第126話 カエサル・レギオン
「全てを掌握せよ『――覇者の左手』」
試合開始の合図とともに詠唱したカエサルは、不敵な笑みを浮かべたかと思うと、私に向かって左手を振るいました。
距離は五メートル以上離れています。
一見すると何の意味もないような行動ですが、そんなはずはありません。
意志よりも早く身体が反応していました。
カエサルに向かって前進しようとする寸前で方向を変えました。
左足で咄嗟に地面を蹴り、後方へ。
直後、私がいた場所から大気を裂く音が聞こえてきました。
「俺の初撃を凌ぐとはな。動きは悪くない。だが、まだ足りん。貴様の力を、価値を見せてみろ」
再び、カエサルが左手を振るいました。
その時です。
一瞬ですが、こちらに向かって伸びる銀色に輝く腕のようなものが見えました。
あれが真っ直ぐ向かってきているのだとしたら。
「『――――英雄達の幻燈投影』」
推測が正しいか確認するべく、ガウェインの"守護女神の盾"を正面に展開します。
これなら――。
そう思っていたのですが、やはり甘かったようです。
次の瞬間、私は真横に吹き飛ばされていました。
「俺の"覇王の左手"が一瞬見えたからといって、そのまま真っ直ぐくるはずがないだろう。見えているものに囚われすぎだ」
カエサルの言うとおりです。
昨日の試合を見ていたはずだというのに。
異能が見えたことで過敏に反応してしまいました。
ですが、今まで見えなかったカエサルの異能がなぜ一瞬見えたのか――今まで見えなかったのに?
「まさか……?」
そういうことですか。
そこでようやく理解しました。
カエサルによって、わざと見えるようにされていたのだということに。
「気づいたか。いいぞ、頭の回転も早いようだ。さあ、次はどうする?」
ニヤリと嗤い、慇懃に尋ねてくるカエサルと向き合いました。
彼の異能は見えても見えなくても、防ぐことは至難の技です。
物理的な攻撃ではない為、気配を察知することができません。
それが可能であるのなら、まだ対処のしようもあるのですが。
ですが今は試合中で、相手はカエサルです。
そうそう考える時間など与えてくれるはずもなく。
カエサルが左手を振り上げました。
一方向のみを防いでも無駄なのであれば――。
「『――――英雄達の幻燈投影!』」
カエサルが左手を振り下ろした瞬間に新たな異能を発現させます。
ガガァン! という炸裂音が目の前で轟くものの、先ほどのように吹き飛ばされることはありませんでした。
「……ほう」
カエサルは僅かに目を細め、興味深そうにこちらを見ています。
「面白い。まぐれかどうかもう一度試すとしよう」
そう言って再びカエサルが左手を振ってきました。
今度は背後から凄まじい衝撃音が発生しましたが、やはり私に攻撃が届くことはありません。
攻撃の直後ならカエサルも無防備なはずです。
私は直ぐに"英雄達の幻燈投影"を発現し、エミリアの"王に捧げし必中の弓"をカエサル目掛けて放ちました。
「無駄だ」
その言葉通り、私が放った"王に捧げし必中の弓"はカエサルに直撃することなく霧散したのです。
「俺が『覇王の左手』を発現している限り、貴様の攻撃が届くことはない」
ということは自動防御のような特性もあるということでしょうか?
そういえば、カエサルは試合開始からまだ一歩も動いていません。
よほど己の異能に対して絶対の自信を持っているのでしょう。
佇む姿はまさに威厳に満ちた皇帝を想像させます。
ですが、カエサルの攻撃もこちらに届くことはありません。
「俺の左手を防いだその異能――そうか、そこにいる男と同じものだな」
この僅かな攻防で私がどうやって防いだのかを察知するとは。
才能の差か、それとも資質の違いでしょうか。
そう、カエサルの言った通り私が選択した異能は、クラウディオの"母なる聖域"です。
ありとあらゆる攻撃を無かったことにする効果を持つこの異能。
それを私の周りにのみ張れば、カエサルの攻撃がどの方向からやってこようと関係ありません。
「素晴らしいぞ、その力」
試合中だというのに、心底賞賛するようにカエサルは拍手をしました。
「複数の異能を再現するその力、そして膨大な魔力。やはり俺の傍に置いておきたいものだが――」
「丁重にお断りいたします」
そう言って構え直しました。
「つれないやつだ。まあいい。それよりも、今のままでは埒があかないな」
「そうですね」
お互いの攻撃が届かないままでは、決着がつきませんからね。
ならば、どうすればよいか。
簡単なことです。
相手の防御を上回る一撃を与えればよいのです。
「くくく。この大会では見せるつもりはなかったのだがな。褒美だ……その目に焼き付けろ!」
カエサルが左手を上げて声高に叫びました。
「制覇せよ『――白銀の軍団』!!」
カエサルを中心に眩い光に包まれました。
青白い電光が会場内を狂乱しています。
そして次の瞬間。
カエサルの周囲に白銀の騎士たちが現れたのです。
その数は実に十二体。
白銀の仮面を被っているせいで、表情は全く読み取れませんが、覇気だけは伝わってきます。
「我が騎士たちよ。俺のために戦い、俺のために眼前の敵を殲滅せよ!」
カエサルが合図した瞬間、十二体のうち六体が前進と加速を始めました。