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第112話 大事な試合……のはずですよね?

 王都に着いた当日には気づきませんでしたが、城の向こう側には近代的な街並みにはそぐわないものがありました。

 巨大なコロシアムです。

 古代ローマの時代に造られた建造物によく似たこの場所は、私とギルバートの試合にうってつけということで、行われることになりました。

 昔からディシウス王国で試合を行う際には、必ずこのコロシアムで行っているということで、由緒あるものだそうです。

 私自身とリーゼロッテにとって大事な一戦となることもあり、気合を入れてやってきたのですが――。


「入場券を持っていない人はこちらで購入してくださーい!」

「試合観戦と一緒に飲み物はいかがですか~!」


 コロシアムの入口では、大声を上げて口々にわめき立てる受付らしき人や飲み物や食べ物を売る露店が並び、それらを求めて長蛇の列をなした人々が購入していました。


「……今日は私の試合以外に何か催し物でも行われるんでしょうか?」


 あっけに取られた私は、傍らに立つリーゼロッテに訊ねました。


「セリス女王はそんなことは一言も言っていなかったはずだけど……リビエラは何か聞いてる?」

「いえ、私も……ただ、試合が決まってからすぐにセリス女王が傍にいた者たちに何か話していたのは目にしました」

「セリス女王が? ま、まさかこれって……」


 そう言っている間にも、どんどん人がコロシアムの中へと入っていきます。

 指定された時間を考えると、人々のお目当ては私の試合ということになりますが、これをセリス女王が考えたというのですか?


「アデル様」


 声のした方へと顔を向けると、純白のドレスを身にまとったセリスが、三人の護衛騎士を引き連れて近づいてきました。


「おはようございます。昨夜はぐっすりお休みいただけましたか? 寝具が変わると眠れない方もいらっしゃるそうですし」

「おはようございます。用意していただいた部屋のベッドは大変素晴らしいものでしたから、問題ございません。おかげで長旅の疲れも取れました」


 これは本当です。

 あてがわれた客間は私の部屋の倍はあろうかという広さでしたし、家具や調度品も恐ろしく高級なものだと一目で分かるものばかりでした。

 ベッドも沈み込むように柔らかく、それでいてどのように動いても私の身体に完璧にフィットするのですから、寝心地が悪いはずがありません。


「そうですか。満足いただけたようでなによりです」


 セリスは満面の笑みを浮かべました。

 笑った顔はあどけなさを残しており、本当に私たちと同年代にしか見えません。


「セリス女王、一つお聞きしたいことがあるのですが宜しいでしょうか?」

「わたくしがお答えできることでしたらなんなりと」

「ありがとうございます。では、かなり賑わっているようですが、これはセリス女王が?」


 そう問いかけると、セリスは「ああ」と、今気づいたかのようにポンと手を叩きました。


「アデル様のお陰です。ここまで盛況なのはわたくしも初めて見ました。アデル様がディシウス王国民となったあかつきには、定期的に行っていただけると嬉しいですね」

「丁重にお断りします」


 間を置かずに即答しました。

 試合は嫌いではありませんが、興行として行うのはやはり気持ちのよいものではありません。

 それに、私がディシウス王国民になることなどないのですから。


「セリス女王! アデルの人生がかかった大事な試合を見世物にされるのは困ります!」


 リーゼロッテがセリスをキッと睨みつけました。

 しかし、セリスはリーゼロッテの抗議に対して意に介した素振りを見せず、困ったように苦笑しました。


「申し訳ございません。ですが、すでに多くの人が中に入っております。今さら公開中止となるとわたくしはもちろん、アデル様も批判を浴びてしまうでしょうね。それでもと仰るならすぐ中止にするように命じますが」


 いかがします、と悪戯っぽく問いかけてくる姿に、リーゼロッテは口を開いたまま固まってしまいました。

 昨日の試合の持ちかけ方といい、今といい、中々に人の悪いところをお持ちの方です。

 試しているのでしょう、私を。


 このような事態は想定していませんでしたが、試合を受けると言った手前、自分で蒔いた種でもあります。

 私自身の異能が多くの衆目に晒されることになりますが、アルバートによってすでに知られている以上、大したことはありませんし、そもそも公開したほうが利は多いです。

 観衆がいる前で勝てば、セリスも上に立つ者として諦めざるをえないでしょう。


「私はまったく問題ありません」

「そうですか、嬉しいです。ああ、今回の収益の一部は両国の友好の証として、レーベンハイト公国に寄付させていただきます」


 にっこりと柔らかですが、同時に大上段からの物言いでした。

 ですが、不思議と嫌味は感じません。

 思わず苦笑を漏らしてしまうほど、セリスのそれは自然な態度でした。


「さあ、控え室はこちらです。どうぞ」


 くるりと身体を反転させてゆっくりと歩き始めたセリスの後ろを、私はついて行きました。

 控え室は闘技場に面した広い部屋でした。

 一人で待つには広すぎるので、恐らくは多人数が利用する目的で造られているのでしょう。

 闘技場の出入り口以外には窓が一つだけあり、青い空と太陽が見えています。


「こちらでしばらくお待ちください」


 控え室まで案内したセリスは、配当の確認をしなくてはいけませんので、と言って消えました。

 入場料の収益だけでなく、私たちの試合を賭けの対象にまでするとは……呆れを通り越して尊敬します。

 すでに観客は満員になりつつあるらしく、こちらにも唸るような歓声が届いてきます。


 セリスが去ったあと、リーゼロッテは両手でぎゅっと私の手を握りしめました。


「……たとえどれだけ攻撃を受けても傷を負わないって言っても、見てる方は心配するんだから。相手のギルバート王子がどれほどの強さなのか未知数だし。もし危ないと思ったら無理はしないで降参するのよ。その時は……私もついていくから」

「私とリーゼロッテ様が生涯過ごす場所は公国のみですよ」


 私はにっこりと微笑んでみせると、リーゼロッテの頭を優しく撫でました。

 どうやら準備が整ったらしく、闘技場の方から私とギルバートを呼ぶアナウンスが響いています。


「では、行ってまいります」


 リーゼロッテに一礼すると、私は歓声とアナウンスが響き渡る方へ歩き出しました。

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