やっぱりカレーでしょ?
カレーはお好きですか?
聖女様が泣き止み、恥ずかしそうに詩乃のささやかな胸から離れたのは、恋するウザイ男達が王妃様から部屋を追い出された後の事だった。
王妃様曰く、泣き顔は夫婦になってから見せるもの、なのだとか・・。
『でも、王妃様は泣いている所が想像できませんが・・』
何でも王妃様は、実家の国が魔樹に飲み込まれ滅んでしまったり、姑の王太后にいびられたり、仲の悪い側妃の間を取り持ったりと結構な必殺苦労人なのだそうだ。
「苦労を顔に出しては駄目、女が廃るってなものよ?」
流石に熟女様、伊達に歳はとって・・・痛い痛い痛い!
「ほほぉ~。ホントにグリグリしやすい頭ねぇ~~」
心で密かに思っているだけなのに、声になって出てしまう自動翻訳機能が仇になる。優秀なのか、駄目機能なのか・・いまいち解らん能力だ。
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あの日から詩乃は王妃様預かりとなり、後宮の中で生活するようになった。離宮は閉鎖され、聖女様は予定通り神殿へと移って行った。
午前中は神殿で執務を、午後は王宮で②の補佐を取り仕切り、②共々書記官どもにガンガン仕事をさせていると言う。ご愁傷様です、➁よ君が望んだ事だ精々頑張り給え・・過労死しない程度にな。
軍の組織は実力主義に改変され、平民の不満は取り敢えず収まっている様だ。
貴族風を吹かして適当に仕事をしていた者達が改変にビビッて、大量に退職願を出して来た為にポストやお金が余っているらしい。平民騎士の給料が10年振りにアップしたそうで、②の人気は・・聖女様の人気は鰻登りだ。②が何をしても、平民騎士には<聖女様の御蔭>に変換されるらしい。ご愁傷さま×2である。人望の違いって奴だね。
布団騎士は将軍として、一軍を指揮して前線に旅立って行ったと言う。
駄犬は相変わらず②の傍だが、あの2人離れると逝っちゃうのか?誠にもって暑苦しい事だ。
魔術省も、改めて魔力の測定を(貴族はズルして、魔石で底上げをしていた)したそうだ。その結果、魔力の強い平民は新しいポストをもらい研究に実務に張り切っている。今までどんなに良い研究を発表しても、上司の貴族に成果を取られていたらしい、そんな事を続けていたらどんな真面目な人でも嫌になっちゃうよね。トップの銀ロンは研究者肌の人なので、其処ら辺の事は無頓着だった様だが、新たに王宮から文官達が派遣されて(聖女様の息のかかった)来たので、だいぶ風通しが良くなったらしい。
「らしい」が多いのは・・すべて王妃様から、お茶会に誘われて聞いた内容だからだ。
あの日以来、詩乃は王妃様のテリトリーに閉じ込められ、誰とも接触出来ないでいた。いや、別に会いたい訳でもないのだが。とにかく外は、王妃様の専用の庭にしか出してもらえない。暇で仕方が無いので、王妃様や高位の貴族の夫人から頂いた端切れで、細工物をチマチマ作っている毎日だ。
理由は解っている、①が失脚してパワーバランスが崩れ、貴族達が落ち着きなく動き回っているからだ。
聖女様が持つ魔力の威力を見せつけられ、王妃候補から内定者に代わった今、こぞって取入ろうと神殿に詰めかけているそうだ。そんなところに呑気な詩乃が、ノコノコと現れたら・・。鴨が葱しょってやって来た・・の騒ぎではなくなるだろう。オマケだろうが、魔力が少なかろうが、聖女様に恩を売れるなら安いものだと言う事だ。
「ほ~~ら、見て~~。今日もこんなに来ましたわよ」
王妃様が面白そうに、政略結婚の釣り書を持って来る。積み上げたら30センチはありそうだ、近所の河野さんのお姉さんが見たら喜んで卒倒しただろうに。お見合い話パート2か、前回よりも質は良い(王妃様談)らしいがお断りだ。
事件にかまけていたらいつの間にか季節は移ろい、春は終わり初夏の陽気となって来ている。夏が来れば詩乃は16歳になる、此方の世界では成人の歳だ。
『時間が来たんだ、巣立ちの時が・・』
詩乃は女官さんに頼んで、王妃様に面会を申し込んだ。
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「王妃様には御機嫌麗しゅう。この忙しい時に、聖女様を昼食にお誘い頂き有難うございます」
さして嬉しそうでも無く第2王子がやって来た、セリフの合間に不機嫌さが押し隠されている。それでも食後のデザートにと、貴重なチョコレートを持って来る辺りは、王妃様には頭が上がらない何かを掴まれているのに違い無い。
「軍の方は、少しは落ち着きまして?」
「脳筋的実力主義も良いのですが、難しい字が読めない将軍では命令書も送れませんから。有望そうな若い者を集めて、幹部候補生の教練所を開校しようかと思っております」
「まぁ、頼もしい事。予算や場所はどうするのです?」
「兄を王籍から外して浮かせた予算と、使っていない離宮を宿舎にしようかと」
「まぁ、ほほほ・・。あの子が、そう簡単に王籍を降りるかしら?」
王妃様は楽しそうに独り言を言う。
「魔力だけは無駄にあるのだから、王子を名乗りたいならば・・そうね、魔獣とやり合う最前線に2年程行かせてみてはどうかしら?貴方だって成人の歳に行ったのだもの、嫌とは言えないわよねぇ。嫌なら公爵にでも落として、手に余っている王領でもくれてやればいいわ」
ふふ、あの子がどっちを選ぶか、賭けでもする?鷹揚に微笑む王妃様。
「多分、同じ方に賭ける事になるので、勝負にはならないと」
2人で腹黒い話をしていると、聖女様が御着きになりましたと女官が告げに来た。
「遅くなって申し訳ございません、王妃様、と王子様・・・?」
今日も安定の美しさだ、身に着けている質素な神官服が・・其処がまた良い。
「構わなくてよ、貴方も忙しい身ですもの。疲れてはいない?」
天気は良いし風も気持ちが良いので、今日は庭でいただきましょうか、王妃様はそう言うと先に立って歩き出した。
庭の東屋に、見知った子が料理人の服を着てニコニコと笑って立っていた。
「いらーシャませヨウ~こそ」
「おい、まさかチンチクリンが料理したんじゃないだろうな。俺は不味い物を食うのは御免だぞ」
うん、相変わらずムカつく奴だね②は。
「別に、あんた呼んデナぃし~。何故②が来ルシ?」
「聖女の行く所には、俺がいるのは当たり前の事だ」
お巡りさん~。ここに変態ストーカーがいますぅ。
詩乃が目配せするとメイド達が皿を持って現れた所、皿には此処ではあまり見慣れない、穀物が乗っていた。
「これはコメか?南方で取れる穀物だろう、結構な値がしたはずだ」
「お米 長粒種し 見つカリデシた、慣テイナ 居る 思て ナン 焼いテミマ」
突然目を輝かせる聖女様。
「ナン!ナンて事は、もしかして!!」
「はぁアい~~、カレ~でスゥ~~」
恭しく鍋の蓋を取って見せるチンチクリン、其処には・・黄色がかった茶色の、ドロ~~っとした物が入っていた。
「何だ!それは、食べ物なのか、それでも!!」
「日本風 小麦粉 炒メ、ドロット 風 仕上げテミシた」
引きつった顔の②をしり目に、喜んでお皿に向かう聖女様。
「大盛りでお願いしまーす」
「喜んで~~~。福神漬け風も有りますよ~~ぉ」
異世界人2人で盛り上がっている、事も有ろうにお高いコメの上にドロドロをかけた。
『ぎやぁ~~っ。聖女が・・聖女が・・。〇〇〇を!?』
聖女様は上品にスプーンを使うと、ドロドロと少しのコメをちゃちゃっと混ぜて、一口パクリと食べた。
「うぅ~~~ん。美味しい、懐かしいー」
「私はコメの香りが苦手だから、そっちのパンをちょうだいな」
「パンなくてナンでよぉう。ハいどんぞ、千切ってカレーを乗せて食べイネ」
➁をスルーして女3人でサッサと食べ始める・・見た目はともかく香りは良い香りは。
「おまえ!この香りは、南方の貴重な香辛料!!ふざけんな!スプーン一杯で幾らすると思っているんだ!」
②は、近頃金策に追われているので、物の値段には敏感だ。ちょっと前まで鷹揚に、良きに計らえで済ませていたくせして、こんなに沢山使いやがってとブツブツ文句を言っている。
「五月蠅い事、食事は静かに頂くものよ?マナー違反じゃなくて?」
王妃様のダメ出しが入る。
「しかし・・おい、お前。この香辛料の金はどうした」
お前に払える金ではなかろう、どうやって賄った。腕組みして睨む②.
「大丈夫だ、王子 憑けから?分割 いイテよ、良カッね~ぇ」
なんだと!おまえ・・立ち上がって怒鳴ろうとして、チビに手を向けられ威圧され押さえ付けられる。チンチクリンは妙な技でプマタシアンタルまで投げ飛ばす女だ、聖女の前で惨めな真似はしたくない。
「アノ時 私 王子 貸しッタ、貸し返ス?今しョ」
グッと言葉に詰まる、確かにこいつとは約束した。聖女を無事救出できたのなら、何でも言う事を聞いてやると。チビはあの非常時に良く働いてくれた、聖女の為とは言え、一番美味しい思いをしたのは俺だ。
・・・黙ってドッカリと椅子に座る、プマは後ろにサッと控えた。
たとえ王子様が仏頂面をしていたとしても、王妃の所の女官達は意に介していない。黙って皿をサーブして来た、ビジュアルは・・うぐぅ、断じて良く無い。しばらく黙って睨み付けていたが、ノロノロとスプーンを持ち意を決して一口食べる。
「・・・美味い・・・」
異世界人の2人はクスクスと可笑しそうに笑う、嬉しそうに笑う聖女はレアものだ、何だかこっちまで嬉しくなってくる。
「おい、プマタシアンタル。貴様も食べてみろ、異世界の味だぞ。意外とイケる」
俺より保守的な、プ(以下略)は、強硬に辞退していたが、王妃に進められて涙目で食べ・・お代わりしていた。プの単純な裏表の無い所は、この王宮では愛すべき人柄と言えるだろう。
食事は楽しく語らいながら、楽しく進んでいた。
「デザートを、お運びしてもよろしいでしょうか?」
だから女官がそう聞いて来た時、チビがそっと席を立ったのを見落としていた・・俺は聖女しか見ていないからな・・仕方が無かろう。
薫り高いお茶を楽しんでいた時にチビが戻って来た、料理人の服を脱いで、妙な事に平民の男の子供の服を着ていた。白い長そでを捲り上げ、黒い長ズボンにはツギが当たっている、茶色のベストを着て、つばの付いた帽子を被り黒い髪は隠していた。肩には斜めに鞄が下がっている。
聖女様は目を開いて息を止めた。
「似合います?パ〇ーのコスプレのつもりなんですけど、旅立ちにはピッタリでしょ?此処に居たら、聖女様にも私にも、良く無い事は解っていました。今日は私の誕生日、16歳の成人になりましたので・・思い切って旅立ちたいと思います。聖女様、今まで有難うございました。遠くに居てもいつも変わらず、聖女様の事を思っています、幸せになれる様に祈っていますね」
最後の言葉は・・もう呟く様な小さな声で、聖女様ももう泣きそうになっている。手が震えて、テーブルのカップがカタカタと鳴っている。目から、今にも大粒の涙が溢れそうだ・・。
「王都を出るなら庇護は叶わん、その後どうなるかは其方次第だ。野垂れ死にしようが、どうなろうが王家は関知しないからな。その覚悟が有るならば好きにするが良かろう」
聖女を泣かした腹いせも有って、成人になったばかりの少女に酷な言葉を浴びせてしまった。そんなに焦らなくとも、2年もして周りが落ち着いてくれば、誰か良い相手を見繕ってやれば良いと思っていたのだ。それまで淑女教育でも大人しく受けて、王宮でノンビリとしていれば良いではないか。何故わざわざ俺に逆らい、聖女を泣かしてまで旅立つ必要がある。
「此処には居られません、どうしても身分制度が合わないのです。
訳も解らずに連れ去られて来た者を、奴隷と決めつけいきなり暴力を振るう者も。慇懃に振る舞いながらも陰で敵意を向けてくる者も、どうしても好きに慣れないのです。強い者が弱い者をいじめ、さらに弱い者がいじめられる・・そんな王宮には居たくない」
チビの言葉に、後ろに控えるプマが身じろぎするのを感じた。
「聖女様、私はちっぽけなモブです。此処に居たらいつまでも、聖女様のオマケでしかありません。誰も私をありのままに見ようとはせず、聖女様のオマケとして扱うでしょう。私は名も無いモブですが、モブの物語の<主人公>として生きて行きたいと思っています。どうぞ、ご理解ください」
チビは静かに頭を下げる、さようならと・・・。
「このまま行かせるのは、王家としてもどうかと思うから・・少し用意させてもらったわ」
王妃様の声に応えて、女官さんがお盆に何かを乗せてやって来た。
「商業ギルドのカードよ。慰謝料として贅沢をしなければ、食べて行けるだけのお金が入っているわ」
それから、これは・・・。
「ボコール公爵領に、行くつもりしょう?良い所に目を付けたわね。あそこなら反対はしないわ、公爵にも話は通しておきましょう。
あのお披露目の夜、あなたは船に乗る為に3等船籍を買っていたわね。
フフフ、ごめんなさい知っていたのよ。でもあなたは友達の危険を察知して王宮へと戻って来た、頑張ったわね。今度は2等船籍よ、あまり目立ってはいけないからね、でも海の見える個室で食事はラウンジで食べられるわクルーズを楽しんで頂戴ね。貴方の荷物はケージに入れて、すでに運んであるから安心してね」
王妃様には面会の時に、すでに詩乃の気持ちを話しておいたので、色々とお世話して下さった様だ。
「有難うございます。では・・・行きます」
とうとう泣き出してしまった聖女様を、②が抱きしめて慰めている・・・。
『ダメだなぁ銀ロンは間が悪いよ、王子は此処に居るはずじゃなかったのにさ』
➁になんかにラッキーイベントをさせるつもりは無かったのに・・密かに詩乃は大穴銀ロンに金を掛けていた・・配当金の高額さに魅かれて。もし大穴が当たったら、庭師さん達に配ってくれと王妃様に頼んで有る・・頑張れ銀ロン。
振り返らずに詩乃は歩いて行く、就任式の時には既に決めていた事だから迷いはない。王妃様の専用地下通路(おい!)を使って、王都に出るコースだ。
「待って!」
聖女様が走って詩乃に追いついて来た、走った為か上気した頬がピンク色に染まっている。そうして・・・そっと耳元で。
「私の名前は、亜里沙。久遠亜里沙・・覚えておいてね。困った時には、今度は私が必ず助けに行くから」
泣き笑いしながら教えてくれた。
「亜里沙か・・良い名前だな、響きが良い」
うわぁ、何処から湧いて来た②、ストーカー王子!チッ!割り込むな!
王子に聞こえない様に、両手で口を囲ってヒソヒソ話で伝える。
「私は大西詩乃、平民のB級で生きて行きます。詩乃です」
2人はギュッとハグし合って、そうして別れて行った・・・。
詩乃は地下通路を抜けて、王宮から港へ・・そしてボコール公爵領へ。
聖女は王宮に戻り、いつもの書類仕事へと。
「王都の外は穢れの地よ、あんたの気持ちが解んないわ」
扉まで見送って来たメイドさんがそう呟く。
・・それでも、それでも行こう。平民として生きると決めたのだから。
夜の船出の時、船は悲し気な笛を鳴らし出港して行った。
詩乃は船べりに立って暗く沈んだ王都と、丘の上で燦然と輝いている王宮を眺めていた。
あの王宮の窓の明かり何処かに、聖女様が居るのだろう・・まだ仕事をしているのかな?
詩乃も聖女様の様に、自分の居場所を、詩乃のままに居て良い場所を見つけよう。
そう決めた16歳の旅立だった・・。
オマケ~は、これにて完結です。
拙いお話をお読みいただきまして、有難うございました。
最後まで書けて、良かったです(´Д`)。
・・・・こぼれ話は・・・・小話集で・・・。12時投稿です。




