合わせすることは可能だが、デリックはついこの間アデルとやり合ったばかりだ。

 直ぐに許可が下りるとは思えない。


 悩むデリックに、男子生徒は悪魔の囁きを口にした。


「せやなぁ……一人拉致って誘い出したらどうや?」

「は? お前、何言ってるんだ?」

「ん~、フィナールの生徒はどの子も手強そうやしなぁ。せや! プリメロでアンタと揉めてた子がおったな。あの子なんてちょうどいいんちゃうか?」

「なっ……」


 目の前の男子生徒の驚きの発言に、言葉を失うデリック。

 そんな事をして学園にバレでもしたら、停学どころか下手したら退学もあり得る。

 流石に退学はマズイと尻込みするデリックを見た男子生徒は、気付かれぬように小さく舌打ちをした。


「……効きが薄いか。しゃーない、もうちょい強めに掛けるか」

「? お前、何を――」

「――ウチの瞳をよ~く視て(・・)や」

「…………」


 男子生徒の瞳を見つめ続けたデリックの目は虚ろだ。 

 焦点は定まっていなかったが、時間が経つにつれて元の決意に満ちた目へ戻っていった。

 男子生徒は一つ頷くと、デリックに問いかける。


「このままやったら気を晴らすんは当分先になるけど、どないする?」

「決まってるだろ? 初日に俺に指図してきたあの女を拉致って、あの野郎を誘き出す! でもって再戦だ。今度は俺が勝つに決まってる!」

「その意気や。ほな、頑張ってや」

「おう」


 そう言って、また廊下を歩き始めたデリックの後ろ姿を眺める男子生徒。

 と同時に、ポツポツと廊下を歩く生徒の姿が見え始めた。

 

「ちぃとばかし掛かり過ぎた気もするけど……ま、ええか。せいぜい頑張ってや」


 薄い笑みを浮かべておどけたように仰け反る男子生徒だが、彼に気付く者は一人もいない。

 まるでそこに誰も居ないかのように、生徒達は通り過ぎていく。


「ん〜、ちょうどええ当て馬になりそうやったから選んだんやけど、あの子だけやと正直言って不安やな」


 目を瞑り、腕組みをして軽く考えるような素振りをしていた男子生徒であったが、数秒もすると目を開いてポンと手を叩いた。


「ウルティモの中から何人か見繕って声を掛けとくか。うん、それがええな。そうと決まれば善は急げや」


 蜥蜴(トカゲ)のように冷たく笑って、男子生徒はおもむろにその場を立ち去る。




 ――アデルの(もと)にミーシャを拉致したという手紙が届いたのは、それから三日後のことだった。


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