就任式
聖女様は大変です・・・その2
聖女様の朝は早い。
特に今日は就任式なので、いつもよりかなり早い。
深夜と早朝の間の時間、空はまだ深い藍に沈んでいて薄く星が瞬いている。
春とはいえ神殿の中はかなり寒い、王宮の様に魔石で動く空調システムが完備されていない為だ、部屋だろうが廊下だろうが外気温と変わりない。無駄に部屋が広い為に、暖炉にいくら薪をくべても暖まるまでに時間がかかる。それでも聖女様は何事も無いように、いつも静かに生活していらっしゃる。聖女様から文句や愚痴を聞いた事が無い、本当に素晴らしいお方だ。祈りの日に神殿にやって来る、我儘な貴族令嬢達に少しでも見習って欲しいものだと節に思う。
今、ケイは<聖なる泉>にご案内すべく、聖女様の前を歩いていた。
そのケイの前を歩くのは、神殿騎士様のジャンビ様だ。
ジャンビ様は幼くして自ら神官を志し、学者神官と儀式神官の教育課程を至上最年少で終えられたそうだ。学び終えた後は神殿を出て騎士の教育を受け、見事に騎士にもおなりになったと言う、文武両道に優れた本当に素晴らしいお方なのだ。
騎士となられた後も神殿にその御心を寄せて、神殿にも安全管理の為の騎士が必要だと王族の方達に進言なさって下さった。そして神殿に騎士が配属される事になった暁には、自ら志願してまで神殿にお戻りになったと聞く。ジャンビ様は本当に神殿を大切に思っておられるお方なのだ。
以前の神殿では、夜間にこっそりと忍び込んで来てはお布施を盗んで行くような不届き者の貴族が出たものだった。それに美人の下位神官達は、親に勝手に売られたり、上位の神官に無理やり迫られたりと、困った事が大変に多かったのだが。ジャンビ様が神殿にいて下さるようになってから、そんな事も無くなったのだ・・有難い事である。
ジャンビ様自身はご身分も高く有力な伯爵家の庶子だと聞く、大変に恵まれた出自の方なのにそれを奢りもせず、ケイの様な下級神官にも優しく接してくださる素敵な方だ。態度だけではない、その御姿も貴族特有の金の髪に青い目をお持ちだし、お顔立ちも大変にお美しい方なので、女性神官で憧れていない子はいないだろう。噂では、お化粧臭い貴族の令嬢達を嫌って神殿に逃げて来たそうだが、真実はどうなのだろう?
「私達はお化粧の匂いなどいたしませんものね!」
女性神官長の補佐が、そう誇らしげに言っていたが・・負け惜しみに感じるのは私だけだろうか?女性神官達の中には少しでも香りを楽しもうと、制服の間に香りのいいハーブなどを忍ばせておく子もいる。閉ざされた神殿での、悲しい女心と言ったところだろうか。
そんな事を考えているうちに<聖なる泉>に到着してしまった。
神聖なる泉と言う割には辺りには荘厳な飾りも囲いも何も無く、広場の様に開けた場所の真ん中に大理石で出来た大昔の石柱が泉を囲むように立っているだけだ。屋根も無く冷たい風が容赦なく吹き込んで来る、吹きっ晒しの寂しい感じの場所で普段近寄る様な者もいない。
すでに神殿長はじめ、高位の男性神官達が泉を囲むように取り巻いて立っていた。
距離は離れているとはいえ、若い女性である聖女様の<お清め>と言う沐浴を傍で見届けようなどとは不敬にもほどが有る。男達は真面目な顔を繕ってはいるが、好奇心を隠せない下卑た嫌らしい顔を隠しきれずに晒している。その醜くい肢体と、にやけた己の顔を鏡で見て見ろと!どやし付けたい気持ちになってしまう。
「聖女様・・」泣きそうなケイの呟きに、聖女様がフッと笑った。
聖女様は静かに目を閉じると、着ていらしたフード付きで足首まで丈の有る、白い毛皮で出来たローブをその身から離された。
「おぉ・・・」
思わず、参列者から声が漏れる。
聖女様は一枚の布を体に巻き付け、すっぽりと全身を覆っていた
☆☆☆☆
「あの爺ども、素肌で泉に入れと言うのよ・・見物料も払わずに」
腹立ちが収まらずに、離宮にいた頃<あの子>に愚痴った事が有った。
<あの子>は腕を組んで「うぅ~ん」と悩んでいたが。
「服ごと泉に浸かって、後から服だけ浮かしたらどうですか?泉を底から光らせて、逆光にすればシルエットだけしか見えませんし。いっそのこと派手に光らせれば、眩しくて何も見えないし神々しいと思いますよ?」
それから2人で魔石を使い、お風呂の中で実験を繰り返した。そして見事マジックの如くに、服を自由に着脱出来る様にまで魔術を洗練させていったのだ。光溢れる水の中から薄くぼんやりとしたシルエットが浮かび上がり、布が逆回転で素早く体に巻き付いて来る。
<あの子>曰く、よくある魔女っ子アニメのOPみたいだね・・だそうだ。
「新ビ~ナスの誕生!キタコレ!!」
<あの子>は、帰国子女の私には解らない言葉を時々使う。
それが知らない間に馴染んで、自分でも使っている事に気づき笑ってしまう。
・・・早く全て終わらせて、あの子とゆっくりお喋りがしたい。
☆ ☆ ☆ ☆
ケイは手はず通りに、聖女様の前に額ずいてお靴を脱がさせて頂いた。大理石の床は靴を履いているケイの足裏にも、容赦なくジンジンと冷たさを滲み込ませてくる・・痛い。
『それを素足で・・この冷たい泉に全身を、頭まで浸かれだなんて』
・・凍えて聖女様が死んでしまう・・嫌で、怖くて、止めたくて、でも・・口に出す事が出来なくて。ケイは思わず目を瞑った。
一方、布団騎士ことジャンビは、固唾を飲んで聖女の様子を眺めていた。
薄い布の中に魔石の反応がいくつか有る、何に使うつもり飲んでなのか。
周りを囲む魔力不足の神官達は、魔石の存在を気付く事も出来ないのか、聖女の動向にのみ注意を払っている。
聖女は水面からほんの少し浮き上がり、泉の中央までゆっくりと滑るように進んで行った。そうして天を見上げ、ゆっくりと両手を上げ天に向かって差し出しながら・・そうしている間にも、聖女の身体は泉の中に段々と吸い込まれて行き空中に布だけ取り残されて行った。脱げた布は水面の上に、流れる様に渦を巻きながら漂っている。聖女の身体を飲み込んだ泉は溢れんばかりの光を放ち始め、眩しくて目を開けていられないほどだ。
「おおおお・・・、これぞ奇跡!聖女様の奇跡だ!!」
神官長はじめ爺の神官たちは皆感激して泣いていた、ケイも額ずいたまま祈りを捧げている。
『魔石を泉の底に沈めて光を出しているな、それに冷たい水が体に触れない様に、素肌に近い周りの水を温熱の魔術で温めている。器用な事だ、泉の水には魔力が染み出していて、力が籠っているから己の魔力の底上げになるのだろうが・・』
聖女様はケイが心配になるくらいに長い間、スッポリと泉に沈み込んで御姿を見せないでいた。・・やがて、光の奔流の中から影だけが微かに現れて、少しずつ聖女様の御姿が現れて来た。驚いた事に布が聖女様の動きを感知したように回り出して、泉から出て来た聖女様の身体にスルスルと巻き付いてきて体をすっかり隠してしまった。そうして何事も無かった様に、呆然と見守っていた神官たちをしり目に、水上を滑るように戻って来ると聖女様は薄く微笑んで見せた。慌てて靴を履かせるケイ、不思議な事に聖女の身体は髪の毛1本ほども濡れてはいなかった。
ジャンビは戦慄を覚えていた。
『あの泉の魔力を、あれほどに吸収するとは・・恐ろしい』
聖女と娶せられる者が王座に手を掛ける事が出来る・・と言うのも、あながち間違えとは言い切れない、王子達が夢中になるのも無理はない事か。
聖女の実力とその存在感を認めたジャンビとは違い、泉を遠くから見ていてヴィは鼻白んでいた。
『魔石を面白く使う様だが、所詮・・・女は女だ・・・』
これから起こるアクシデントにあの生意気そうな女はどう反応するだろうか?怒るか・泣くか?慌てふためいて助けを乞うか・・面白い・・・。
『パーティタイムはこれからだ、せいぜい楽しもうぜ』
ヴィは口の端だけで笑うと神殿から消えて行った。
****
不穏な動きが有る王宮から離れて、呑気な詩乃は早い夕食の最中だった。
夜7時に出港の船なので、早めに食事を取った方が船酔対策いには良いそうだ。酔いに関しては黒歴史を持つ詩乃は、旅慣れている<叔父さん>のアドバイスを素直に聞いていた。
港近くの屋台で、王都名物の肉パンを食べながら、聖女様の噂話を聞いている。
噂好きそうな屋台のおばさんは、見て来たように聖女様の一日を語っている。
「聖女様が聖なる泉で清められ、神からの選択を確認されると、いよいよ就任の儀式を神殿で行うんだそうさ。それにはなんと5時間近く掛かるらしいよ」
『大変なブラックだ、途中で休憩は無いのか?』
「それが終わると王宮に移って、王様から聖女の印のメダルを頂き、そんで正式に王国の聖女として承認されて神殿に君臨することが出来るんだってさ」
『君臨?って・・神殿は貧乏で、たかが知れていると思うけどなぁ』
3時過ぎ頃には王宮の城壁の上から、お手を振って平民に存在を知らしめる。
「あたしゃ商売をほっぽらかして旦那に任せてね、王宮まで聖女様を拝みに行ってきたんだよ。王宮前の広場は普通は平民なんぞは入れてくれないからね。入るだけでも価値が有るってもんさ、貴族の魔力が怖いから行かないって人が多かったけど。聖女様なんて、めったにお目に掛かれるもんじゃぁ無いからさぁ。あたしゃ勇気を出して行って来たんだよ」
「それでどうしたい、聖女様とやらは見えたんかい?噂通りの美人さんかい?」
「豆っぶくらいしか見えなかったけれど、ありゃぁ、相当の美人さんだよ!立っているだけで何だか有難くて有難くて・・あたしゃ涙が出ちゃったよ」
「ホントに涙かい?鼻水じゃないのかい?」
あははは・・・皆が陽気に笑う。
聖女様は、かなり長い間城壁に立ち続け、平民達に祝福の神言を唱えていたそうだ。平民は普通、貴族に魔力を向けられると気持ちが悪くなるんだそうだが。聖女様の神言は耳元まで魔力を使って届けられて、聞いていると気持ちが良くって何だかウットリしてしまったのだそうだ。
「何だか小難しい言葉だったけれど、今の言葉でもちゃんと意味を教えてくれてね。ありゃぁ親切なお人だよ~あたしゃファンになっちまったよ」
聖女様が退場すると平民達は広場から出されたが、その後は今度出征する騎士達に労いと、安全を祈る為の神言を唱えられたのだそうだ。
「ああ、それは俺も見たぞ!3時半過ぎだったか・・突然大きなどよめきが聞こえて来て、驚いて王宮の方を振り向いたら空がカッて光ったんだ!」
・・・それは詩乃も感じていた。
聖女様の魔力が、心地よいノイズ?波動?になって王宮の上空に広がったのを。聖女様の心そのものの様な、慈愛に満ちた優しい光だった。
『聖女様の祈りが、ギイさん達出征する騎士さんと、待っている女の人達に届きますように・・』
詩乃がそう願った時、王宮の有る丘の方角からドアァァ・・っと歓声が響いて来た。周囲の人達も驚いて王宮の方角に目を向ける、王宮の上空が一瞬だったが光輝いたように見えた。
『聖女様、頑張っているんだなぁ応援しか出来ないけれど、頑張って!』
思わず心の中で祈る。大変な1日だ、過労でぶっ倒れたりしまいません様に。
おばさんの解説は続く。
それが終わると今夜は、貴族対象のお披露目の舞踏会だ。
聖女様に恋する、2人の王子のどちらが聖女様に選ばれるか、貴族の間で賭けに発展して大騒動だってさ。此処だけの話・・胴元は王妃様らしい。
『あの王妃様なら、有りえる・・・』
詩乃と聖女様でデザインした(パクリだけど)あのドレスが、いよいよお披露目されるのだ。あまりの美しさに度肝を抜かれればよい、それで~よぉい~。
『新聞とかぉ、号外とか、瓦版はこの世界にないのかな?あったら記念に1部欲しいものだけど』
気もそぞろにパンを食べている詩乃の向かいには、やっぱり今夜出港の違う方面の船に乗る少年と叔父さんがこれまた肉パンを齧っていた。
叔父さんは王都で儲けたお金で、田舎に必要そうな品物を買い付け、故郷の街に一番近い港まで船で移動するのだそうだ。海にも魔獣がいるが、陸とは違い餌が豊富な海では人間など食べる所の少ないモノは滅多に襲わないらしい。陸路より海路の方が安全だが割高なのだが、でも荷物はいっぱい詰める。コンテナの様な2メートル四方の箱の運賃が1個で20000ガルだ、それを3個も運ぶと言う。叔父さんは中々商売上手なのか?女ったらしなんて悪口言って御免なさい、でも少年にはちゃんとご飯食べさせてあげて欲しい。
一方の少年は中々勧誘を諦めてはくれず、一緒に行こうと何度も誘って来た。
詩乃にしたって、本音は一人旅では心細いし、出来る事なら少年に同行したい。
でも、②がどう出るか解らない以上、何も知らない他人に危険な真似はさせられない。
「女には、どんなチビッコいのにも隠したい秘密って奴が有るものさ、あんまり詮索してやるな」
タラシの叔父さんに諭されている、流石に百戦錬磨の女好き!読みが深いね。
「えええぇぇぇ!こいつ女なの?」
・・うん、少年よ、まだまだ修行が足りないな、精進したまえ。
「ええええ~~~」
少年は中々立ち直れないらしい、悪かったね、ついでに君より年上だ。
そんな事を思っていた時、バチッと何かが割れた音が急に頭の中に響いた。
詩乃は思わず立ち上がり・・遠く丘の上にある王宮の方向を眺める、王宮は夜の闇に沈んでもうシルエットしか見えない。
『聖女様の衣装には、見えない所に沢山の魔除けの石を付けておいた。そのどれかが割れた様な気がする、何か良く無い事が・・・聖女様!』
「おい、どうしたんだよ?」少年が、急に顔色を変えた詩乃に声を掛ける。
「大丈夫か?お前、顔色が悪いぞ?」
『聖女様には、②をはじめ駄犬や専属の騎士が付いている、でも、でも・・』
詩乃は振り返り乗船予定の船を見上げる、これに乗れば・・➁らから逃げ切れるかもしれない。でも、➁らは地下通路のことさえ知ってはいないだろう。もしか、あの通路を使われたら。聖女様に、何か起きたのなら・・』
「おい、ほんとにどうしたんだよ!」
少年に肩を掴まれ振り向かされる、振り向いた詩乃は少年の顔をマジマジと見つめる。
「なんだよぉ~~~」急に逃げ腰になる少年。
しばらく呆けたように少年を見つめていた詩乃だったが、突然キッと表情を変えると鞄の中からマラカスもどきを取り出して少年の手に握らせた。
「あのね、君は此処に来て初めてできた友達だと思っている、いろいろ教えてくれて有難う。楽しかったの、嬉しかったの・・本当に有難う!これ、記念に貰って欲しい。君にしか綺麗な音が出ない様に「実行」したから有難う、ねっ貰って?」
もう行かなくちゃ友達が危ないんだ、詩乃は船の切符を取り出すと
「これ払い戻せたら貰っといて」
そう言って少年の手を離し駆け出した、急がなくちゃ!待っていて、聖女様!!
走り去って行く詩乃の背中を、呆然と見つめていた少年は我に返ると大声で叫んだ。
「また会おうな!絶対だぞ!俺は、俺の名前はルイ!ルイだ~~~~っ」
詩乃は振り向くと笑顔で大きく手を振り答えた。
「詩乃!私は詩乃だよ~~」
「・・・・シ~ノン?変な名前だな?」
そう呟いて、ルイはマラカスもどきをシャララン・・・と鳴らした。
黒髪に黒い目だったな・・叔父さんの呟きに不思議が更に増えたルイ君だった。
詩乃が初めて名乗りました、ルイ君、またいつか出て来れると良いですね~~。(^^)/




