走れ詩乃
ルイ君は現実的な子でした。
詩乃が短い足で・・
『いや、決して短い訳では・・日本人としては平均だと思うが。ハァハァ・・この世界は平均身長もオランダ並みに高くて・・ハァハァ・・よってコンパスの長さも物理的に限界が有るのであって・・』
ぐちゃぐちゃと考えながら、詩乃は必死に王宮に入り込める地下通路の扉に向かって走り続けていた。
港の入り口近くでは
「あいつ、足遅せ~~なぁ」と、走っているつもりであろう詩乃に感心して、ルイ君が眺めている事も気づかずに。
「こりゃぁ魔獣に出会ったら、イチコロで食われるな・・」
やっぱりシ~ノンには、旅は無理そうだ・・・ルイて君はそう思った。
王宮に向かう大通りを小さな背中が走って行く、何だか解らんが頑張れシ~ノン。
王宮は丘の上にある、距離にして3キロぐらいだろうか?標高差も200メートルくらいはあるだろう。王宮に向かう道は詩乃とって心臓破りの坂と化していた、それでも詩乃は必死で走り続ける。
『うぅ~リアル走れメ〇ス。ああぅ、友達の名前を忘れた。妹がいるんだっけ?なんたらテウス』・・どうでもいい事ばかり思い出す。
<空の魔石>オラに力を与えてくれ!!
そう願ったとたん、思いもしないスピードで詩乃の体が走り出した。
「これって、ドーピングになるの~~~」
道行く人にぶつからない様に、必死でかわしながら走り続ける。
****
時は遡って・・詩乃が聖女様の異変を感じ取った2時間程前・・聖女様は休憩を取る為程に、神殿に戻っていた。
ケイは茶色の髪と灰色の目を持つ女性神官で、目立たない大人しい容姿と性格をしている。今年で16歳の成人となり、正式に下位神官に就任した貧乏子爵の庶子の女の子だ。今は聖女様のお世話係の一人に抜擢されて、大変の中にも有意義な生活を過ごしている。
その聖女様は、今朝早くからのお清めや就任式、王族からのメダルの授与式など分刻みで動いていらした。さぞかしお疲れになった事だろう・・下級神官のケイは神殿の外に出る事が出来ないので、門番係の神官の噂話でしか解らないが。
聖女様は就任式同様、王族との会見でも、実に堂々としていて御立派だったそうだ。また王宮の城壁から平民に向かって、お披露目のお手を御振りになった時には、大勢詰めかけて来た平民を心配なさって警備の騎士を手配するように差配なさったとか。本当に平民にまで気を掛けて下さる優しいお方だ。平民の代表者に面会した時も優しく微笑まれて、気取ったところも奢った所も無く、緊張する平民達を貴族の魔力から守ったりして下さったと言う。
「流石、我が神殿の聖女様です。そこいらの我儘令嬢とは格が違うのです」
神殿の者は皆、誇らしくて鼻高高である。
その聖女様は、夜からの晩餐会~舞踏会に備えて、今は神殿で仮眠を取っておられる最中だった。初めは離宮を使う予定だったが、離宮側の都合で神殿に変更されたのだ。一連の行事の間、離宮は一時的に閉鎖されていた為に聖女様をお迎えできる体制が整えられないそうだ。
「随分と、怠慢ですこと」
女性神官達は女官達を非難する、でも・・聖女様が神殿にいて下さる事は、何よりも嬉しく誇らしい。
「聖女様のお世話は、すべて此方でさせて頂きます」
と、神殿側は啖呵を切ったそうだ。しかし舞踏会などの正装の衣装の着付けは女性神官には解らない、コルセットなど締めた事が無いからだ。
そちらでは無理でしょう?と女官長に鼻で笑われてしまったらしい、神官長の補佐の女性神官が悔しがって一連の経緯を愚痴っていた。
元々、女性神官と女官達は犬猿の仲だ。
同じ様に<家の為、領地の為>と、働きに出された女性達だが働く方向性が逆なのだ。女官やメイドになった娘達は、格下の貴族家やA級平民さえも標的に入れ自由に婚活に精を出す事が出来る、自分の幸せな未来を夢見る我儘が許されている立場なのだ。
しかし神官になれば、結婚は許されない・・神にその身を捧げ、一生祈りと奉仕に生きるしかないのだ。もうこれは、お互いの存在意義を掛けた真剣な仲違いと言えよう。それに今は、聖女様を挟んで対立している。
聖女様のお衣装をはじめ、必要な道具や人員は午前中に離宮から派遣されて来ていた。神殿に届けられた品物はすべて美しく豪華なものばかりで、見慣れない女性神官達は、ただただ驚くばかりだった。
それを女官達は、また馬鹿にする様な態度で横目で見てクスクスと笑う。
「自分の衣装でもあるまいし何が自慢なのだか、これだけ誂えられるのは聖女様が素晴らしいって事でしょう」
・・・補佐が更に嫌味を言う。
神殿内は女性が発する異様な雰囲気に包まれて、若い男性神官などはコソコソ隠れてしまったぐらいだ。
「貴方はクロ平虫ですか!とっとと出てらっしゃい!」補佐が吠えている。
神殿内を関係者以外の者がウロウロと歩き回るのはご法度なので、聖女様の仮眠のお世話や、お風呂のお世話などは神官が行うように手配していた。しかし貴婦人はマッサージなるものを、舞踏会の前にはしないといけないらしく、其処のお世話は女官達に押し切られてしまった。
悔しいが女性神官の心得にマッサージなるものは載っていなかった為、折れざるを得なかったのだ、大体マッサージって何ぞや?
貴族の奥様達は必ず行うものらしい、それならば聖女様にも是非していただかねば、不足を出せば神殿の名折れである。それに美容関係は興味はあるので、神官達も遠くから見学させて頂いて、以後は神殿でも聖女様に御奉仕出来る様にいたしましょうねと、補佐は言っていた。ケイも出来れば見学したいと思っている。
ケイは機嫌良く、仮眠中の聖女様を起こそうとお茶の支度のワゴンを押して部屋に向かっていた。
『聖女様は離宮の女官やメイド達より、ケイたち神官の方に心を開いてくださっている』
言葉の端は端にそれが感じられて、ケイの心を余計に浮き立たせていた。
=実の所、神官を重用するのは。女官達より貴族から離れた存在で、外部からの余計な厄介事を持ち込まないからなのだが。そんな事はケイは知らない=
軽くノックをして聖女様に合図を送る、神殿にはノックの習慣は無かったが、聖女様が取り入れられたのだ。扉を開けたら困ったシーンが展開しており、・・そんな事や・・あんな事を、何度か見せ付けられた事が有るケイにとっては有難い習慣の変化だった。
しばらくして、中から声が聞こえた。
「どうぞ」
お疲れが取れない様子の聖女様の声が聞こえる、ケイはそっと扉を開け中に入って行った。お疲れな時の聖女様には、余り話しかけない様にと離宮からの申し送りにそう書かれていた。
ゆっくりと薫り高いお茶を入れる。
聖女様は半身を起こされ、クッションに寄りかかって目をつぶっていた。
神殿ではお茶は大変な贅沢品で、特に下位の神官には手の届かない品だった。
それが神殿が聖女様のお世話をする事に決まった時、聖女様用にと沢山の貴族から高級茶葉の寄進が相次いだのだ。毒の有無などの心配が有った為、魔術師長自ら鑑定を行い、今は安全が確認された高級な茶葉を使っている。・・と言うか、魔術師長は全部の茶葉を神官たちに下げ渡し、自分の気に入っている茶葉を聖女様用に渡してきたのだが。聖女様や詩乃が知ったら、きもストーカー呼ばわりしていた事だろう。神官たちは訳も解らずに、下賜された茶葉を喜んでいた。
お世話係のケイは、異母兄弟のメイドに頼んで、こっそりとお茶の入れ方を習った。特別に仲の良い姉でも無かったが親切に教えてくれた、姉は自分だけ結婚に進める可能性が有るのを心の中で申し訳なく思っている様だった。メイドか神官か、娘の行き先を決定するのは父親の一存だ。姉の母親は正妻で、ケイの母はA級の平民の出だった・・違いはそれだけだ。
お茶は入れ方次第で、美味しい茶葉も不味くなってしまうと聞く。聖女様には、いつでも美味しいお茶を楽しんで頂きたい、そう願って下げたくも無い頭を下げたのだ。
「いい香りね、いつも有難う」
聖女様は物憂げにお茶を飲まれている・・お疲れは取れていない様だ。
「お風呂の間に、女官の方達がベットを持ち込んでマッサージ?の用意をしております。お疲れが取れるそうですね、リラックスできる様に沢山の香油も用意されているようですよ」
努めて明るく話しかける、何か御希望が有れば、先に伺っておければ用意が遅れる事も無いだろう。
「強い香りは苦手なのよれ、女官長は知っているハズなのに・・」
あの人は・・この世界の流儀を、無理にでも私に馴染ませようと、いつも隙を見つけては押し付けて来る。ウンザリとしたように呟く聖女様を見て、ケイはメモを書くと扉の外に控えていた見習いに「補佐様に渡して下さい、聖女様のご意向です」と言って渡した。
これで、聖女様がお茶を楽しみ、ゆっくりとお風呂に向かう前に補佐様が何とかしてくれるだろう。
強い香りはケイも苦手だ、貴族やその令嬢達が神殿に集まると、その強い香りだけでクラクラしてしまう、眩暈がするのは魔力のせいばかりでは無いとケイも他の神官達も思っている。強い香りは暴力だ、無理やり自分の存在を相手に押し付けるような無作法さを感じる。聖女様と同じ意見なので、ケイはますます嬉しくなった。
****
「聖女のドレスは、白が基調で裾に薄いピンク色が入っているで、間違いないのだな」
第2王子は後見人として、聖女をエスコートを任せられている。
王子としては二人の仲が良好に見える様に、出来れば揃いの感じのコーディネートにしたい。聖女の目と髪の色をメインに、刺し色に白を入れれば・・いつもと変わり映えのしない自分にガッカリする。黒に白、まんま軍服ではないか。お目出度い席にたとえ礼装と言っても、軍服チックなのは如何なものか。
衣装や装飾品に現を抜かすとは、女・子供じゃぁ~あるまいし、と馬鹿にして適当にうっちゃって来た付けが回って来ただけなのだが。
➁のクローゼットは真っ黒だった、夜に出歩けば保護色になりそうだ。
「失礼いたします。聞き込みして来ましたところ、第1王子様は暗いピンク色のタブレットに、白いブラウスを合わせられるとかで・・ピンク色を着こなせる男は、俺しかいないと仰せられて」
偵察にやった侍従がオズオズと報告して来た。ピンクだと!!
「それでズボンは半分のタイプで、タイツは白か?巻き毛でも作って泣き黒子でも付ける気か?」
「さすがご兄弟、良くお解りで・・・」
「好きで兄弟になった訳じゃぁない!」
大声で怒鳴ってしまった、感情的になるなど自分らしくないと思うが、どうにも気持ちが抑えられない。
あの兄とは小さい頃から何かと比べられ、腐れ縁にウンザリする思いだ。王太子の地位など、いくらでもくれてやる・・今まではそう思って来たのだが。
聖女が現れた今、あんな兄にみすみす彼女をくれてやる気はサラサラ無い!
『聖女は俺のものだ・・』
この世界のモテる男の条件は、頼りがいが有って甲斐性が有る。世間の風にも当てない様に、惚れた女を大事に囲える男だ。だから俺も、聖女にそうして来たのだ。この俺が、こんなにも女を大事に扱ったのは、聖女が初めてだ。
『・・それを、あの生意気なチビは全否定しやがった』
確かに聖女は仕事熱心で、今では神官達よりも神事に詳しいと言う。
仕事を生きがいにする女など、この世界ではまずお目に掛かれないが。あぁ王妃は別だ、あれは責任感から滅んだ祖国の国民を世話をしているだけだ。好き好んでやっている訳ではない。
「あの、ちんちくりんのアドバイスを素直に聞くのは・・納得しがたいが」
取り敢えず、今夜の衣装は出来る男風にしようと心に決めた②だった。
・・・出来る男?
主のリクエストに、悩む侍従に気づかない②だったが。
どうも、男性を書いていると・・・みんなアホの子になってしまうのです・・・。
げせぬ。




