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第130話 あなたの選んだ道が私の歩む道

「ベネディクト。私が襲われているところをこちらの方が助けてくださったのですよ」

「襲われたですとっ!?」


 アイリスの言葉に驚いたのか、目を見開くベネディクトと呼ばれた男性。

 オールバックのように後ろへ撫で上げた金髪と青い瞳、スラリとした細身で、身長は私よりも少し高いくらいです。

 年齢は……三十代半ばくらいでしょうか。


 ベネディクトは私たちに向かって、深々とお辞儀をしました。


「教皇様を助けていただき感謝いたします」

「どうか頭をお上げください。私は当然のことをしたまでです」


 困っている人がいれば助けるのは人として当たり前のことです。

 見て見ぬ振りなどできるはずがありません。

 

「なんという愛に溢れたお人だ! ……うん? どこかでお見かけしたことがあるような気が。そちらの女性も……」

「ああ、これは申し遅れました。私はアデル・フォン・ヴァインベルガーと申します。隣にいるのは私の婚約者です」


 私がベネディクトとアイリスに一礼すると、リーゼロッテも遅れて会釈をしました。

 リーゼロッテは「私の婚約者ですって……」と呟きながら顔を赤くしていますが、どうしたのでしょう?


あの(・・)ヴァインベルガーですか? なるほど、どおりでお見かけしたことがあるわけです。ということは、貴女はレーベンハイト公国のリーゼロッテ様ですね」


 ベネディクトはどこか納得したような表情を浮かべると、アイリスを見ました。


「教皇様。お二人に是非ともお礼をすべきかと思うのですが、いかがでしょう?」

「気が合いますね、実はわたしもそう思っていたところなのです。アデル様にリーゼロッテ様。わたしが泊まっている部屋に来てくださいませんか?」


 胸の前で両手を組みながら返事を待つアイリス。

 この可憐な姿を目の前にして断れる者がいるでしょうか? いえ、いません。

 

「お言葉に甘えさせていただきます。ですが、その前に黒ずくめの男たちを捕らえる必要があります」


 クラウディオの異能を再現して逃げ道を封じたとはいえ、現場に残したままホテルに来ましたからね。


 フロント近くの従業員に経緯を伝え、シャルロッテへの伝言をお願いすると、「直ぐにお伝えします!」と言って城へ向かってくれました。

 黒ずくめの方はこれで大丈夫でしょう。


「お待たせしました」

「いえいえ。それではまいりましょうか」


 案内された部屋は、私が泊まっている部屋よりも広く豪華でした。

 教皇という身分を考えれば当然かもしれません。


 アイリスがソファに腰を下ろすのを確認してから、私とリーゼロッテも対面のソファに座りました。

 両手をちょこんと膝に置き、にこにこと笑みを絶やさないアイリス。

 この少女が一国を代表する教皇だとは……身につけている服が司教服でなければ、誰も気づかないでしょう。


「では改めましてご挨拶を。わたしはクリフォト教国教皇、アイリス・アニェーゼと申します。このたびは危ないところを助けていただきまして、感謝の言葉もございません」

「私は教皇様の身の回りのお世話をさせていただいております、ベネディクトと申します。教皇様を助けてくださり、本当にありがとうございました。アデル様がいらっしゃらなければ今頃どうなっていたか想像もつきません。教国に招いて歓待したいくらいです」

「なるほど、素晴らしい考えですね! では、明日にでもレーベンハイト公王にお伝えしましょう。国賓としてアデル様をお招きしたいと――」

「お待ちください」


 話がどんどん大きくなりそうだったので、アイリスの言葉を遮りました。

 

「この場でお礼の言葉をいただいただけで、お二人のお気持ちは十分伝わりました。これ以上の感謝は私が困ってしまいます」


 二人の表情や口調から、感謝の気持ちは伝わってきました。

 それだけで助けて良かったという温かい気持ちになります。

 この気持ち以上のものをいただくわけにはいきません。

 リーゼロッテも私に同意してくれているようで、隣で何度も頷いています。


「そうですか? せっかくのご縁ですし、お呼びしたかったのですが、アデル様がそう仰るのでしたら仕方ありませんね」


 アイリスは残念そうに頭をがっくりと項垂れてシュンとしています。


 何とも居た堪れない気持ちがこみ上げてくるのは、やはりアイリスの見た目のせいでしょうか。

 しかし、簡単に首を縦に振るわけにはいかないのです。

 国賓扱いで招待されることに抵抗があるのも確かですが、場所が教国というのが非常に気になります。


 わざわざ警戒している国に行くのは、愚の骨頂以外のなにものでもありません。

 アイリスから全く悪意を感じないとしてもです。

 誰が狙っているかも分からないのですから――と、そうそう。

 

「そう言っていただけると助かります。ところでアイリス教皇様」

「アイリスで結構ですよ」

「ではアイリス様。黒ずくめの男たちについて、何かお心当たりはございませんか?」


 人通りが少ないとはいえ、街中で小さな子どもを連れ去ろうとするような連中です。

 怪しげな格好といい、アイリスのことを知っていて襲ったような気がするのですが……。


「心当たりはない……とは申しません。ただ、教国の内情に関わることですからお話するわけにはいかないのです。申し訳ございません」


 伏せてはいますが、アイリスを教皇と知っている者による犯行だと言っているようなものです。

 ここで聞こうとすれば、深みに嵌ってしまうに違いありません。

 断ったばかりなのに、それでは本末転倒です。


「いえ、お気になさらないでください」


 そう、これでいいのです。

 明日以降も試合は控えていますし、敢えて危険に身を投じる必要はないはず――本当に?


 私がなりたいと願ったものは何ですか?

 英雄だったはずです。

 だからこそ、"英雄達の幻燈投影"を発現したのではないでしょうか。

 危険だから、他国に関わることだから、と目を背けるのは英雄のすることでしょうか?

 何よりも目の前のこの小さな少女が、今後も危険な目に遭う可能性があるというのに放っておくのは、紳士としてあるまじき行為なのでは?


 ――しかし。


 今の私はリーゼロッテの婚約者でもあります。

 彼女を危険にさらしてしまうのではないかと思うと、躊躇してしまう自分がいました。


「アデル」


 振り向くと、リーゼロッテが真剣な眼差しで私を見ています。


「アデルが一番いいと思う道を選んでちょうだい。大丈夫、私がアデルを支えるから」

「なぜ……」

「言ったでしょ。一番近くで見てるんだもの、考えてることくらい何となく分かるわ。いい? アデルの選んだ道が私の歩む道でもあるの。私が隣であなたを守るから。だから……」


 その言葉を聞いた瞬間、唇が震え、喉から声にならない音が零れ出てくるのを、私は聞きました。


「……ありがとうございます」


 リーゼロッテがここまで言ってくれたのです。

 ならば私は私の成すべきことを為すのみです。


「アイリス様」


 そのひと言は、とても力強く、ついさっきまで悩んでいたとは思えないほどでした。

 ぱちくりと瞬きをするアイリスに、私とリーゼロッテは微笑みました。


「貴女が抱えている不安、私たち(・・・)に話してくださいませんか?」

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