第140話 やり手のシャル様
ノインの異能で試合会場まで戻ると、忙しなく通路を行ったりきたりしているリーゼロッテを発見したので声を掛けました。
「遅くなり申し訳ございません。ただいま戻りました」
「アデル! お帰りなさい。アイリス様は──」
「ご安心ください、ご無事ですよ」
歩み寄ってきたリーゼロッテが整った柳眉を下げて心配そうな表情をしているので、微笑みながら一歩横にずれると、私の後ろにいたアイリスがぺこりと頭を下げました。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません」
「頭を上げてください。でも、無事で本当に良かった」
「アデル様やこちらのお二人のおかげです」
アイリスはそう言って後ろを振り返り、ゼクスとノインの方に視線を向けます。
「いやいや、ウチらは大したことしてないんで気にせんとってください」
「えー、そうっスか? それなりに頑張ったと思うんスけど──痛っ! もう、何するんスか」
平手でパシーンと後頭部を問答無用で叩かれたノインは、頭をさすりながら抗議の眼差しを浮かべていました。
「ええからお前は黙っとけ! 元はといえば賊の侵入を防げんかったウチらの失態や。誇ることちゃうねん」
ゼクスがジロリと睨みつけると、ノインが項垂れています。
いつもシャルロッテの傍にいるので忘れていましたが、ゼクスもノインもオルブライト王国に仕えているのでした。
こうして無事にアイリスを助けることができましたし、各国の要人達も無事ではありましたが、一歩間違えれば大惨事になっていたのは間違いありません。
仮に重篤な怪我を負ってしまったり亡くなるようなことでもあれば、五大国の中でオルブライト王国の信用はガタ落ちになっていたことでしょう。
「ですが、お二人のおかげで今私は無事なのです。ありがとうございました」
アイリスが髪を揺らしニッコリと微笑みました。
ゼクスとノインはポカンとした表情を浮かべていましたが、
「いやいやいや、せやけどウチらがしっかりしとったらこんなことにはなってないんで、礼なんて言わんでください」
「そうっス」
ゼクスの言葉に同意するように何度も頷くノイン。
「うむ! 今回は余の国の責任だ」
「きゃあっ!」
背後から発せられた声に、リーゼロッテは驚いて文字通り飛び上がりました。
私、メ○ーさん……いえ、この場合は私、シャルロッテさん、でしょうか。
「シャル様」
「無事に救出できたようだな、二人ともよくやった。もちろんアデルもな」
二人はスッと頭を下げています。
リーゼロッテは心臓の辺りを押さえながらシャルロッテを睨みつけました。
「シャル! ビックリするでしょうっ」
「フハハハ! すまぬ、アデルたちの姿が見えたものでな、つい」
つい、という割には音も立てずに近づいてきていたような気がしますが。
「アイリス教皇よ。後ほど父上より正式な謝罪もあろうが、余からも言わせてほしい。此度はすまなかった」
シャルロッテが深々と頭を下げました。
私を含め、その場に居た全員が目を見開きました。
「此度の件、借りは必ず返す。シャルロッテ・ウル・オルブライトの名にかけて誓うと約束しよう」
胸に手を当てて高らかに宣言するシャルロッテに思わず息をのみます。
「承知しました。では、いずれ返していただきますので、その時は宜しくお願い致します」
「うむ! 任せておけっ」
お互いに笑顔を見せて頷きあっていました。
アイリスは教皇という地位に就いているだけあって、若いのにしっかりしていますね。
シャルロッテが自らの名にかけてまで誓った言葉を断ってしまえば、どんな理由があるにせよ失礼にあたりますし、シャルロッテ自身も気持ちの良いものではないでしょう。
具体的な時期や内容を口にしていないというのも素晴らしい。
シャルロッテの方も、今回のことでクリフォト教国を訪ねやすくなったでしょうし。
……彼女のことです、むしろそれが狙いだった可能性もありますね。
あくまで私の予想でしかありませんが。
「シャル様。会場の被害はどうなっていますか?」
爆発自体は貴賓室から発生したものの、かなりの規模でした。
観客席にまで被害が及んでいる可能性はじゅうぶん考えられます。
「安心せよ。貴賓室にいた者以外は全員無事だ」
「そうですか、安心致しました」
「アデルに頼まれたからか、リーゼロッテが張り切っておったからな」
「シャル! 言わないでって言ったでしょっ」
声を荒げて顔を真っ赤にするリーゼロッテ。
「リーゼ、ありがとうございます」
リーゼロッテの頭を優しく撫でました。
一瞬きょとんとしていたリーゼロッテは、私と目が合うとすぐにハッとなって俯いてしまいました。
「別に、お礼を言われるようなことじゃないわよ……」
「それでもですよ、ありがとうございます」
「うん……」
もう一度頭を撫でると、リーゼロッテは目を細めて小さく頷きました。
「んんっ、姫さん。観客が無事なんは良かったけど、他の被害はどないです?」
「アデルが異能で治してくれたおかげで父様達も無事だし、これといった被害は貴賓室のみだな」
シャルロッテの言葉に私はホッと胸をなで下ろします。
人的被害がなかったのは不幸中の幸いです。
「ほんならウチらは賊を連れていきますわ。大した情報は持ってなかったですけど、今回の実行犯ですし」
「うむ、頼むぞ」
「アデルくん、またな」
「さようならっス」
「ゼクスさん、ノインさん、ありがとうございました」
軽く手を上げて二人は黒づくめたちを連れて遠ざかって行きました。
「さて、アイリス教皇」
「アイリスで構いませんよ、シャルロッテ様」
「では、アイリスよ」
本当に呼び捨てにするあたり、流石はシャルロッテといったところでしょうか。
ずいっとアイリスの傍まで近づいたシャルロッテは、ニンマリと笑みを浮かべました。
「近々アデルとリーゼが今度クリフォト教国に行くと聞いたのだが本当か?」
「ええ、そうですけど……」
「その時に余も同行させてもらえぬだろうか?」
「それは……」
私たちがクリフォト教国に行く真の理由からどう返事をしていいものか躊躇するアイリス。
シャルロッテはそんな彼女の肩に手を置き、「悪いようにはせぬ」と囁きました。
「アデル達がなぜクリフォト教国に行くのか知っておるゆえ、安心せよ」
振り返るアイリスに向かって私とリーゼロッテは頷きます。
「大丈夫だ。それにな、余はこう見えて、そこそこ異能を持っているのだぞ」
「知っています……」
「ならば悩む必要などなかろう。其方も先ほど言ったではないか。『いずれ返してもらう』と」
「確かに言いましたけど……」
やはり、この話に繋がりますか。
「余はアデル、それにリーゼロッテとは友人だ。ということはだ。その二人と知己であるアイリスと余も友人ということだ」
「はあ……?」
「どこに潜んでいるかも分からぬ敵を相手にするのだ。仲間は多い方がよかろう。余はこう見えて王国ではそこそこ力があるのだぞ」
そこそこどころではないと思いますが……。
アイリスは観念したのか、「では、宜しくお願い致します」とお辞儀をしました。
「うむ! アデルよ、日取りが決まったら余に教えるのだぞ」
シャルロッテがニヤリと笑いました。
まずは公王とディクセンを説き伏せねばなりませんね。